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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第十九章 進攻

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451/3508

0442.未来に続く道

 リストヴァー自治区の南には、クブルム山脈が連なる。

 ラクリマリス王国との国境で、魔物が多く棲息する天然の障壁(しょうへき)だ。半世紀の内乱以前は、力ある民の(きこり)や狩人などが入り、山の恵みを得てきた。

 内乱後、この地がキルクルス教徒の自治区となってからは、全くの手つかずだ。毎年、冬になると、貧しい人々は(たきぎ)を求めて山裾(やますそ)へ行く。裾野の森でさえ、雑妖や魔物が多く、生きて帰れない者が後を絶たなかった。



 今日、リストヴァー自治区東部の貧しい人々は、教会の傍に集まった。手に手に黒いゴミ袋やフレコンバッグ、鎌、鍬、スコップなどを携える。農具類は、西部の農村地帯から借りた物、袋類は、仕立屋の店長クフシーンカが家財の大部分と引き換えに得た物だ。

 早朝のまだ涼しい風が、空き地に整列した人々の間を吹き抜ける。


 「私が昔、フリザンテーマから聞いた話では、大丈夫な山道には、敷石があるそうです」

 クフシーンカは、集まった人々を前に声を張り上げた。

 「まず、道とその近くの枯れ枝を拾って、フレコンバッグに入れて下さい。袋がいっぱいになったら、バケツリレーの要領で街へ送って下さい」


 「車が入れるとこまで来たら、ウチの軽トラに積んでくれ」

 農家の亭主が、首に巻いたタオルで汗を拭きながら言い添えた。クフシーンカの弟ラクエウス議員の支持者だ。軽トラだけでなく、農具も貸してくれた。

 「(たきぎ)がたくさん集まれば、冬の死者を減らせます」

 クフシーンカの声に、集まった人々の表情が少し和らいだ。


 別の農夫が、斧を掲げて言う。

 「道に生えた木は、俺が伐り倒す。みんなは根を掘り起こしてくれ。根っこも後で薪にする」

 「敷石の上に溜まった土や落葉は、ゴミ袋に詰めて、枝と同じように軽トラまで送って下さい」

 クフシーンカの説明に人々が頷いた。(くわ)とスコップの数は少ないが、他は枝集めとバケツリレー要員、掘り出す作業の交代要員だ。魔物や雑妖だけでなく、暑さとも戦わねばならない。


 「山のよく肥えた土は、後でシーニー緑地に撒きます。回収後、緑地と集合住宅の間に塀ができるまでは、袋から出さず、日当たりのいい所へ置いて下さい」

 「何でだい?」

 参加者から質問が飛んだ。クフシーンカの傍らで、針子見習いの少女サロートカも首を傾げる。

 仕立屋の老婆に代わって、農家の亭主が声を張り上げた。

 「そのまんま撒いたら、土に居る虫や病原菌も緑地にばら撒いちまうからだ。黒い袋に詰めて、日当たりのいいとこで蒸し焼きにするんだ。わかったか?」

 幾人もの声がそれに応じ、その何倍もの人々が大きく頷いてみせた。


 この夏の暑さは、熱中症で人を損なうだけではない。

 腐葉土などがあれば、家庭菜園の収穫を増やせる。将来の暮らしを助ける味方にもなってくれるのだ。

 この作業を手伝えば、堅パンがもらえると聞きつけて来た者も多いが、目先の食糧ではなく、来年以降の収穫の為に自治区の未来をよくしたいとの(こころざし)を持つ人々も集まった。


 当初は教会の庭で説明する予定だったが、予想以上に人が集まり、近くの空き地に場所を移した。ざっと見渡したところ、三百人以上は居るだろうか。


 ……報酬の堅パンを渡せる日数は減るけど、これだけ居れば、作業が捗るでしょうから、同じコトね。


 山に埋もれた道の敷石には【魔除け】の呪文と印が刻まれ、通行人の魔力で効力を発揮する、とカリンドゥラから聞いた。クフシーンカと司祭は、それを「地脈の力だ」と偽り、人々を納得させた。

 安全な道を発掘できれば、山へ薪や食糧を採りに行けるのだ。異を唱える者は一人も居ない。



 「皆様の道を聖者の叡智が照らし、護り給いますよう。日月星蒼穹巡(ひつきほしそうきゅうめぐ)り、(うつ)ろなる闇の(よど)みも(あまね)く照らす。日月星、生けるもの(みな)天仰(てんあお)ぎ、現世(うつよ)(ことわり)(いまし)を守る」

 司祭が祈りの言葉を唱え、説明会を締め括った。


 農具を手にした男たちが、軽トラ三台の荷台に分乗し、山道へ出発する。

 クフシーンカは、先導する菓子屋のワゴン車に乗り込んだ。菓子屋の亭主が運転し、助手席のクフシーンカが案内する。後部席には、菓子屋の妻と針子見習いのサロートカが乗り、熱中症対策の水と塩、ドライフルーツの配布をする手筈だ。

 車列には、新聞屋と銀行員の自家用車も、作業者たちへの給水係として加わる。


 サロートカが恐る恐る聞く。

 「店長さん、私、ホントに(たきぎ)拾いとか手伝わなくていいんですか?」

 「力仕事する人たちが、熱中症で倒れないようにするのも大切な役目なのよ」

 クフシーンカは振り向いて、気弱な少女に笑顔で言った。


 「でも……」

 「汚れた手で水や食べ物を触ったら、病気になるかもしれないからね。みんなの生命を守る重要な役目だから、胸を張って堂々とやんなさい」

 「……はい」

 サロートカはやっと納得したのか、力強く頷いた。


 自治区の南東部は、間に横たわる車道が防火帯となり、冬の大火を免れた。延焼しなかったバラック小屋も、仮設住宅と鉄筋コンクリートの集合住宅の建設が進んだ今は、立ち退きが進む。

 仮設住宅も、数年以内に木造モルタルや鉄筋コンクリートのきちんとした集合住宅に順次、建て替えられる予定だ。

 高齢のクフシーンカは、その前に寿命が尽きるだろうが、少なくとも、その数年の過渡期に人々の暮らしを守れるよう、力を尽くすつもりで居る。


 ……私が明日死んだとしても、みんなで救済事業を回せるように手配したもの。大丈夫よ。


 山道の清掃事業は、冬を越す燃料確保と食料増産体制を整える狙いがある。

 リストヴァー自治区東部の低地は、塩害が酷く、地面に直接、種子を播いてもロクに育たない。育苗ポットとプランター、それを置く台を作る作業など、この後も大火で焼け出された人々を支える事業は続く。

 救済事業の報酬は、基本的に僅かな食糧と、作った物の現物支給だ。

 職にあぶれた人々は、それで何とか糊口(ここう)(しの)いで、工場や商店など、就労場所の再建を待つ。



 バラック地帯を抜け、山裾との緩衝地帯として設けられた草地に車を停めた。

 近隣住民が草を刈り込み、雑妖の発生を抑えてくれる。街から伸びる道の先は、古い石畳の道に繋がり、山へと続く。


 軽トラの荷台に乗った男性たちが、校庭の半分くらいの草地に降り立った。クフシーンカも菓子屋のワゴン車を降り、彼らに道を示す。

 「これがその安全な道の目印です。この敷石を動かさないように注意して、薪拾いと土の回収をお願いします」

 「この模様のある石だな。わかった」

 「軽トラはここで待ってる。先に薪拾って、袋に詰めて、持って来てくれよな」

 「道具持ってる兄さんたちゃ、埋まってる道を掘り起こして、土を詰めてくれ」

 農家の亭主と斧を持った農夫が改めて言った。


 「まずは、あっちの木が生えてるとこだ。みんな、行くぞ!」

 農夫が斧を掲げてみんなを先導する。道具を掲げ、男性たちがおぉっと応じる。十数人が一団となって山裾の雑木林へと足を進めた。

☆大丈夫な山道には、敷石がある……「0099.山中の魔除け」「0100.慣れない山道」参照。

☆クフシーンカと司祭は、それを「地脈の力だ」と偽り……「0419.次の救済事業」「0420.道を清めよう」参照。

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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