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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第二章 印歴二一九一年二月二日

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0045.美味しい焼魚

 ミエーチ区は一見すると平穏だ。

 よく見ると、明らかに人と車が減り、代わりに軍と警察の車両が行き交う。


 アウェッラーナは念の為、アガート病院を覗いてみた。

 閉ざされた扉に休業のお知らせが貼ってある。

 電話に応答がなかったのは無人だったからだ。


 職場はいつ再開されるかわからない。

 何も知らされないまま放り出されてしまった。帰るよう言われた時の様子では、職員の安全を図る為、早々に病院を放棄すると決めたのだろう。内戦時代の対応を覚えている職員も多い。



 薬師(くすし)アウェッラーナは、運河に繋がる橋の(たもと)へ歩いた。

 欄干を乗り越え、水面へ飛び下りる。【操水】の術で、やわらかな地面へ降りたように着水する。

 ゆらゆら揺れる足下で、魚の群が逃げた。

 鞄から帆布製の買物袋を出し、水に浸す。


 「水に親しき鳥の(ごと)く 我、(すなど)る者ぞ

  水に棲む(うお)、毒なき(うお)、水より()て ()(もと)に」


 子供の頃に父から教わった【(すなど)伽藍鳥(ペリカン)】学派の呪文を唱えると、逃げた魚が戻ってきた。

 アウェッラーナが水に浸けた袋へ競い合って跳び込む。

 帆布の買物袋は、瞬く間に魚でぎっしり満たされた。

 袋の口を把手(とって)(くく)って引き揚げる。すっかり重くなった袋を手に【跳躍】した。



 鉄鋼公園の遊具エリアに入り、声を掛ける。

 「魚、獲ってきたんで、焼くの手伝ってくださーい」

 (たきぎ)の束やアルミホイルを持った人が集まって来る。

 大人と子供、合わせて四十人近く。半数ほどが中学生ら、子供だ。


 「男の子たち、石を集めて来て頂戴(ちょうだい)。女の子たちはその間、お魚を包んで」

 陸の民の中年女性が指示を出し、自らもテキパキ手を動かして、〆たばかりの魚をホイルで包む。

 男性たちは薪を組み、昨夜の残り火を移して焚火を準備する。

 魚は三種類、大人用サンダル程の大きさのものが、全部で二十三匹獲れていた。


 「また、すぐ獲りに行きますから、一人一匹でお願いします。警察の人も、ごはん食べてないそうなので……」

 「あんたが獲ってきてくれた魚だ。あんたの好きに分けてくれりゃいい」

 アウェッラーナが遠慮がちに申し出ると、調理服の男性が笑って応えた。他の面々もそれに(うなず)く。


 ……いい人たちばかりでよかった。


 ホッと胸を撫で下ろし、再び運河へ【跳躍】する。

 公園と運河を三往復して、アウェッラーナも調理を手伝った。焚火の周りに石を並べ、その上にホイルで包んだ魚を置く。

 香ばしい匂いが漂い、あちこちで腹の鳴る音が聞こえた。


 「お父さん、お魚もらえてよかったね」

 小学生の一人が、調理服の男性と手を繋いで言った。父子は無事に再会できたようだ。

 「おなか空いたでしょうから、子供たちから先に食べさせてあげて下さい」

 それにも、異議は出なかった。

 先に食糧の配給を受けられたことと、生の魚が充分にあるからだろう。


 第一陣が焼け、次々と子供たちの手へ渡る。

 手袋やマフラー、ハンカチ越しに受け取り、思い思いの場所に腰を降ろす。

 温かい食事に、場の空気が(ゆる)んだ。

 全員に行き渡る頃、早い子はもう食べ終えていた。物欲しそうに見るが、流石に口に出しては言わない。



 アウェッラーナは申し訳ないとは思いつつ、焼魚の包みを買物袋に入れ、警察署へ向かった。

 護送車の見張りが交代している。

 湖の民の薬師(くすし)は一匹を渡して恐る恐る、罪人にも与えたいと申し出た。

 警官は渋い顔をしたが、運転席で休憩する同僚に声を掛け、小窓から人数分を投げ入れてくれた。

 アウェッラーナは何度も礼を言い、運転席の警官にも焼魚を手渡すと、他の人々にも配りに行った。


 挿絵(By みてみん)


 「食い物だ」

 警官のだるそうな声に続いて、銀色の何かが投げ込まれた。

 運転席と助手席の間の小窓は、それ以上の説明なしで、ぴしゃりと閉められた。

 鉄格子の隙間から投げ入れられた物が、今まで嗅いだことのない香ばしい匂いを放つ。

 近くの義勇兵が立ち上がって拾い集めた。


 「まだあったけぇ。丁度、人数分あるぞ」

 「これ、ホントに食い物なのか?」

 「毒が入ってんじゃねぇだろうな」

 大人たちは囁きながらも、一人一包みずつ順繰りに手渡した。


 全員に行き渡るのを見届け、ソルニャーク隊長が口を開く。

 「食べなければ餓えて死ぬ。食べて毒でも死ぬ。ならば、魚の味を知ってから死ぬのも一興(いっきょう)だろう」

 それだけ言って、銀色の包みを開いた。

 匂いが更に強くなる。

 香ばしさの中に少し生臭さがある。食欲をそそる匂いだ。


 少年兵モーフが見守る中、ソルニャーク隊長は左の手袋を外した。

 「魚には骨が多い。口や喉に刺さらぬよう、気を付けて食べるんだ」


 少年兵は「サカナ」と言う物を生まれて初めて見た。

 今まで見た他の何者にも似ていない。

 蛇のような鱗に包まれた細長い体は、靴底くらいの大きさと形だ。靴底より少し分厚い体は、こんがり焼けている。

 「骨がある」と言うからには、動物の一種なのだろう。

 目らしきものは確認できたが、鼻と耳はなさそうだ。

 毛も手足もない。手足がある筈の位置には、何だかよくわからない薄い膜があった。


 隊長は、左手の親指と人差し指でその身をつまんで(むし)り取った。鱗ごと取れた身は白く、傷口から湯気が立つ。それを何の躊躇(ちゅうちょ)もなく口に入れた。

 「川魚だな。脂が乗っていて旨いぞ」

 隊長は一口目を飲み下すと、何か恐ろしい物でも見るような目を向ける少年兵に、笑顔を向けた。


 少年兵モーフは、手袋を外し、見様見真似(みようみまね)で包みを開いた。

 魚から浸み出した油が、底に溜まっている。

 (こぼ)さないよう、包みの形を整え、人肌よりやや温かい身を指でつまんだ。思い切って毟ると、白身はあっさり取れた。


 大人たちの様子を(うかが)う。

 魚に直接かぶりつく兵も居た。

 少年兵は、震える指を口に入れた。

 全く知らない味が、口いっぱいに広がった。

 あふれる程、油があるのに瑞々しくあっさりしている。ほのかな生臭さと甘み、少し焦げた皮の香ばしさ。様々な味が複雑に絡み合い、何とも言えない気持ちになった。


 ……これ、毒だったとしてもわかんねーな。


 (わず)かな白身を奥歯で噛み締める。

 脂がじゅわりと浸み出し、更に味が強くなる。湧いて来た唾と共に口の隅々まで行き渡った。

 舌の上で白身の感触を確める。

 いつまでも口に入れていたい気もするが、それより腹が鳴って仕方がないので、思い切って飲み下した。

 「それが、旨いと言う味だ」

 隊長の言葉に声もなく頷き、夢中で魚を頬張る。


 分厚い身は瞬く間になくなり、骨が(あら)わになった。

 背骨は他の動物と似ている。その左右に、肋骨から丸みを取ったような櫛型(くしがた)の骨が、端から端まで続く。


 少年兵モーフは、魚の身体の仕組みに考えを至らせる余裕はなく、無心でその肉を口へ運んだ。

 「骨に気を付けろ。刺さると厄介だ。先に汁を飲んでから身をひっくり返せば食べやすい」

 隊長に言われるまま、汁をすすり、裏返し、身を(むし)る。


 他の隊員がそうするので、少年兵も魚の頭をガリガリ(かじ)り、苦い内臓と共にじっくり噛み締め、飲み込んだ。

 後には骨と尻尾しか残らないが、名残惜しく、骨も味がしなくなるまでしゃぶった。

☆電話に応答がなかった……「0032.束の間の休息」参照

☆帰るよう言われた時の様子……「0006.上がる火の手」「0007.陸の民の後輩」参照


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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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