0441.脱走者の帰還
あれから五日後の朝、姿を消した十人は北ザカート市の廃墟に戻った。
今日の訓練は中止になり、拠点の一室に集まって車座になる。
ロークは、一人も欠けることなく無事な姿に何とも言い難い気持ちで、オリョールたちの反応を窺う。魔法戦士たちは、複雑な表情で彼らを受け容れた。
「元気そうでよかったが、今までどこでどうしてたんだ?」
魔法戦士の警備員オリョールが、付き合いの長かった湖の民のゲリラに聞いた。緑髪の男は、顎に伸びた無精髭の草原を撫でながらニヤつく。
「作戦は決まったのかい?」
「あぁ、もう戻って来ないと思ってたとこだ」
オリョールは、廃墟の拠点に戻った十人を見回した。全員が、パンパンに膨らんだリュックサックを抱える。
「訓練だけで弾がなくなりそうだったんでな。調達しに行ってたんだ」
もう一人の湖の民がリュックを開けた。中身は自動小銃や軽機関銃の弾丸カートリッジだ。別のリュックには手榴弾が詰めてある。
「訓練の成果も試してみたくなってな」
「今まで行ったコトある基地で、かっぱらって来たんだ」
「この坊主、スゲーな。教えてもらったお陰で、弾の目利きができて捗ったぞ」
「しばらく鳴りを潜めてたから、向こうも油断してたしな」
「こいつのちゃんとした使い方がわかったから、前ん時より上手く行った」
勝手な行動を取った十人が、肩から下ろした自動小銃を軽く叩き、口々に言う。
ネモラリス共和国の正規軍ではなく、リーダーが誰なのかさえ、あやふやな集団だ。ロークの目には何となく、ゲリラたちがオリョールに従うように見えたが、そうでもなかったらしい。
……でも、何にも言わないでいきなり行くなんて、酷いよな。
少年兵モーフをチラリと見る。戻ってきた十人を複雑な顔で凝視するが、何も言わなかった。レノ店長と葬儀屋アゴーニは、この場には居ない。
「作戦の成否には、各人の連携が重要だ」
ソルニャーク隊長がそこで言葉を切る。正規軍ではないから、軍規も何もない。自由意思で参加し、何となく一緒に行動するだけのゆるい集まりだ。
彼らの行動を「勝手だ」と咎める権利は、誰にもなかった。
「もう充分、戦えんのはわかった」
「いつまでも訓練ばっかしてたんじゃ、キリがねぇよ」
「新入りが来る度に訓練、訓練で延期してたんじゃ、いつまで経っても、あの基地潰しに行けねぇぞ」
勝手な行動を取った十人には、全く悪怯れる様子がない。逆にソルニャーク隊長へ咎める目を向けた。オリョールたち魔法戦士と、ソルニャーク隊長が顔を見合わせる。
老婦人シルヴァがこの五日の間で、志願者を八人も連れて来た。
今度の新入りは全員、力なき民だ。ソルニャーク隊長は、廃墟の街での制圧訓練と、森での実弾演習を兼ねた狩りを一日交替でする。
「呪符の準備にもうちょっと掛かるんだ。逸る気持ちはわからんでもないが、後一週間、待ってくれないか?」
「君たちだって、犬死したいワケじゃないよね?」
武器職人と呪符職人が、一同を見回した。
武闘派ゲリラの反応は、まちまちだ。力強く頷く者、皮肉な笑みに頬を引き攣らせる者、曖昧な顔で他の顔色を窺う者、全く無反応な者。
「俺は、アーテルの連中に復讐できるんなら、生命なんざ惜しかねぇがな」
「作戦が巧く行けば、確実に基地を潰せるってんなら、乗ってやらんでもねぇけどよ」
武器職人は、不敵な笑みでその言葉に頷いてみせた。立案したソルニャーク隊長と魔法戦士たちも、勝手な行動をしたゲリラたちへ自信に満ちた顔を向ける。
……えっ? ホントにできるのか?
この人数、この装備で、空軍基地を落とせるものなのか。軍事に関して全く素人のロークには、隊長たちの反応が意外だった。
「アーテル軍は、魔法に対して全くの無防備だ」
ソルニャーク隊長の良く通る声が、廃墟の拠点に響き渡る。
北ザカート市は、アーテル軍の空襲で壊滅したが、このビルは【巣懸ける懸巣】学派の術に守られ、殆ど無傷だ。同様の建物が瓦礫の中に点在するが、ザカート港がアーテル軍迎撃の最前線になった為、住民の帰還は禁止された。
火事場泥棒や、レサルーブの森へ素材採取に行く者、アーテル本土に直接攻撃を仕掛ける一般人のゲリラなどが、足場として滞在する。ネモラリスの正規軍は見て見ぬフリだ。
……魔法……職人さんたちが作ってるその呪符があれば、勝てるってコト?
ロークは力なき民で、開戦前は単なる高校生だった。力ある民の友達は居たが、魔術は一般常識しかわからない。そんな凄い呪符があるなら、銃や手榴弾はなくてもいいのではないかと思ったが、ソルニャーク隊長の説明を無言で待った。
「呪符を発動させる呪文を唱える間、銃での援護が必要だ。新参を含め、三十人を十人ずつ、三隊に分ける」
「分けてどうすんだ?」
「手分けして管制塔、格納庫、兵舎を襲撃する」
ソルニャーク隊長の言葉を受け、湖の民の魔法戦士ジャーニトルが、コピー用紙に書き写された地図を床に広げた。三十人に対して、その地図は余りにも小さい。隊長が詳しい説明を始めた。
「アクイロー基地の見取り図だ。周囲十キロ四方は、人家などが全くない草原、最も近いのは小さな農村。身を隠せる場所はない」
敷地周辺は、魔獣と人間の侵入者対策で地雷が埋設してある。正門と裏門に通じる道路以外は通れない。
アクイロー基地の場所を知るのは、オリョールらほんの数名だ。この五日間は毎晩、拠点に残った力ある民全員を連れて、基地の西と北の岸辺に【跳躍】した。既に六人は場所を覚え、自力で【跳躍】できる。
雨の夜、草が少ない場所の地雷を【操水】で取り除き、基地を囲む金網の一部を切り取った。
「おいおい、そんなコトして、バレたら元も子もねぇぞ」
湖の民のゲリラが苦笑した。同族の魔法戦士ジャーニトルが淡々と説明する。
「地雷は、地面に水をたっぷり含ませて揺すり込んで、浮かせて流したから、草は傷んでないし、金網には【幻術】を掛けてある」
道路以外からの侵入経路を二カ所設けた。
それぞれに各一隊ずつ、残る一隊は陽動で、正面から乗り込む。
「作戦の決行は、一週間後の夜だ」
そこまで説明すると、一時離脱したゲリラも身を乗り出して、ソルニャーク隊長の話に耳を傾けた。
☆姿を消した十人……「0428.訓練から脱走」参照。




