0436.図上での訓練
少年兵モーフは、残ったゲリラたちに建物の制圧方法をざっと説明した。
コピー用紙に建物の模式図を描く。アーテル軍の基地がどんな所かわからず、ゼルノー市の放送局の間取りで代用した。
「正面から、裏から、窓から、屋根に降りて上から、どっかの壁ブチ抜いて入るか……状況次第だな」
「中の様子がわかってりゃ【跳躍】もアリだな。アーテルの建物にゃ【跳躍】除けの結界がねぇのはわかってる」
魔法戦士ウルトールが、クリューヴと新入りの力ある民に言う。唯一残った新入りは神妙な面持ちで頷いた。
「作戦のそこんとこは、隊長とオリョールさんが決めてくれンだろ。今からやんのは、中へ入ってからの基本の動きだ」
武闘派ゲリラの大人たちが、少年兵モーフの説明に頷き、目顔で先を促す。
モーフは肘を直角に曲げ、片手を挙げた。
「銃声や爆発音で声が通んねぇから、連絡や命令は身振りでやるんだ。例えばこれは、“止まれ”の合図」
敵発見、待ち伏せあり、掃討済み、近付け、待て、などの合図を順に説明する。大人たちは、モーフの手の動きをぎこちなく真似しながら耳を傾けた。
「あ、それと、喋ったら居所がバレちまうってのもある。なるべく、今どこに居んのかわかんねぇようにしなきゃなんねぇんだ」
「銃声と爆発音で丸わかりだと思うが?」
ウルトールが苦笑する。
「陽動部隊はわざと音を立てたり、大声で遣り取りして、アーテル兵を引きつける。本命の管制塔を落とす部隊は喋っちゃダメだ」
「あぁ、そう言うコトか」
「どっちに配置されるかわからんから、みんな覚えとかなきゃな」
「だが、呪文を唱えたら、すぐバレるな」
魔法戦士ウルトールが苦い顔をした。少年兵モーフには、魔法を使う戦い方はわからない。ゼルノー市の作戦では、意外と詠唱に時間が掛からず、複数の魔法使いが相手では、こちらの人数が多くても勝てなかった。
「呪文を唱える間、他の奴がカバーすりゃいい。手榴弾の音で呪文の声を誤魔化すとか……えーっと、色々あんだろ」
「成程なぁ」
クリューヴが感心する。少し前まで普通の市民だった男で、他のゲリラより余程話が通じる。
……って言うか、何でこのおっさん、ゲリラやってんだ?
クリューヴはランテルナ島の拠点への移動などで、モーフたちに親切にしてくれた。ソルニャーク隊長は、貴重な魔法使いだからと作戦部隊に入れたが、本人は後方支援志望だ。
「部屋に入る時は、ドアの前に立っちゃダメだ」
「どうして?」
少年兵モーフの説明に高校生のロークが疑問を挟む。言外に、どこから出入りすればいいのかと困惑が滲む。
「ドア越しに撃たれるかも知んねぇし、ドアノブ回したら、中の奴に先手打たれるから」
「いちいち【跳躍】しろってのか?」
「知らない場所へは跳べんのだぞ?」
新入りと魔法戦士ウルトールも疑問を口にする。残ったゲリラたちの関心の高さに安堵し、少年兵モーフは答えた。
「ドア越しに撃って、蹴破るんだ。で、手榴弾投げ込んですぐ、撃ちまくりながら入る」
「部屋の数だけ、手榴弾が要るってコト?」
「もっとだ」
ロークの質問に即答し、説明を続ける。
「建物に入ったら、最低三人ずつくらいで手分けして進む。一部屋やったら、後は壁を壊しながら行く。廊下の角を曲がる時も、なるべく使った方がいい」
「おいおい……建物が崩れちまわねぇか?」
軽機関銃担当のおっさんが苦笑する。みんながハッとしてモーフを見た。
「柱やっちまわなきゃ平気だ。ネーニア島の防衛が最終目標なら、管制塔の破壊とパイロットの殲滅が任務になるんだろうけど、その辺は隊長たちが帰って来てからだな」
「手榴弾か……前にそれで、こっちにも大分、被害が出たからな」
古参の魔法戦士ウルトールが渋面を作り、クリューヴがこくりと頷く。
少年兵モーフとしては、手榴弾の不足に不安を感じた。
アクイロー基地の規模や兵力がわからない以上、多いに越したコトはないが、この人数では持って行ける数に限りがある。
「ピン抜いて二秒待って、なるべく遠くへ投げりゃ、味方の被害は防げる。おっちゃん、部屋を一気に制圧できる魔法ってねぇのか?」
「そう言われても、戦争が始まるまで、人間相手に戦ったコトねぇからな。自動小銃の弾はいっぱいあるんだろ? だったら、乱射で何とかなんねぇのか?」
魔法戦士ウルトールに話を振ったが、返って来たのは申し訳なさそうな答えだ。
「水を……えーっと【無尽の瓶】とかに湖の水を入れていっぱい持って行って、盾にすれば、味方を守りながら進めるんじゃないかな?」
力なき民の高校生ロークが思いつきを口にした。ランテルナ島の拠点で、市民病院のセンセイが【不可視の盾】の訓練で作った水の壁を思い出したらしい。
「水か……成程な。一部屋丸ごと水没させりゃ、音を立てずに制圧できそうだ」
「部屋を丸ごと水没って、そんなたくさんの水、扱えないよ」
ウルトールは、魔法戦士らしい発想で応用を利かせたが、クリューヴが気弱な声を出した。
「お前ら、そんな大容量の【無尽の瓶】持ってんのか?」
「婆さんに言や、何とかしてくれそうだ。水は、部屋の容積の三分の一くらい入れて全体に掻き回してやりゃ、無力化できんだろ」
新入りの質問にウルトールは笑って答える。クリューヴと新入りが少し考える顔をして頷いた。水をどの魔法でどう使うか、想像するのだろう。
「じゃあ、魔法使いの人たちは、水の使い方も訓練した方がいいな。ぶっつけ本番で失敗しちゃ、何もかもが水の泡だ」
少年兵モーフは、ゼルノー市の作戦での敗北を思い出した。
市民病院のセンセイは、死体から抜いた水を集めて巨大な壁を作り、ソルニャーク隊長の部隊を追い詰め、部屋に閉じ込めた。葬儀屋アゴーニが死体を焼いた灰で濁った水壁は、瓦礫を含んで渦を巻き、絶望そのものとしてモーフたちの行く手を塞いだ。
冬の日の無力感に身震いする。
すぐに気を取り直し、図上訓練を続けた。
「今日は、その辺の建物で訓練しねぇのか?」
力なき民のおっさんから、尤もな質問が飛ぶ。
「うん。俺も、さっきは実戦訓練しようと思ってたんだけど、先に何をどうするか、目的や行動の基本になる考え方を頭に叩き込んどかねぇと、いきなり実践しても時間掛かってしょうがねぇからな」
「わかった上で行動するのと、何も知らないままするんじゃ、理解や技術の習得に差が出るからな」
魔法戦士ウルトールがモーフに加勢すると、おっさんは納得顔で黙った。
みんな、さっきの森での訓練と往復で疲れている。
術が切れた暑い廃墟ではなく、各種防護が有効なこの拠点での図上訓練に異を唱える者はなかった。
夕方、少年兵モーフたちがランテルナ島の拠点に戻るまで、図上訓練をみっちり重ねた。
☆クリューヴ/本人は後方支援志望……「0368.装備の仕分け」参照
☆ランテルナ島の拠点で【不可視の盾】の訓練……「0354.盾の実践訓練」「0417.空軍の最前線」「0421.顔のない一人」参照
☆ゼルノー市の作戦での敗北……「0013.星の道義勇軍」参照




