0433.知れ渡る矛盾
諜報員の声が、森に隠された拠点の書斎に響く。
「このランテルナ島にもキルクルス教の教会はあるよ。見て欲しいのは、まぁ、建物もだけど、夏祭の踊りなんだ」
「踊り」
呪医セプテントリオーは、反射的に【踊る雀】学派の魔踊を連想した。呪文を詠唱せず、力ある言葉を踊りでなぞって術の効果を発動させる。数ある魔踊の大部分は群舞だ。
「連中、魔法はダメだって言った手前、魔物から身を護りたくても、魔法使いに『助けてくれ』ってワケにはいかなくなった。それで、呪文を唱えなくてもいい術をこっそり取り入れて」
「でも、そんなの、さっきの呪医みたいに魔法使いの人が見れば、一目でバレますよね?」
ファーキルが至極尤もなことを言って話に割り込んだ。
ラゾールニクはニヤリと笑って続ける。
「今までバレなかったのは、魔法使いを徹底的に排除してきたからさ」
「確かに、私も無用の諍いを避ける為、なるべくキルクルス教の教会には、近付かないようにしていましたが」
……一般信者はともかく、聖職者は、教会に施された防護の術の発覚を恐れて、我々を近付けまいとしたのか。
「昔から、アルトン・ガザ大陸の両輪の国じゃ信仰の矛盾をつっこまれてるよ」
ラゾールニクの言葉で、ファーキルがローテーブルに置かれたタブレット端末に呆れた目を向ける。
呪医セプテントリオーは、少年が見詰める地図から視線を上げ、諜報員を見た。露草色の瞳が笑みを含んで揺れる。
「今までその話が大して広まらなかったのは、教会の揉み消しがあったからさ。国によっては、そんなコトを口にするだけで、異端者や悪しき者の烙印を捺されて、社会的な意味で殺される」
諜報員ラゾールニクが、キルクルス教会の稚拙な情報操作を嘲る。
ファーキルが端末を見詰めたままポツリと言った。
「でも、今は、その矛盾が……世界中にバレてるんですよね? インターネットで情報が一気に拡散して」
「君もなかなか鋭いな。ネットが一般家庭にも普及してから、まだ三十年足らずだけど、この短期間で急速にキルクルス教会は求心力を失ってるんだ。特に、生まれた時からネットや情報機器が当たり前にあって、デジタルネイティブって呼ばれてる若者のキルクルス教離れは深刻だ」
「魔術を“悪しき業”だと否定しながら、陰で利用していると気付いた若者が、教会に行かなくなったのですか?」
呪医の質問にラゾールニクは何とも言えない笑顔を向けた。
「科学文明国の若いコは、インターネットの情報網や便利な機械なしじゃ生きてゆけないけど、同時に、過密な情報や溢れ返る機械に閉塞感も抱えてて、それで心を病んだりしてるらしい」
「心を」
呪医セプテントリオーは、病む程の情報や機械と言われても、全く想像がつかなかった。タブレット端末を使いこなす者は、三人しか知らないが、ファーキル、ラゾールニク、フィアールカが心を蝕まれているようには見えない。
「キルクルス教会の二重規範の情報が爆発的に拡散して、共有されて、若のコの間じゃ常識になってる」
「それで今までの……えーっと、お年寄りとか親とか……上の世代の人たちと価値観が合わなくなって悩んでるんですか?」
ファーキルが恐る恐る聞く。
「まぁ、それもあるけどね。溢れる情報の何がホントかわからないし、情報機器を使った監視は厳しいし、それを使ったいじめとかもあってストレス満載だけど、教会は何もしてくれない。親より上の世代は、信仰の件でハナシが通じなくなってるから相談し難い。わかりやすい答えをくれるヘンな新興宗教に引っ掛かったり、科学の逆ってコトで魔術に傾倒したりして……まぁ、色んな理由でこっそりキルクルス教にそっぽを向いてるコが多いんだ」
「ラゾールニクさん、随分、詳しいんですね」
呪医セプテントリオーは、キルクルス教社会について饒舌に語る諜報員に思わず感嘆の声を漏らした。諜報員ラゾールニクは何でもないことのように言う。
「インターネットは世界中に繋がってるからね。悩みを相談する場もあちこちにあるし、共通語が読めれば、いろんな国のリアルな本音が居ながらにしてわかるんだよ」
……インターネットでキルクルス教会への不満の声を読み取り、科学文明国の若者を味方に引き入れているのか?
「じゃあ、信者が減って困ってるから、『ほら見ろ、やっぱり魔法使いは悪い奴だ』って言う為に、ネモラリスに戦争を吹っ掛けたんですね?」
ファーキルが、喉の奥から絞り出すように吐き捨てた。
アーテルの空襲に巻き込まれて両親を失ったと言う少年は、端末に示された地図のバンクシア共和国の辺りに厳しい視線を注ぐ。キルクルス教の聖地を擁する信仰の中心地だ。
「最初からそのつもりだったかまでは、まだ確かめられてないけど、いい機会だから乗っかっちゃえってのは、何となく透けて見えるよなー」
呪医セプテントリオーは、諜報員ラゾールニクの言葉で改めて、これまでに集めた情報を振り返った。
☆【踊る雀】学派の魔踊……「0140.歌と舞の魔法」「0374.四人のお針子」参照
☆アーテルの空襲に巻き込まれて両親を失ったと言う少年……「0198.親切な人たち」「0199.嘘と本当の話」参照
☆これまでに集めた情報……「249.動かない国連」「269.失われた拠点」「285.諜報員の負傷」「339.戦争遂行目的」「340.魔哮砲の確認」「346.幾つもの派閥」「347.武力に依らず」「357.警備員の説得」「358.元はひとつの」「359.歴史の教科書」「363.敵国の背後に」「364.国際政治の話」「369.歴史の教え方」「370.時代の空気が」「371.真の敵を探す」参照




