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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第二章 印歴二一九一年二月二日

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0044.自治区の生活

 アウェッラーナは、護送車から漏れ聞こえる声に足が震えた。

 今すぐ【跳躍】で港へ跳び、家族の船がどうなったか確めたい。なのに、動けなかった。


 捕縛されたテロリストの中に、さっき癒した子供たちと同年代の少年が居る。

 自治区外の暮らしが彼らの生活を圧迫していたなどと、夢にも思わなかった。


 彼ら、力なき民の信仰を守る為、魔術を一切排除した特別区……それが、リストヴァー自治区だと思っていた。信仰の違いで再び対立しないように、平和の為に作られた街だと信じて疑わなかった。


 ……ちょっと考えればわかるのに、どうして今まで大丈夫だと思ってたの?


 空が暗くなった気がした。顔を上げる。今日も雲ひとつない晴天だ。

 魔力を持たない者だけで、どこでどうして夜を過ごすのか。


 普通に考えれば、【魔除け】【結界】【簡易結界】【退魔】など、魔物などから身を守る魔法がなくては、一晩を生き延びることさえ叶わない。

 たとえ、それらの呪符を手に入れても、力ある言葉で呪文を唱えられなければ、呪符に籠められた魔力を解放し、術の効力を発現させられない。

 キルクルス教は、魔術を旧時代の()しき(わざ)として排除する。

 彼らが呪符を入手することも、()してや、呪文を唱えることもないだろう。

 それが、邪悪な存在から身を守る為であったとしても。


 何らかの手段で夜を生き延びられても、水の問題がある。

 クブルム山脈の銅山の影響で、自治区とその西隣のピスチャーニク区の土地は銅を多く含む。

 ラキュス湖は塩湖だ。


 ……ひょっとして、自治区の井戸って、そのままじゃ飲めない?


 湖の民と違い、陸の民が銅を大量に摂取すれば、病気になってしまう。極微量でも、毎日摂取すれば、体内に蓄積して悪影響が出る。

 考え始めると、自治区の問題点が次々浮かび上がった。


 ……塩抜きって、機械でもできるの? 銅は? 病気って、魔法薬じゃなくても治せるの?


 魔物を防ぐ手立てがなければ、湖に出られない。魚は食べられないだろう。

 食糧事情もその分、悪い筈だ。



 「そんなの知らねぇ」

 「旨いモンなんか食ったコトねぇよ」



 少年兵の言葉から、自治区の暮らしを想像してみたが、美味しい物の味を知らない生活は、アウェッラーナがどんなに考えてみても、わからなかった。

 半世紀の内乱時代でも、漁師のアウェッラーナの一族が食うに困ることはなかった。時には父や兄が【鳥撃ち】で水鳥を落として食べたこともある。

 そうして手に入れた食糧は、近所の人たちと分けあった。


 他の人たちも、各自が修めた術や、手に入れた情報を基に食糧を調達し、交換しあって、栄養が偏らないように気を付けた。

 アウェッラーナは戦火の中でも、焼け跡の瓦礫の中でも、ひもじい思いをした記憶がない。

 塩をまぶして焼いた魚は、とてもおいしかった。


 平和になったこの時代に、あの時よりも(ひど)い暮らしを送る人々が居る。しかも、その原因は、自分たちの「普通の暮らし」なのだ。


 「薬師(くすし)さん……どうされました?」

 「あ、いえ、大丈夫です。あの、運河は、大丈夫なんですか?」

 警察官に心配そうに声を掛けられ、アウェッラーナは自分の考えから脱した。警官がチラリと北を見遣(みや)って答える。

 「今のところは通行可能ですが、あまり湖には近付かないほうが……」

 「ありがとうございます。あの、この人たちのごはんって……」

 声を(ひそ)めて質問する。


 警官は手振りで護送車から離れるように指示し、自分も離れた。

 「ない(そで)は振れません。それに、物流もほぼ止まりましたから、入ってくれば、取り残された住民を優先せざるを得ません」

 「……そう、ですよね」

 「被害の大きい三区は間もなく完全に封鎖します。テロリストは、まぁ……移送先が決まれば、そこで何か与えられるでしょう」

 警官の声に(さげす)みの色があった。

 彼も、家族を殺されたのかも知れない。

 それはアウェッラーナも同じだが、彼らを蔑む気にはなれなかった。

 勿論(もちろん)、憎む気持ちもある。憎悪と憐憫(れんびん)()()ぜになり、アウェッラーナ自身にも、よくわからない気持ちが湧き上がった。


 「……そうですか。でも、鉄鋼公園で家族と待ち合わせしている人も、いるみたいなんです。運河はまだ、封鎖されませんよね?」

 「我々では、何とも……」

 末端の警官が、申し訳なさそうに首を振る。

 アウェッラーナは礼を言い、【跳躍】した。


 職場のアガート病院だ。


 挿絵(By みてみん)

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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