0431.統計が示す姿
そこで動画が終わり、ラゾールニクが感想を求める。
「このアイドルのコたちと歳の近い君は、これ、どう思う?」
「えっ……? どうって言われても?」
中学生のファーキルが怪訝な顔でラゾールニクを見詰める。
「彼女たちは、音声スタッフを仲間に引き入れてたから、マイクがずっと使えてたんだよ。これは茶番じゃない」
「いえ、そう言うあれじゃなくって」
ラクリマリス人の少年ファーキルは、何とも言えない顔で金髪の諜報員を見た。呪医セプテントリオーには、この騒動を見せる意図が全く分からない。
「俺が聞かせて欲しいのは、彼女らの主張についての感想」
「感想って言われても……その通りだとしか」
諜報員ラゾールニクは満足げに頷いた。
「そう。“瞬く星っ娘”の言う通りだと思うよね?」
「えぇ、まぁ、常識って言うか」
「そうだ。常識なんだ。フラクシヌス教……いや、魔法文明圏ではね」
「えーっと、それって、科学文明国では魔物や魔獣に食べられても仕方ないってみんなが思ってて、何とかする気がないってコトですか?」
ファーキルが、そろりそろりと足許を探るような調子で問う。諜報員ラゾールニクは小さな笑みをこぼして頷いた。
「そう言うコト。で、さっきの動画。あのコたちは、大勢のファンに新たな気付きを与えたんだ」
「新たな……気付き?」
言葉を呆然と噛みしめるファーキルに呪医セプテントリオーが答えを与えた。
「魔法使いにも善人が居ること、魔術の全てが“悪しき業”ではなく、魔物や魔獣から身を守る力もあること。後半は、知る機会がなければわかりませんが」
諜報員ラゾールニクが、タブレット端末を指で撫でながら言う。
「前半は、魔法を使えるコトが人間性の善し悪しに関係ないコトくらい、ちょっと考えりゃわかりそうなもんだけど、キルクルス教の教義で“魔術は悪しき業”ってなってるから、そこで思考停止してる奴が多いんだよ」
「三界の魔物の再来を防ぐ為なら、【深淵の雲雀】学派の知識を伝えなければ事足ります。現に、全ての魔法文明圏で【深淵の雲雀】学派の術の使用が制限され、後に禁止されました。公式には既に五百年以上、魔法生物の製造は確認されていません」
齢四百年を越える長命人種のセプテントリオーでさえ、魔法生物を目にする機会はなかった。
旧ラキュス・ラクリマリス王国時代は、軍医として魔物などの駆除に同行し、二百年余り国内各地を巡ったが、噂ひとつ耳にしなかった。
勿論、軍では万が一の遭遇や情報収集の為、全ての兵士に知識を与える。少なくともセプテントリオーは、それを役立てる機会がないまま軍隊生活を終えた。
稀に遺跡などから未使用で封印された個体が発見されるが、開封することなく滅却される。
「アルトン・ガザ大陸は、三界の魔物との戦いで魔力が枯渇したってハナシだけどさ、それってヘンだと思わないか?」
「変って?」
諜報員ラゾールニクの投げた問いにファーキルが首を傾げる。呪医セプテントリオーも急な話題の変化に戸惑い、ラゾールニクの目を見て続きを待った。
「魔力が完全に枯れたワケじゃないんじゃね?」
「どうしてそう思うんですか?」
ファーキルの問いにラゾールニクは端末にグラフを表示した。
バンクシア共和国の交通事故と魔物・魔獣による死傷者数の年次グラフだ。警察と消防の取扱い件数をまとめた政府の公式な統計資料との旨が共通語で記される。
「これは、何とか逃げ切った人や、食べ残しがあった分だけで、残さず食べられたら行方不明なワケだ」
ファーキルがグラフから視線を外さず、ラゾールニクの説明にぎこちなく頷く。魔物の被害は年によって増減が大きいが、平均すれば交通事故と同じくらいで、決して少なくない件数だ。
「純粋な魔法文明国は、統計資料をネットで発表しないから両輪の国のしかないけど」
切替えた画面にルニフェラ共和国のグラフが表示された。同じ項目だが、魔物による死傷者数は少なく、交通事故の死者数は、負傷者の十分の一以下だ。
「君は、このふたつの国がどんな国か、知ってる?」
「えーっと……確か、バンクシアはキルクルス教の聖地があるトコで、ルニフェラは三日月型の大きな湖があるトコ……でしたっけ?」
ラゾールニクは、少年の自信なさそうな答えに説明を加えた。
「うん。どっちもアルトン・ガザ大陸の国だ。バンクシアは北部の科学文明国。ルニフェラは南部……ディアファナンテのすぐ南にある両輪の国」
「では、ルニフェラの死者数が少ないのは、即死でない限り、癒しの術で復元できるからなのですね」
呪医セプテントリオーが職業柄気付いた点を口にすると、ラゾールニクは満足げに微笑んで何度も頷いた。
「そうそう。察しがよくて助かるよ。人口が全然違うし、棲息してる魔物や魔獣の種類が違うから、単純に比べられるワケじゃないけど、ルニフェラは魔法で身を守れるから、全体の死傷者数が少ないんだ」
「やっぱり、魔法を使えた方が安全ですよね」
ファーキルが言うと、ラゾールニクは同意と質問を返した。
「うん。それに、おかしいと思わないか?」
「おかしい?」
ファーキルが何のことかと首を傾げ、ラゾールニクの端末を見詰める。
呪医セプテントリオーも改めてグラフを見た。「事故による死者・負傷者数の推移(交通事故及び魔物・魔獣による咬傷)」と題された年次の棒グラフで、昨年までの直近十年分、四色の棒が並ぶ。
ラゾールニクが画面を切替え、バンクシア共和国のグラフに戻した。ルニフェラ共和国の後で改めて見ると、惨憺たる有様だ。
「あっ」
呪医セプテントリオーは思わず声を上げた。ラゾールニクが、やっと気付いたかとばかりにニヤニヤする。一人、気付けないファーキルが、二人とグラフを見比べた。
☆キルクルス教の教義……「0118.ひとりぼっち」参照
☆三界の魔物……「0203.外国の報道は」「0234.老議員の休日」「0239.間接的な報道」参照




