0430.大混乱の動画
屋外のコンサート会場で、音声にはノイズが多い。
舞台に近い左寄りの客席からの撮影だ。丈の短いお揃いの衣裳を纏った六人の少女が、斜め下から映し出される。呪医セプテントリオーはその衣裳で、魔法の道具屋の店主クロエーニィエを連想した。
「みんなー! 今日は私たちの最後のコンサートに来てくれて、ありがとー!」
舞台中央に立つ少女のよく通る声が、マイクを通して会場全体に響き渡る。一呼吸置いて、客席にざわめきが広がった。野太い叫びが舞台へ飛ぶ。
「アルキオーネちゃーん! 最後って何ーッ?」
「質問、ありがとー!」
客席が鎮まり、舞台中央の少女に視線が集まる。
少女は一歩、前へ出て質問の発信源に笑顔を向け、手を振った。残る五人の内、三人も歩み出て四人が声を揃える。
「今まで応援してくれて、ありがとー! 私たち、今日で、引退しまーす!」
観客が一斉に息を呑んだ。時が停まったような静寂。凍りついたのは客席だけではない。舞台で一歩後ろに残された少女二人も、呆然と四人の背中を見詰める。
「えっ? ちょっ……何?」
「みんな、何言ってんの? そんなの、聞いてないよ?」
二人の呟きをマイクが拾う。
野太い悲鳴と怒号が会場に轟いた。撮影者の隣の客も悲鳴を上げる。
「嘘だろッ? タイゲタちゃんッ!」
「みんなー! 聞いてー!」
一歩前に出た少女の内、最初に声を上げた一人が、片手を挙げて大きく振った。数度の呼び掛けにも会場は鎮まらず、前に出た他の少女たちも加わる。客席の怒号がざわめきに変わり、漣のような囁きとなって消えた。
舞台奥のバックバンドの男性たちは、何も知らされなかったのか、楽器を手に呆然と成り行きを見守る。
アルキオーネと呼ばれた少女が更に一歩前へ出た。
「今日、お休みしてるメローペちゃんのコトなんですけど」
「メローペちゃん、どうしたのー?」
間髪入れず、客席から野太い質問が飛ぶ。アルキオーネは声のした辺りに手を振り、笑顔を向けたが、すぐ真顔に戻って正面を向いた。
「さっきスタッフさんは急病だって言ったけど、ホントはね、魔物に襲われて、入院してるんです」
客席から悲鳴が上がり、舞台袖から係員が飛び出した。前に出た少女三人がマイクスタンドを振り上げ、係員の接近を阻止する。
「みんなー! 聞いてー!」
アルキオーネの一言で客席が鎮まる。
係員は、少女たちを回り込んでアルキオーネに近付こうとするが、マイクスタンドでつつかれ、ままならない。取り残された少女二人は、おろおろするばかりだ。
三人の仲間に守られ、アルキオーネは一言一言、噛みしめるように語る。
「メローペちゃん、重傷で、もう……ムリなの」
芝居掛かった仕草でやや顔を伏せ、最前列の客を見詰めて言う。
「デビューしてから、今までずっと、魔法使いのボディガードさんが居たの。でもね、戦争が始まってから、外されちゃったの」
舞台に係員が増え、何事か叫ぶが、撮影者の場所までその声が届かない。少女たちが、重いマイクスタンドを振り回して係員に抵抗する。
「ボディガードさんってね、普通のおばさんだったの。魔法使えるってだけの、フツーのおばさん」
「魔女?」
「ちょ……マジかよ?」
撮影者周辺の囁きは観客の総意だろう。キルクルス教国のアーテルで、あってはならないことだ。
アルキオーネが顔を上げ、客席全体に向かって問い掛ける。
「今まで内緒にしてたけど、魔女のおばさんは、私たちを何回も、助けてくれてたの。魔物って、実体ないクセして、人間食べちゃうの、ズルイと思わない?」
「思うー!」
打てば響く勢いで、客席が応じる。
「スタッフ引っ込めー! アステローペちゃんに触んなー!」
「エレクトラちゃん、頑張れー!」
「タイゲタちゃん、やっちまえー!」
ヤジと声援が飛び、係員たちが顔を見合わせた。
「私たちも、悪い魔法使いは、ムリって思うけどー! あのおばさんみたいに、魔法使いにも、いい人って、居るんだよー!」
アルキオーネの声で、会場内の空気が戸惑いと同意、信仰への帰依と疑念に揺れた。係員の一人が舞台袖に手を振ると、制服姿の警備員の一団が現れた。
少女の一人がマイクをオフにして叫び、アルキオーネが力強く頷いて叫ぶ。
「こんな魔物の多いとこで、聖者様の教えを全部守ってたら、メローペちゃんみたいに、魔物に食べられちゃう! だから、私たち!」
警備員たちがマイクスタンドを取り上げ、少女たちを取り押さえる。係員がアルキオーネに駆け寄るが、少女は舞台上を逃げ回りながら、叫び続ける。
「だから、私たち、これ以上、聖者様だけを讃える歌は、ムリです!」
「イヤーッ! 痛い痛いッ!」
「助けてぇー!」
取り押さえられた少女の悲鳴をアルキオーネのマイクが拾い上げた。観客が鉄柵を乗り越え、舞台に殺到する。怒号を上げて警備員に襲いかかった。
「こらーッ! クソ警備員ッ! アステローペちゃんを放せー!」
「タイゲタちゃん、逃げてー!」
「俺のエレクトラちゃんに触んなーッ!」
警備員から引き離された少女たちは、人波にもみくちゃにされながらマイクをオンにし、懸命に主張を繰り返す。
「昔は、みんな、魔法使いの人たちとも、仲良かったんだってー!」
「だから、戦争は! やめてーッ!」
「昔みたいに、みんなで仲良くしようねってー!」
撮影者が人の流れに呑まれ、画面が激しく揺れた。
☆魔法の道具屋の店主クロエーニィエ……「0334.接続料の補充」参照




