0428.訓練から脱走
少年兵モーフはソルニャーク隊長たちの留守を預かり、緊張を強いられた。銃火器を用いた戦い方を指導できるのは、少年兵モーフ唯一人だ。
ソルニャーク隊長と武闘派ゲリラのリーダー格オリョールと、他の魔法戦士も二人、作戦会議でランテルナ島の拠点へ行き、この場には居ない。残った魔法戦士は金髪のウルトール一人で、他の魔法使いでは、魔物や魔獣と遭遇しても対処できない。
しかも、ゲリラたちは訓練に飽きてしまった。
一応いつもの訓練通り、森にはついてきたが、力なき民の少年兵モーフを舐めて掛かり、堂々と不平をこぼす。
「もうコイツの使い方はわかったよ」
「いつまで狩人の真似事させる気だよ?」
「弾がなくなっちまわぁ」
「ごちゃごちゃ言ってねぇで、とっとと基地を潰しに行きゃいいのに」
「あいつら、とんだ腰抜けだ」
あの日、ピナを人質に取った奴らがせせら笑う。魔法戦士ウルトールは、魔物や魔獣の警戒に集中するのか何も言ってくれなかった。
……でも、俺が何か言っても、銃の説明以外、聞く耳持たねぇし。
拠点を出る時でさえ、不満タラタラでなかなか腰を上げなかった。ウルトールが促してやっと出発した時には、既に日射しがキツく、森に着く頃にはいつも以上に消耗した。
それがまた彼らの不満を煽り、「このクソ暑いのにやってられっかよ」などと愚痴をこぼさせる。誰かが不平を口にすれば、その気分が他に伝染し、更に不満を増幅させた。
力ある民のゲリラは、魔法の装備で暑さがマシな分、不満は少ないようだが、表情は厳しい。
しかも、老婦人シルヴァが昨日連れて来た新入り四人も加わった。
全員、力ある陸の民だが、【霊性の鳩】学派の術しか使えない。少年兵モーフが昨日と今朝、銃の扱い方を教えたが、まだ持ち方すら覚束ず、銃と防弾ベストの重さに文句を言った。
隊の編成も考え直さなければならないが、ソルニャーク隊長とリーダー格の魔法戦士オリョールが不在では、それも決められない。
少年兵モーフは、態度を変えたゲリラたちに苛立ちを覚えたが、感情を押し殺して訓練を続けた。
……ソルニャーク隊長たちが居る時だけ、猫被ってやがったのかよ。
「モーフ君、そろそろお昼にしない?」
高校生のロークが、アサルトライフルを担ぎ直し、遠慮がちに言った。
……みんな、ハラ減ってイラついてんのかもな。
「全隊止まれ! 一時間休憩。見張りはいつもの順番で二人ずつ、新入りは……あッ!」
少年兵モーフの号令で、武闘派ゲリラたちは足を止めたが、その後の指示はロクに聞かなかった。湖の民二人と新入り三人が、力なき民一人ずつと手を繋ぎ、森に散らばる。小走りしながら呪文を唱え、止める間もなく、十人の姿が木の間から消えた。モーフの額に暑さとは別の汗が噴き出る。
魔法戦士ウルトールが舌打ちした。
「あいつら」
だが、行き先がわからないのでは、手の打ちようがない。溜め息を吐いて少年兵モーフに向き直る。
「こんな目印のない場所じゃ【跳躍】では戻れん。あいつら、どうせ拠点に戻るだろうが、どうする? 俺たちだけで続けるか?」
残った魔法使いは【急降下する鷲】学派の魔法戦士ウルトールと、【霊性の鳩】学派のクリューヴと新入りの合わせて三人だけだ。まともに戦える力なき民は、少年兵モーフ一人で、残りの四人では動く標的に弾を当てられない。
……モノによるけど、でかいヤツに出食わしたら、マズいよな。
モーフは悔しさに唇を噛んだが、すぐ顔を上げると、きっぱり言った。
「撤退する。予定通り、今から一時間休憩。見張りは二人ずつ交代で、最初の組は俺とローク兄ちゃんで」
一組十五分ずつで交代を宣言すると、残った七名は、素直に少年兵モーフに従った。十人がどこへ跳んだか気掛かりだが、どうにもならない。ソルニャーク隊長に合わせる顔がなかったが、どんなに嘆いても連れ戻す手段も、捜す宛もなかった。
……あんだけでかい口叩いといて、逃げたんじゃねぇだろうな?
少年兵モーフは見張りの間中、悶々と過ごした。
「モーフ君のせいじゃないし、仕方ないよ」
高校生のロークが堅パンを齧りながら言った。今日はまだ獲物も魔獣も獲れず、薬草が少しばかり採れただけだ。全くの手ぶらではないが、収穫の少なさも少年兵モーフには堪えた。
ロークが、何も言わない少年兵モーフに慰めの言葉を重ねた。虚しい言葉が右から左へ抜けて行く。
……言い訳したって、あいつらが訓練サボったコトはチャラにゃなんねぇし、そんな言い訳、アーテル兵は聞く耳持たねぇよ。
ロークの気持ちは嬉しかったが、少年兵モーフでは武闘派ゲリラを統率できない事実は揺るがない。魔法戦士ウルトールが居ても、少しずつ離れた場所に散って一斉に呪文を唱えたのだ。いつの間にか示し合せて、元からこの機会を窺っていたとしか思えない。
「あの人たちが戦いをやめて、もう戻って来ないんなら、セプテントリオー呪医は喜んでくれるよ」
「武器持ってったのにか?」
少年兵モーフは自分でも思いがけず、棘のある声が出てしまった。ロークは息を止め、少年兵モーフを見詰める。
「……ごめん」
「いや、いい。それより、あいつらが武器持ってどこで何しやがるか心配だ」
「心配だよね」
人のいいロークは、彼らの身を案じるが、少年兵モーフは、彼らが今後の作戦の障害になるのが気懸りだ。
「さっき、訓練かったりぃとか言ってたし、作戦も何もなしで勝手にあの基地、襲いに行ったんじゃねぇだろうな?」
もしそうだとしても、大陸本土にある基地は遠く、今更追い掛けても間に合わない。少年兵モーフは顔を顰めた。
魔法戦士ウルトールがモーフの肩を叩いて苦笑する。
「それはないだろ。アクイロー基地の場所がちゃんとわかるのは、オリョールさんとジャーニトル、パーリトルの三人だけだ」
「えっ? それでどうやって基地に行く気だったんですか?」
ロークが驚いて口を挟む。
「あぁ、【魔力の水晶】を使えば、二、三人ずつまとめて跳べるからな。基地の手前で何往復かするつもりだったんだ」
「そうなんですか」
……じゃあ、あいつらどこ行ったんだよ?
拠点でサボっていると思うと、舐められた悔しさに腸が煮え返る。
少年兵モーフは、ロークの時計で時間を見ると、失意で重くなった足を引きずって、北ザカート市の拠点へ引き揚げた。
空襲の廃墟の中、原形を留めたビルの拠点には、呪符職人しか居なかった。
「あれっ? 今日は早かったんだね」
「ん? あぁ、他の奴ら、見なかったか?」
「いや? 別行動したのかい?」
首を傾げた呪符職人に魔法戦士ウルトールが、状況を掻い摘んで説明した。
「どこ行っちゃったんだろうね? まぁ、ちゃんとした軍隊じゃないし、厳しい訓練にイヤ気が差して、戦うコト自体やめちゃってもいいと思うけどね」
それが呪符職人の主義なのか、単なる慰めか。知り合って間もない少年兵モーフに向けられる眼差しからは、読み取れなかった。
……拠点でサボってンでもねぇと来たら、あいつら銃持ってったし、最悪、知ってる場所を勝手に?
以前、武器を奪った基地や警察署へ跳んで「自主練習」する可能性がある。
アクイロー基地の襲撃について、オリョールがどんなつもりか知らないが、ソルニャーク隊長は、あまり乗り気には見えなかった。
……はっきり言われたワケじゃねぇけど、訓練のついでに魔獣の素材採って、ナントカ袋と交換できたら、後はコイツらに任せるつもりっぽいんだよな。
彼らを抑え切れず、勝手を許してしまった件で叱られるのは確実だ。少年兵モーフは、内心の動揺を悟られぬよう、平静を装って訓練の続きを宣言した。
「どっかその辺の建物で部屋の制圧訓練をする。中の雑妖は、ウルトールさん、お願いします」
「あぁ、俺は構わんよ。でもよ、基地を襲うんだから、最初から制圧の練習にしとけばよかったんじゃないか?」
「森でやってたのは、動く標的に弾を当てる訓練だったんだ。実体がねぇとムリだし、猪とかだったら、食いモンも手に入るし、引鉄の引き方だけわかっても、当てらんなきゃイミねぇし」
「あぁ、そう言うことだったのか。わかった。じゃあ早速、出掛けるとしよう」
魔法戦士が言うと、他のゲリラたちも納得したのか、大人しく少年兵モーフの指示に従った。
☆ピナを人質に取った奴ら……「0360.ゲリラと難民」「0361.ゲリラと職人」参照




