0427.情報と作戦案
先日、ファーキルが書き写してくれたラングースト半島の地図で、アクイロー基地の様子がわかった。
周辺は平野で、民家などは十キロ先までない。身を隠せる場所はなく、接近すればすぐ気付かれるのは、素人のレノにも一目瞭然だ。
地図が完成してからというもの、武闘派ゲリラの重立った面々は連日、ランテルナ島の拠点に集まって作戦会議する。
ソルニャーク隊長と魔法戦士の警備員オリョールが中心となって話を進め、髭面の魔法戦士パーリトル、湖の民の魔法戦士ジャーニトル、それに武器職人が、それぞれ意見を出して細部を詰めた。
レノは、呪符職人に「代わりに聞いといて」と会議に参加させられ、寝台の端で小さくなる。
武器職人と呪符職人が寝起きする部屋に椅子と木箱を持ち込み、話し合いの場所を整えた。重ねた木箱に地図とタブレット端末を乗せ、七人が額を寄せ合う。
ファーキルは紙に書き写した地図をソルニャーク隊長に渡し、タブレット端末を操作しながら他に集めたアーテル軍の情報を説明する。
どんな手段を使ったのか、ファーキルはアーテル軍の戦闘機や戦車、兵士の標準装備の写真まで入手した。詳細な説明文もあり、流石にそれを全て書き写すのは無理だ。読み上げて説明する。
「えーっと、待って下さい。それは確かこっちのファイルに」
ファーキル自身に軍事知識がない為、魔法戦士たちに質問されても答えを探すのに手間取った。タブレット端末を手早く操作し、集めて来た膨大な情報から、何とか目当ての部分を探し出して読み上げる。
レノも含め、他の面々はメモを取りながら、ラクリマリス人の少年の声にじっくり耳を傾けた。
アーテル軍の戦力を知り、分析し、向こうの出方を予測して作戦を立てるのは、並大抵のことではない。
ネモラリス正規軍は二月の開戦以来、一度もアーテル本土へ進軍せず、ネーニア島西部での迎撃に徹した。
痺れを切らしたネモラリス人の一部がゲリラ化。これまでは、行き当たりばったりに軍事基地や警察署などを襲撃し、武器などの強奪を繰り返した。
それも、警備員オリョールたちのグループだけではない。
心得のある力ある民は、少人数のグループや個人単位でも、アーテル本土を襲撃できる。民間人による個別バラバラの攻撃には、統率も何もなかった。
攻撃目標も、グループや個人によってまちまちで、アーテル側からしてみれば、ネモラリス人に無差別テロを仕掛けられるようなものだ。
オリョールたちのグループには、これまで銃火器の知識を持つ者が居らず、武器を奪っても、攻撃力は大して上がらなかった。
魔法戦士パーリトルが、黒い髭を扱きながらボヤく。
「力なき民の仲間も一応、戦えるようにはなったが、あんま当たらん上に手榴弾で失敗して、味方に被害が出たりもしたからなぁ」
リーダー格のオリョールが、ソルニャーク隊長に聞く。
「あのコは、どのくらい訓練したんですか?」
「訓練の内容が全く違う。それに、あなた方は魔法と組合せて戦うのだろう?」
「あぁ」
「ならば、参考にはならんな」
ソルニャーク隊長は、少年兵モーフの訓練期間や内容について答えず、アーテル軍の兵士があの装備でどう戦うか説明を始めた。
……そう言えば、モーフ君って、中学生くらいなのに戦い方、あんなに詳しいんだよな。
レノは、少年兵モーフの銃を扱う手慣れた手つきを思い出しながら、ソルニャーク隊長の説明をメモする。
少年兵モーフは、呪符職人と共にネーニア島の廃墟の拠点へ戻り、武闘派ゲリラへの訓練を続けた。
呪符職人は、北ザカート市の廃墟の拠点で呪符作りの続きをし、葬儀屋アゴーニは、他に用ができたと言ってどこか他所へ【跳躍】して留守。老婦人シルヴァは今朝、食糧を少し置くと、慌ただしくどこかへ跳んだ。
ピナとティスは、レノがここに居るだけで安心するのか、「ずっと話し合いが終わらなきゃいいのに」などと言って笑い合った。
レノは、久し振りに妹たちの笑顔を見られたのはよかったが、あまり作業を休むと、折角覚えた呪符の作り方を忘れてしまいそうで怖い。
ファーキルが武器の資料を読み上げた。それを受け、ソルニャーク隊長が、自分の使用経験を基にアーテル兵の基本的な戦い方を説明する。
魔法戦士たちは熱心に耳を傾け、魔法をどう使えば効率よく敵戦力を無力化できるか話し合う。武器職人が、今ある武器の強化とそれに必要な素材を説明し、訓練のついでに素材採取にも力を入れる、と相談がまとまった。
「あいつらの武器の仕組みは大体わかった。武器がなきゃ戦えねぇんなら、壊すか取り上げるかすりゃいいんだよな」
「そんな簡単に言ってくれるなよ」
武器職人の言葉に魔法戦士パーリトルが苦笑する。そんなことができれば、今まで一人も武闘派ゲリラ側に犠牲者を出さずに済んだだろう。
武器職人は構わず、ファーキルに視線を移した。
「この子の説明で閃いた。準備できたら改めて説明するから、取敢えず、全員に【魔除け】の練習をさせてくれ」
「力なき民にもか?」
「そうだ。後で呪符を配るから、全員、呪文を唱えられるようになって欲しい」
オリョールの質問に武器職人が間髪入れずに答えた。
レノの視界の端で一瞬、ソルニャーク隊長が顔を顰めた。
……キルクルス教徒の二人は、絶対イヤだろうな。
北ヴィエートフィ大橋の手前を走るトラックでレノたちが練習するのは邪魔されなかったが、彼ら自身は決して呪符に手を触れようとしなかった。【魔力の水晶】を入れる袋を作ってくれた針子のアミエーラでさえ、【水晶】を何か恐ろしいものを見るような怯えた目で見て、手を引っ込めた。
……何とかして、隊長さんとモーフ君を免除してもらわないと、キルクルス教徒だってバレたら、大変なコトになりそうだな。
そうは思っても、すぐに妙案が浮かぶ筈もなく、レノを置き去りにして話し合いはどんどん進む。
「手間暇かけて訓練して、まともに戦えるようになった人を失うのは惜しい。できる限り損耗は抑えたい」
魔法戦士オリョールが、銃火器を用いる訓練の大変さをしみじみ噛みしめ、指導に当たったソルニャーク隊長の眼を見て言う。
志願者は、老婦人シルヴァがまた連れてくるだろう。だが、愛国心や復讐心に燃えるのは、必ずしも戦える者ばかりではない。
「それともうひとつ。坊や、この島の店に色々伝手があるんだろ? お使いを頼まれてくれないか?」
「えーっと、伝手って言うか、何回か行っただけで」
武器職人に話を振られ、ファーキルが困惑して視線を泳がせる。ラクリマリス人の少年の不安を和らげようと、大柄な武器職人は微笑を浮かべてやさしい声で言った。
「交換品は俺が用意するから、【魔除け】の【護りのリボン】を調達してもらいたいんだ。作り方は知ってるんだが、材料がなくてな」
「そうなんですか。道具屋さんに聞いてみます」
魔法の武器ではなく、魔物から身を守る防具の調達とわかり、ファーキルが明白に安堵する。
……やっぱ、人殺しの本格的な手伝いって、イヤだよな。
ファーキルがカルダフストヴォー市から持ち帰った情報も、使いようによっては多くのアーテル兵が死傷するが、より直截的な支援となると、話は別らしい。
レノも、呪符職人の指導で作ったのは【灯】や【魔除け】など、戦闘には関係なさそうな呪符ばかりだ。攻撃用の呪符を作るのを想像して、思わず身震いした。
老婦人シルヴァは、呪符職人に頼まれて二日一回、生きた鶏を鳥籠に入れて持って来るようになった。職人が、素材として使う生き血を術で抜き、肉はゲリラたちが焼いて食べる。
鶏の生き血で【魔獣の消し炭】を溶いてインクを作り、羊皮紙に呪文や呪印を描く。レノは何となく食欲がなくなり、鶏肉は遠慮した。
「地雷原はどうする?」
「地雷原?」
ソルニャーク隊長の質問に魔法戦士たちが異口同音に聞き返した。
☆どんな手段を使ったのか……「0331.返事を待つ間」「421.顔のない一人」「422.基地情報取得」参照
☆軍事基地や警察署などを襲撃し、武器などの強奪……「0254.無謀な報復戦」「0285.諜報員の負傷」参照
☆トラックでレノたちが練習……「0296.力を得る努力」参照




