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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第十八章 漸進

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431/3506

0423.食堂の獅子屋

 「あら、いらっしゃい。今日は暇だったから、ちょっと早いけどお昼にしようと思ってたのよ。ご一緒にいかが?」

 「えっと……俺たち、パン持って来たんで」

 魔法の道具屋「郭公(カッコウ)の巣」の店主は今日も、逞しい体躯を可愛らしいエプロンドレスで包む。黒髪のおっさんに動揺を悟られないよう、ファーキルは平静を装って断りを口にした。

 「おかずは?」

 「食中毒が心配なんで持って来ませんでしたけど、パン生地に色々練り込んであるんで大丈夫です」

 「ふーん」

 郭公(カッコウ)の巣の店主クロエーニィエは旧知の湖の民に視線を移した。呪医セプテントリオーは、同色の糸で各種防禦の呪文が刺繍された白衣を纏い、【青き片翼】学派の徽章(きしょう)を首から()げる。呪医が首を振ると、白衣の肩に掛かる新緑の髪がふわりと広がった。

 「我々は、ここのおカネを持っていませんし、余分な交換品も」

 「ちょっと日は()っちゃったけど、昔馴染みとの再会を祝して、今日は奢るゎ」

 店主クロエーニィエがウィンクする。ファーキルは、無言で呪医を見上げた。

 「ですが」

 「遠慮しないで。荷物はここに置いてって、獅子屋さん、憶えてる? 先に行っててちょうだい」

 カウンター越しに太い腕が伸び、ファーキルは思わず蔓草(つるくさ)細工の入った麻袋を差し出した。呪医は諦めたのか、苦笑して礼を言い、ファーキルを店外へ促す。


 ……遠慮って言うか、このおじさんと一緒にお店入るの、難易度高いんだけど。


 「獅子屋さんって?」 

 「以前来た時は、定休日で閉まっていた食堂ですよ」

 「あぁ、あのお店ですか」


 ファーキルは看板を思い起こした。

 文字はなく、きのこを咥えた二匹の魚が円を描く。それで店名が「獅子屋」なのがよくわからない。

 クロエーニィエの店は、看板が郭公(カッコウ)の巣だから店名も「郭公の巣」と呼ばれ、呪符屋も多分、竜胆(リンドウ)が看板だから、そう呼ばれるのだ。


 ファーキルは鞄を肩に掛け直し、呪医と並んで歩く。少し迷ったが、思い切って聞いてみた。

 「あの……呪医(せんせい)たちって、どう言うお知り合いなんですか?」

 「同じ騎士団の所属でした。彼は剣の腕も確かなので、素材の現地調達でも活躍していましたよ」


 魔法の道具屋「郭公(カッコウ)の巣」店主クロエーニィエは、かつてラキュス・ラクリマリス王国騎士団の後方支援部隊に所属した。出撃する騎士に【編む葦切(ヨシキリ)】学派の術で作り出した呪符や、魔法で補強した防具などを補給する部隊だ。いざという時は、彼も普通の武器や呪符などを使って戦う。


 「様々な学派の術も少しずつ使えて、時には前線に出ました。私も彼に【解錠】や【不可視(みえず)の盾】の術などを教わって随分、助かりました」

 「へぇー」

 クロエーニィエの逞しい体格を思い浮かべ、ファーキルは心底納得した。


 ……それが、なんであぁなるんだよ?


 その疑問は口に出せなかったが、元軍医のセプテントリオーは察し、苦笑交じりに付け加えた。

 「当時、騎士にしては剽軽(ひょうきん)な人物でしたが……いえ、でも、私生活は知らないので、今の姿が彼本来の姿なのかもしれません」



 そんな話をするうちに目的の食堂「獅子屋」に着いた。解放された扉から中を覗く。まだ昼には少し早く、客は少なかった。店の前に置かれたイーゼルに小さな黒板が乗る。今日の定食は白身魚のムニエルだ。


 ファーキルには、それがどんな料理か想像もつかなかった。

 アーテル本土には魔法使いが居ない。湖に面しても漁に出られず、湖岸付近は危険地帯として一般人は立入禁止で、川や森もそうだ。

 ファーキルは家出してネーニア島に渡るまで、魚をインターネットでしか見たことがなかった。

 一部の金持ちは、アルトン・ガザ大陸のバルバツム連邦などから空輸された干物や冷凍の魚を食べるようだが、庶民の口には入らない。実家は、経済的には高価な食材でも購入可能だが、母が魚を魔物と同一視して、食卓には上らなかった。


 ザカート隧道(トンネル)の近くで、移動販売店プラエテルミッサのみんなと出逢った日のことが蘇る。それからの日々は大変だったが、実家に居て学校に通った頃よりずっと「生きている実感」があった。


 ……ドーシチ市のお屋敷で出たかもしれないけど、どれかわかんないな。


 屋敷では、魔法薬作りの手伝いで手のマメが潰れるまで頑張った。遠い昔のように感じられるが、ほんの数カ月前のことだ。



 「お待たせー。先に入って、座って待っててくれてよかったのにー」

 野太い声で現実に引き戻された。

 クロエーニィエは、エプロンドレスから水色のワンピースに着替えて来たが、これもまた青いリボンと白いレースがたっぷりだ。少女趣味なロングワンピースも、装飾に紛れて呪文が刺繍してある。


 「……あぁ、いえ、少し考え事をしていたものですから。それより、本当によろしいのですか?」

 「勿論(もちろん)よ。さ、入りましょ」

 呪医の反応が少し遅れたのも、店主のおっさんの服装に驚いたからだろう。


 二人はクロエーニィエに背を押され、食堂「獅子屋」に入った。

☆定休日で閉まっていた食堂……「384.懐かしむ二人」参照

☆移動販売店プラエテルミッサのみんなと出逢った日……「0198.親切な人たち」参照

☆ドーシチ市のお屋敷……「236.豪華な朝食会」~「282.トラック出発」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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