0422.基地情報取得
「へぇー、ホントに【魔獣の消し炭】を調達してくるたぁな。やるじゃねぇか」
「でも、獲ったの、俺じゃないんで」
「頼もしい仲間が居るんだろ? いいじゃねぇか。人脈も力の内だぞ」
ファーキルは、感心する呪符屋の店主に曖昧な表情で否定も肯定もしなかった。
呪符屋の店主は、「今日は量と種類が多いから」と運び屋の魔女フィアールカに店番を任せ、荷物を抱えて奥へ引っ込んだ。フィアールカは気のない返事をして、いつもの席でタブレット端末をいじる。
ファーキルも査定を待つ間、地図情報のダウンロードに取り掛かった。呪医セプテントリオー一人が手持無沙汰で申し訳ないが、仕方がない。
ラングースト半島の地形図と航空写真を表示させる。アーテルの首都ルフスの西に位置し、ストラージャ湾に面する大きな半島だ。
まずは低倍率で半島全体。それからアクイロー基地に寄せる。ズームの途中で、航空写真がテキストメッセージに変わった。
……あ、そっか。軍事機密だ。衛星写真のデータ、削除申請があったんだ。
迂闊だった。だが、低倍率の航空写真と地形図だけでも、それなりに役立つだろう。ゲリラの移動手段は【跳躍】の術だ。侵入経路や逃走経路は要らないが、向こうの出方を予測する手掛かりにはなるかもしれない。
アクイロー基地周辺は草原地帯で、基地へ続く道路が数本通る他は、民家も何もない。一番近いのは、十キロくらい先の農村だ。
地図を閉じ、今度は以前見た掲示板を開く。
ログが流れ、倉庫に格納されたデータは有料で会員登録しなければ見られない。
諦めて、うろ覚えの記憶であれこれ検索ワードを入力した。見覚えのある写真をみつけ、掲載するブログを開く。
あのミリタリーマニアのブログだった。ブックマークして、アクイロー基地の演習写真を次々とダウンロードする。
この基地には戦車も配備されていた。
……地上部隊とは、やり合うかもしれないよな。
ファーキルは、戦車の画像だけでなく、性能を興奮気味に語るテキストもコピーして保存した。知ったところで、戦車相手に手持ちの機関銃や手榴弾くらいでどうにかできるとは思えない。
それでも、敵の戦力を何も知らないよりはずっとマシだ。
「よぉ、坊主、上物をありがとよ」
呪符屋の店主に上機嫌で声を掛けられ、ファーキルは端末から顔を上げた。帳簿の一覧は、半分くらいに完了のチェックが入った。
「ついでだから、いいコト教えてやろう」
鎮花茶を飲み終えた呪医が、呪符屋に興味深げな目を向ける。
ファーキルの他は三人とも湖の民だが、この店で疎外感を覚えたことは一度もない。店主とフィアールカはファーキルを客として信用し、ファーキルも彼らを信頼する。一言では説明し難い関係の呪医とも、互いにある程度の信頼を構築できた。
「今回は丸ごとだったが、持込み品が黒焼きの一部じゃ、魔獣だか何だか、わかんねぇだろ?」
「えぇ、そうですね」
贋物を掴まされたのか、とファーキルは背中に冷や汗が流れた。
「焼けば、魔獣にも【魔道士の涙】ができる。まぁ、この世の生き物でも、魔力がありゃ、できるんだがな」
「そうなんですか?」
ファーキルは、その名称からてっきり、人間の魔法使いにしかないものだと思っていた。それも、骨まで残さず灰にしなければ結晶化しない筈だ。
「魔獣のは血みてぇに赤いのができる。それも黒焼きだと、ちっせぇのが体のあちこちにチマチマできるんだ」
「へぇー」
呪符屋の説明にファーキルだけでなく、呪医も感心する。
「人間も含めて、この世の生き物は、完全に灰になるまで魔力が結晶化しねぇから、そこが違いだ」
「要するに炭をちょっと割ってみれば、ホンモノかニセモノかわかるってワケ」
運び屋フィアールカが、タブレット端末から顔を上げもせずに言った。何をしているのかと呪医セプテントリオーが訝しげな顔を向けるが、魔女はお構いなしだ。
タブレット端末が普及する所ではよくあることだが、ネモラリス人呪医の眼には奇異に映るのだろう。
「この調子なら、残りもすぐ集まるだろ。ま、気ぃ付けてやれや」
「はい、有難うございます」
呪符屋を出た途端、溜め息が出た。
……火の雄牛の角とか、どうすんだよ。
足許を見られたのか、ファーキルたちをランテルナ島から出したくないのか知らないが、随分無茶な要求だ。
「大丈夫ですか?」
「えっ? あ、あぁ……火の雄牛の角とか……どうしようかなって」
「あぁ、遭遇できなければ、手に入りませんからね」
湖の民の元軍医は、わかった風に頷いてファーキルに同情した。
……いや、そっちじゃなくて……!
遭遇しても倒せるアテがないから、困っているのだが、強い者にはそれがわからないのだろう。
ファーキルたち、移動販売店プラエテルミッサのトラックは、魔獣の襲撃でランテルナ島に逃げ込んで戻れなくなったのだ。
弱さを理解してもらったところで、呪医に戦ってもらうワケにはゆかない。
ファーキルは、魔法の道具屋「郭公の巣」へ急いだ。
地下街チェルノクニージニクは、ランテルナ島南部に広がる。地上の街カルダフストヴォー市より歴史があり、範囲も広大だ。
通路の壁・床・天井全てに【巣懸ける懸巣】学派の様々な防護の術が組込まれ、魔物などに対抗できる要塞となった。
飲食店で昼食の仕込みが始まり、通路に旨そうな匂いが漂う。肉が焼ける匂いでファーキルの腹が鳴った。通路の両側を埋める店の呼び込みや、人々の話し声に紛れて、呪医セプテントリオーには聞かれなかっただろうが、何となく気恥しい。
昼食はパンを持って来た。レノ店長たちが今朝、焼いてくれたものだ。レノ店長は朝食後、すぐに武闘派ゲリラたちに連れられ、ネーニア島の拠点へ跳んだ。
……店長さんたち、大丈夫かな?
ファーキルは歩調を上げた。
☆魔獣の襲撃でランテルナ島に逃げ込んで戻れなくなった……「0299.道を塞ぐ魔獣」~「0301.橋の上の一日」「0302.無人の橋頭堡」「0303.ネットの圏外」「0307.聖なる星の旗」「0308.祈りの言葉を」「0312.アーテルの門」参照




