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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第二章 印歴二一九一年二月二日
43/3486

0043.ただ夢もなく

 護送車に足音が駆け寄って来る。一人だ。

 「あの、すみません。ちょっと教えていただきたいんですけど……」

 足音の主は、先程の若い魔女だった。

 さっきの歌の後、あちこちにあった小さな火ぶくれや、爆発で何かの破片が刺さった傷が消えた。


 ……魔法使いなんかクソ喰らえだ!


 モーフは自らの肌を()(むし)り、傷を元に戻したい衝動に駆られた。

 火がないので火傷は作れない。諦めて外に注意を向けた。


 「あの、さっきそこで、湖の近くが封鎖されたって聞いたんですけど……」

 「えぇ、まだテロリストが潜んでるかも知れませんし、死の臭いを嗅ぎつけて魔物も集まってるでしょうからね」

 警察官の一人が丁重に応じる。


 「あの、私、家族が漁師で、多分、船で避難したと思うんですけど、船も港に帰れないんですか?」

 「港の設備もかなりやられましたからね。帰港は難しいと思いますよ」

 「あの、じゃあ、漁船はどうなるんですか?」

 「無理に接岸するのでなければ、恐らくマスリーナ市の港に避難したと思いますが、何分(なにぶん)、情報が錯綜(さくそう)しておりまして、確かなことは……」

 警察官の申し訳なさそうな説明に、若い魔女の沈んだ声が型通りのお礼を言ってふっつり消えた。



 星の道義勇兵は、アーテル共和国から第三国経由で【吸魔(きゅうま)石盤(せきばん)】を大量に密輸した。岸壁から一定間隔で【石盤】を沈め、港を制圧して、水上輸送を封じる計画だ。

 魔道機船は沈みこそしないが、魔力と推進力を失う。

 小さな漁船なら、港に近付いた時点で【魔除け】等も失い、魔物の餌食になる可能性もある。


 ……ザマーみろ。


 少年兵モーフは、若い魔女の落胆をせせら笑った。

 モーフ世代の自治区民は魚の味を知らない。

 湖の(ほとり)は工業地帯で、労働者以外は立入禁止だ。釣りなどできない。力なき民だけでは、湖上に船を浮かべて漁をすることなど、思いつきもしなかった。


 ……でも、何とかして脱出しねぇと。このままじゃ魔法の牢屋に入れられて、どうにもならなくなっちまう。


 モーフはソルニャーク隊長を見た。

 相変わらず瞑想中だ。少し考え、思い切って声を掛けてみた。

 「隊長……俺たち、これからどうなるんスか?」

 「彼らに余裕があれば、(さば)きにかけられ、恐らく、擾乱罪(じょうらんざい)などで死刑、()しくは無期懲役。君はまだ未成年だ。我々の手足となって戦闘に参加した、と言う理由で施設に送られ、再教育を施されるだろう」

 隊長は目を開け、少年兵に向き直って答えた。

 静かな瞳は(なぎ)の湖のように穏やかな青だ。

 「彼らに余裕がなければ、それらの手順を踏まず、見せしめに殺されるだろう。恐くなったか?」

 「いえ。ただ……」

 「ただ、何だ?」

 「これ以上、魔法使いに復讐できねぇのが悔しいッス」

 少年兵モーフは、指先が白くなる程、拳を強く握り締めた。


 隊長はふと頬を(ゆる)め、淋しげな目で言葉を続けた。

 「君の願いは、復讐だったのか。その願いが叶うなら、命も惜しくないと言うのか?」

 「勿論(もちろん)ッス。どうせ長生きできねーし。あんなゴミ溜めみてぇな街で、長生きしたってしょーがねーし。魔法使いどもは、俺らをあんなとこに押し込めて、自分たちだけのうのうとイイ暮らししてやがンだ。どうせ死ぬなら、魔法使いに一泡吹かせてやりてぇッス」

 「……すまない」

 不敵な笑みを浮かべて熱っぽく語った少年兵に、隊長が項垂れるように頭を下げる。モーフは驚いて隊長を見た。

 「すまない。我々が至らないばかりに、君たち若者が幸せを夢見ることすら……できなくしてしまった」

 「えっちょっ、ちょっと、隊長ッ?」

 少年兵が慌てて他の隊員を見回す。

 大人たちは誰もが目を伏せ、モーフに助け舟を出す者はなかった。


 車内に重苦しい沈黙が降りる。

 元トラック運転手が顔を上げ、市民病院の方を向いた。金属の壁が見えるだけだが、おっさんは遠くを見詰めて言った。

 「坊主、おめえ、旨いモン食ってみてぇとか何とか、夢はねぇのか」

 「そんなの知らねぇ」

 「知らねぇって何だよ?」

 「旨いモンなんか食ったコトねぇよ」

 「こっちの奴が食ってんのと同じモン食ってみてぇって思ったコトも……ねぇってのか」

 「ねぇよ」

 「……そうか」

 即答する少年兵に力なく笑顔を向け、元運転手が(うつむ)く。

 風は当たらないが、暖房はなく、護送車の中はしんしんと冷えた。

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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