0043.ただ夢もなく
護送車に足音が駆け寄って来る。一人だ。
「あの、すみません。ちょっと教えていただきたいんですけど……」
足音の主は、先程の若い魔女だった。
さっきの歌の後、あちこちにあった小さな火ぶくれや、爆発で何かの破片が刺さった傷が消えた。
……魔法使いなんかクソ喰らえだ!
モーフは自らの肌を掻き毟り、傷を元に戻したい衝動に駆られた。
火がないので火傷は作れない。諦めて外に注意を向けた。
「あの、さっきそこで、湖の近くが封鎖されたって聞いたんですけど……」
「えぇ、まだテロリストが潜んでるかも知れませんし、死の臭いを嗅ぎつけて魔物も集まってるでしょうからね」
警察官の一人が丁重に応じる。
「あの、私、家族が漁師で、多分、船で避難したと思うんですけど、船も港に帰れないんですか?」
「港の設備もかなりやられましたからね。帰港は難しいと思いますよ」
「あの、じゃあ、漁船はどうなるんですか?」
「無理に接岸するのでなければ、恐らくマスリーナ市の港に避難したと思いますが、何分、情報が錯綜しておりまして、確かなことは……」
警察官の申し訳なさそうな説明に、若い魔女の沈んだ声が型通りのお礼を言ってふっつり消えた。
星の道義勇兵は、アーテル共和国から第三国経由で【吸魔の石盤】を大量に密輸した。岸壁から一定間隔で【石盤】を沈め、港を制圧して、水上輸送を封じる計画だ。
魔道機船は沈みこそしないが、魔力と推進力を失う。
小さな漁船なら、港に近付いた時点で【魔除け】等も失い、魔物の餌食になる可能性もある。
……ザマーみろ。
少年兵モーフは、若い魔女の落胆をせせら笑った。
モーフ世代の自治区民は魚の味を知らない。
湖の畔は工業地帯で、労働者以外は立入禁止だ。釣りなどできない。力なき民だけでは、湖上に船を浮かべて漁をすることなど、思いつきもしなかった。
……でも、何とかして脱出しねぇと。このままじゃ魔法の牢屋に入れられて、どうにもならなくなっちまう。
モーフはソルニャーク隊長を見た。
相変わらず瞑想中だ。少し考え、思い切って声を掛けてみた。
「隊長……俺たち、これからどうなるんスか?」
「彼らに余裕があれば、裁きにかけられ、恐らく、擾乱罪などで死刑、若しくは無期懲役。君はまだ未成年だ。我々の手足となって戦闘に参加した、と言う理由で施設に送られ、再教育を施されるだろう」
隊長は目を開け、少年兵に向き直って答えた。
静かな瞳は凪の湖のように穏やかな青だ。
「彼らに余裕がなければ、それらの手順を踏まず、見せしめに殺されるだろう。恐くなったか?」
「いえ。ただ……」
「ただ、何だ?」
「これ以上、魔法使いに復讐できねぇのが悔しいッス」
少年兵モーフは、指先が白くなる程、拳を強く握り締めた。
隊長はふと頬を緩め、淋しげな目で言葉を続けた。
「君の願いは、復讐だったのか。その願いが叶うなら、命も惜しくないと言うのか?」
「勿論ッス。どうせ長生きできねーし。あんなゴミ溜めみてぇな街で、長生きしたってしょーがねーし。魔法使いどもは、俺らをあんなとこに押し込めて、自分たちだけのうのうとイイ暮らししてやがンだ。どうせ死ぬなら、魔法使いに一泡吹かせてやりてぇッス」
「……すまない」
不敵な笑みを浮かべて熱っぽく語った少年兵に、隊長が項垂れるように頭を下げる。モーフは驚いて隊長を見た。
「すまない。我々が至らないばかりに、君たち若者が幸せを夢見ることすら……できなくしてしまった」
「えっちょっ、ちょっと、隊長ッ?」
少年兵が慌てて他の隊員を見回す。
大人たちは誰もが目を伏せ、モーフに助け舟を出す者はなかった。
車内に重苦しい沈黙が降りる。
元トラック運転手が顔を上げ、市民病院の方を向いた。金属の壁が見えるだけだが、おっさんは遠くを見詰めて言った。
「坊主、おめえ、旨いモン食ってみてぇとか何とか、夢はねぇのか」
「そんなの知らねぇ」
「知らねぇって何だよ?」
「旨いモンなんか食ったコトねぇよ」
「こっちの奴が食ってんのと同じモン食ってみてぇって思ったコトも……ねぇってのか」
「ねぇよ」
「……そうか」
即答する少年兵に力なく笑顔を向け、元運転手が俯く。
風は当たらないが、暖房はなく、護送車の中はしんしんと冷えた。




