表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第十八章 漸進

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

429/3504

0421.顔のない一人

 「ごめん、地図はカルダフストヴォー市とイグニカーンス市のしか入れてないんだ」

 「あ、いや、ちょっと聞いてみただけだから、そんな気にしないでくれ」

 少年兵モーフが慌てて言い(つくろ)う。

 ファーキルは伏せた目を上げ、笑ってみせた。

 「今日、街へ行く時に調べて入れるから、大丈夫だよ」

 「ホントかッ? 助かる!」

 モーフのごつごつした手が、ファーキルのヤワな手を握る。


 ……アーテルの首都の西にある半島の基地って、アクイロー基地のことだよな。


 以前、ミリタリーマニアのブログで、演習の画像を見た。あの画像もダウンロードしてくれば、襲撃の役に立つだろうか。

 それとも、武闘派ゲリラの攻撃目標がわかったから、呪医セプテントリオーに知らせて、やめるように説得してもらうべきか。


 どうすればこの戦争が終わるのか、ファーキルには……いや、この拠点に居る誰にもわからなかった。


 ……そうなんだよな。空軍基地を潰せば、最低でもネモラリス共和国への攻撃は減るんだ。


 取敢えず、地図をダウンロードすると約束し、ファーキルは少年兵モーフと一緒に庭へ出る。


 八月も半ばになり、庭園に作ったささやかな畑は収穫を終えた。トマトにはもう花も実もないが、茄子はまだ花が咲く。

 鳴く虫の種類が変わり、森の花々は(しお)れた。

 後に()ったちいさな実が薬になるか、薬師(くすし)アウェッラーナに聞かねばなるまい。


 昨夜はいつもの顔ぶれに加え、魔法戦士オリョールも、ランテルナ島のこの拠点に泊まった。少し遅い時間まで病室のひとつで、ソルニャーク隊長と呪符職人、武器職人、オリョールの四人で何か話し合っていた。

 ファーキルは何の話か知らないが、少年兵モーフの口ぶりからすると、基地襲撃作戦の立案だったのだろう。


 ……地図があれば、具体的な作戦を立てやすいもんな。


 彼らがいつも通り【跳躍】でネーニア島の廃墟の拠点へ跳ぶのを見届け、ファーキルは一旦、別荘の中へ戻った。ソルニャーク隊長たちが持ち帰った素材を改めて確認する。


 ……まさか、魔獣を仕留めて、俺たちにくれるとは思わなかったけどな。


 あんなに悲愴(ひそう)な思いで戦う力を求めたのが、バカみたいだ。

 ゲリラの魔法戦士には、魔獣と戦える力がある。元々その道のプロだから、当然と言えば当然だ。

 小型の魔獣をあっさり倒して、わざわざ炭にして持って来てくれた。


 ……これって、やっぱり……ソルニャーク隊長たちを仲間認定したってコトだよな。


 ファーキルは複雑な気持ちで、呪符屋に【無尽袋】の対価として支払う素材を荷造りする。

 薬師(くすし)アウェッラーナとクルィーロが、ここ数日でたくさんの種類の魔法薬を作ってくれた。プロの薬師が説明書を付けてくれたのを整理し、種類毎に分けて鞄に詰める。


 クルィーロは【霊性の鳩】学派の術しか使えないので手伝いだが、アウェッラーナの話では、以前に比べてかなり魔法の腕が上がり、任せられる作業が増えたらしい。

 彼は作業の合間に【不可視(みえず)の盾】の訓練も続ける。ファーキルは、クルィーロに頼まれて小石を投げた。彼はちゃんと【盾】を展開して小石を防いだ。

 ファーキルも試してみたが、クルィーロが軽く投げた小石は思ったよりずっと速く、展開が間に合わなかった。


 手には当たらなかったが、情けなかった。


 女の子たちは着替え用の服、メドヴェージは蔓草(つるくさ)細工の籠をそれぞれ作る。

 レノ店長はネーニア島の拠点で呪符作りを手伝い、ロークはこの短期間で随分、逞しくなった。

 ソルニャーク隊長と少年兵モーフは、武闘派ゲリラたちに銃の戦い方を教え、レサルーブの森で素材も採ってくれる。


 ……俺だけだよな。何もできなくて、何もしてなくて、何も成長してないの。


 自己嫌悪に襲われる。


 ファーキルはまだ肌寒かったあの日、ヤミで入手したタブレット端末を(たずさ)え、全財産を(はた)いてネーニア島に渡った。

 アーテル政府は情報統制で報道させず、ネモラリス共和国にはインターネットがなく、外部に発信できる情報量が圧倒的に少ない。


 真実が隠され、アーテルの人々が、嘘の歴史と偽ニュースに踊らされる現状を打破したかった。


 インターネット上なら、人種・年齢・性別・職業など、個人情報を自ら明かさない限り、「一人の意見」として、発言の内容だけを見てもらえる。

 識者や政治家、芸能人やスポーツ選手などなら、姿を晒して、それまでの実績とカリスマ性で、発言に責任と説得力を持たせられるが、一般人……それも、外見がパッとしない中学生のファーキルでは、容姿を見せた瞬間、誰からも相手にされなくなるだろう。


 フォロワーたちは、「真実を探す旅人」が「顔のない一人」である限り、ファーキルが発信した情報や意見の内容だけを見てくれる。

 正体不明のアカウントを胡散臭く思い、チラ見して去る者や、そもそもアカウントの存在自体を知らない人の方が多い。真実を伝えられる人数は限られるが、徐々に増えていった。


 ……俺の目的は、正しい情報を発信することだ。


 ファーキルは、麻袋の口を括って鞄を肩に掛けると、緑髪の呪医を書斎へ呼びに行った。

 呪医セプテントリオーは、採取に出るメドヴェージとファーキルを拠点を囲む森へ送り迎えする他は、ずっと書斎に籠りきりだ。

 新聞記事での情報収集に余念がない。攻撃をやめるよう、ネモラリス人ゲリラを説得する材料を探すのだろう。


 「では、行きましょう」

 散らかったローテーブルを手早く片付け、呪医はファーキルと共に庭へ出た。



 すっかり耳に馴染んだ【跳躍】の呪文で、カルダフストヴォー市の北門前に運ばれる。

 ファーキルは湖の民の呪医と連れ立って門を(くぐ)り、平和な街に足を踏み入れた。あの日以来、星の(しるべ)によるテロはない。道行く人々も店も、何事もなかったかのように平穏だ。


 「今日は、素材を届けた後、ちょっと情報収集したいんですけど、時間、いいですか?」

 「私は構いませんよ。何の情報ですか?」

 「地図と、半世紀の内乱の記録です」

 二人は、地下街チェルノクニージニクの階段を降りた。勤務先の店へ急ぐ従業員に混じって、まだ商品や看板に(ふさ)がれない通路を歩く。


 「……この間、私がお願いしたことができそうなんですか?」

 「えーっと……いえ……あの」

 ファーキルは、自分がアーテル人であることを隠し、ラクリマリス人のフリをしたのを思い出して口籠った。怪しまれる前に何とか言い(つくろ)う。


 「運び屋さんへの支払いで、ウェブマネーが余ったら、それで電子書籍を買おうと思ってたんですけど、残らなかったんで、アーテルの歴史の教科書……まだ、買えてないんです。すみません」

 「いえ、私は急ぎませんから、お気になさらず。無理なようでしたら、シルヴァさんにもお願いしてみます」

 呪医セプテントリオーは、大して気にしていないようだ。


 「えっと、それで、ラキュス・ラクリマリス共和国の近所の国は、半世紀の内乱を客観的に記録してるんですよね。でも、湖南語だから、他所の国の人たちには読めなくて」

 「共通語に訳すんですか?」

 「はい。情報を無料で見られるサイトの管理者に、翻訳の許可が取れたら、ですけど」

 そんなことを話す内に、竜胆(リンドウ)の看板を出した呪符屋に着いた。

☆ミリタリーマニアのブログ……「0331.返事を待つ間」参照

☆小型の魔獣をあっさり倒して、わざわざ炭にして……「0407.森の歩行訓練」「0408.魔獣の消し炭」参照

☆レノ店長はネーニア島の拠点で呪符作りを手伝い……「0399.俄か弟子レノ」参照

☆あの日……「0386.テロに慣れる」参照

☆この間、私がお願いしたこと……「369.歴史の教え方」「370.時代の空気が」「371.真の敵を探す」参照。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ