0417.空軍の最前線
まずは、さっきの失言を誤魔化す。
「えーっと、逆に俺らは、魔法を使う戦い方ってのがわかんねぇから、隊長も、まだ何とも言えねぇかもしんねぇし」
「あぁ、そう言うコトか。まぁ、そうは言っても、俺たちが元々相手してたの、人間の軍隊や犯罪者じゃなくて魔物や魔獣だったからな。全然、勝手が違う」
「それに、魔法使いったって色々だ。俺たち【急降下する鷲】は魔法戦士だが、他の……徽を持ってないのは、みんな【霊性の鳩】で戦いに使える術は知らないからなぁ」
オリョールが言うと、ウルトールもぼやいた。
少年兵モーフが周囲を見回す。
オリョールの命令で、見張りの二人以外は思い思いに休憩する。力ある民の何人かは、呪符職人が作った【耐暑】の【護りのリボン】を腕に巻く。暑さにやられない分、訓練が捗り、それだけでも力なき民より有利だ。
少年兵モーフは、ゼルノー市襲撃作戦で市民病院の呪医に追い詰められた時を思い出した。【操水】を使って死体から抜き取った大量の水で壁を作り、ソルニャーク隊長の部隊を一部屋に押し込めた。
薬師のねーちゃんや魔法使いの工員の口ぶりでは、あの湖の民の呪医は、二人よりずっと魔力が強いらしい。一度に操れる水の量が、魔力の大きさで違うのは、この半年余りでモーフにもわかった。
「呪医、昔、騎士団で軍医やってたとか言ってたぞ? 【鷲】じゃねぇ術で戦うやり方も知ってんじゃねぇか?」
「あの呪医は、俺たちに戦いをやめさせたがってんだ。君たちが来る前にやっと【不可視の盾】を【霊性の鳩】のみんなに教えてくれただけだ」
オリョールが首を横に振り、ウルトールはそれに頷いてみせた。
……そっか。あの時も、俺らにトドメ刺す為じゃなくて、降伏させる為に閉じ込めてたしなぁ。
「その【盾】って、どんくらい使えるようになったんだ?」
「まだ訓練中。一応、呪文は覚えたけど、実際に使うのはまだまだ下手だな」
「ちゃんと使えるようになったところで、一発しか防げないから、気休めだ」
オリョールとウルトールが小声でダメ出しする。少年兵モーフでも、自動小銃で連射されればどうしようもないのは想像がついた。
他の連中は、どんな思いでそんな気休め程度の術を練習するのか。
少年兵モーフはこっそり溜め息を吐いたが、アーテル軍には、その気休めすらないコトに気付いた。
……やっぱ、魔法使いってだけで有利なんだよな。
少年兵モーフたちも合わせて、このままの編成で基地を襲撃するなら、実動部隊は十八人。その内、力なき民は十一人だ。少し癪に障るが、魔法使いの防禦をもっと上げて攻撃に専念できるようにした方が、力なき民の生存率も上がりそうだ。
「職人さんたちが作ってる防具って、いつ頃できるんだ?」
「さぁ? でも、俺ら魔法戦士は元から持ってるから、そんなに要らないし」
オリョールの答えに少年兵モーフは曖昧に頷いて、最初の質問を繰り返した。
「潰しに行く基地って、どんなトコなんだ?」
「アーテルの首都ルフスの西、ラングースト半島の北西の端っこ。ストラージャ湾に面したアクイロー基地だ。空軍の最前線」
オリョールの説明をうんうん頷いて聞いたものの、少年兵モーフはアーテル共和国に土地勘がなく、たくさん出て来た地名をひとつも覚えられなかった。
「ん? 空軍基地ってコトは、兵士を倒して武器とか分捕るんじゃなくって、戦闘機壊しに行くのか?」
……戦車でもなけりゃムリだぞ。それともコイツら、戦車並のスゲー魔法ぶっ放せんのか?
「流石にそこまで欲張っちゃいないよ。戦闘機や爆撃機があったって、パイロットが居なきゃ動かせないだろ?」
「それと、管制塔を破壊できれば、当分の間、出撃できなくなる。一番の目標は管制塔。その次がパイロットだ」
ジャーニトルが苦笑し、リーダー格のオリョールが明確な目標を告げた。
……なら、カンセイトーってトコに手榴弾ブチ込めば、何とかなんのか?
それなら、力なき民のゲリラが危険を冒さなくても、魔法戦士だけ管制塔に【跳躍】して、手榴弾を投げ込んですぐ離脱すれば、無傷で済みそうなものだ。
敵の航空戦力を無力化したいだけなら、その方がずっと効率がよく、安全だ。
……後であの兄ちゃんに地図見せてもらって、地形も確かめなきゃなぁ。
イグニカーンス市の地図は、上空から見た写真のように精密で、徒歩の眼線まで降りて実際の街並も見られた。あれなら基地全体の建物の配置と、実際にどんな様子か確認できる。
ぼやけた顔だが、街並の写真には通行人も写り込む。基地に居る兵士の写真があれば、大体の装備もわかる。
……あれっ? あの板がありゃ、斥候って別に要らねぇんじゃね?
少年兵モーフは、流石に彼らの前でそれを口に出すのは自制した。そんな便利な物があると知られたら、取り上げられてしまうかも知れない。何もかも、ファーキルに確認してからだ。
見張りの交代時間がきた。
続きは拠点に戻ってからソルニャーク隊長たちも交え、改めて話し合うことにして、少年兵モーフたちは腰を上げた。
☆市民病院の呪医に追い詰められた時……「0013.星の道義勇軍」「0014.悲壮な突撃令」「0017.かつての患者」~「0019.壁越しの対話」参照




