0415.非公式の視察
アミトスチグマ王国の難民キャンプは、森を切り拓いて拡張された。伐採した木で丸木小屋が建てられ、今ではちょっとした村だ。
地元からの支援もあるが、難民の中にも【巣懸ける懸巣】学派や【穿つ啄木鳥】学派の術者が居たのだろう。それに、両輪の軸党の支持母体であるネモラリス建設業協会のボランティアも来た。
ラクエウス議員は、両輪の軸党のアサコール党首に連れられ、難民キャンプのひとつを訪れた。竪琴の先生ハルパトーラの変装を解き、アサコール党首が用意した背広を着る。
既に地元議員には、アサコール党首と共に挨拶を済ませた。
キルクルス教徒の国会議員として、アミトスチグマの難民キャンプを訪問した様子を国内外に見せるのが目的だ。
関係者らと共に難民キャンプの様子と暮らしを視察する。
ラクエウス議員と両輪の軸党のアサコール党首と党員五名、ネモラリス建設業協会のボランティア三名、アミトスチグマ王国の外務省職員と国会議員三名、地元の市会議員二名、フラクシヌス教の聖職者一名、案内にはキャンプを運営するNGOの職員と難民の代表者、更に新聞記者も同行した大所帯だ。
政府から正式に派遣された視察団ではないが、インターネットのないネモラリス共和国に情報が届くのは、一日、二日遅れになる。
「我が国の同胞の為、大森林の開拓許可を賜り、誠に恐れ入ります。感謝の言葉もみつかりません」
ラクエウス議員が地元議員に謝意を表す。
アミトスチグマ王国の国会議員ジュバーメンは鷹揚に頷き、キャンプ地の奥へ視線を向けた。同王国は国土の大部分が森林に覆われる。
「この程度の開拓でしたら、環境負荷はそれ程でもないでしょう」
「平和になって、みなさんが帰還なさった後のことも、お気になさらず」
「畑にするか、幾つか残して素材採取や狩猟の基地にするか、植林して森を復元するか」
「まだ何もかも未定ですが、戦争が終わるまでは、どうにもできませんからね」
国会議員や役人の言葉にいちいち頷き、ラクエウス議員とアサコール党首は、改めて謝意を口にした。地元の議員らが言い添える。
「人道上、見殺しになんてできませんからね」
「我が国は、官民挙げて人道支援を行っておりますが、国内外のNGOや国連機関の支援もあります」
「それに、避難してこられた方々も、ただ支援を受けるだけでなく、自らの手で生活を支えていらっしゃいますから、あまりお気になさいませんよう」
難民が大挙して流入した当初は、受け容れ体制が整っておらず、アミトスチグマ王国の諸都市に相当な混乱と負担を掛けたが、市会議員たちは何事もなかったかのように語った。
王国の世論が落ち付いたのは、森林を開拓したキャンプ地の開設と、呪符作りや動画配信で、難民自ら暮らしを立てられるようになってからだ。
それとても、一時的だからこそ受け容れられたのだ。このまま居着いて移民化すれば、アミトスチグマ人も反発するだろう。
新聞記者の胸で、ネックストラップに吊るされたICレコーダが録音の赤ランプを点す。別の記者は、小型カメラで視察の様子を動画に収めた。
公開が発言の一部の切貼りになろうとも、開戦後、リストヴァー自治区選出の国会議員が国外で発言する姿を記録し、発信するだけでも、それなりの効果が見込める。
……魔哮砲の使用に異議を唱えた両輪の軸党と、無党派の儂。秘密を握る者が国外で所在を明らかにすれば、政府は何らかの動きをせねばなるまい。
最悪の場合、刺客を刺し向けられ、故郷の土を踏めなくなる恐れもあるが、ラクエウスにとって自身の生命は既に瑣末事だ。
……こうして姿を晒した儂らが暗殺されれば、事態は大きく動く。
後のことは、同志たちが何とかしてくれると信じる他ない。
魔哮砲の使用に賛成した議員たちは、軍と結託して反対派の議員を議員宿舎に軟禁した。殺さなかったのは、戦時下で選挙を実施する困難と、民心が完全に離れるのを防ぐ為だろう。大勢の議員を殺害した後、何らかの理由を公表しても、国民の全てがそれを信じるとは限らないからだ。
無断で国外へ出て、ネモラリスの国会議員として活動すれば、少なくとも、駐アミトスチグマ大使から呼び出しくらいは掛かるだろう。
……所詮、いつお迎えが来てもおかしくない老いぼれだ。この命が平和の礎となるならば、幾らでもくれてやる。
両輪の軸党の支持母体である建設業協会の会員らが、ネモラリス共和国から【跳躍】で足繁く難民キャンプに通い、森林の開拓と丸木小屋の建設を同時に進める。
建設業協会と地元ボランティアが、集会所として利用する丸木小屋に視察団を案内した。
木材は全て現地調達で、急を要する為、【穿つ啄木鳥】学派の職人が術で乾燥させて加工したと言う。【霊性の鳩】学派の【操水】の術で水分を抜いたのでは、木の繊維を傷め、板が反り返ってしまう云々と説明が続く。
同じ効果の術でも、結果が異なることにラクエウスは心底、感心した。魔術の系統が細分化された意味を今更ながら知る。
……魔法が使えるからと言って、何でもできるワケではないのだな。
戦う力も、身を守る力もなく、空襲から逃れ、難民化した人々は数万人に及ぶ。ネーニア島からネモラリス島へ逃れた国内難民、ラクリマリス王国とアミトスチグマ王国へ流出した国外難民。彼らが帰還できれば、復興の大きな力になる。
その為には最低限、停戦合意がなされなければならない。
キルクルス教国として分離独立したアーテル共和国との交渉には、リストヴァー自治区選出のラクエウス議員の存在は不可欠だ。
自治区には、水面下でキルクルス教原理主義団体「星の標」と繋がり、アーテル共和国と通じる者も居る。ネモラリス政府は、アーテルに利する可能性のある者を交渉の場へ出すことはないだろう。
ラクエウス議員にはこれまでの実績があり、自治区外にも宗教の垣根を越えた支援団体がある。ラクエウスを失えば、和平交渉のパイプをひとつ失う。いや、和平の意志がないと看做される恐れもあった。
……さて、どう出るかな?
湖南経済新聞のインタビューに答えながら、ラクエウス議員は、ネモラリスの魔哮砲の使用に賛成した与党議員らの顔を思い浮かべた。
☆竪琴の先生ハルパトーラの変装……「0295.潜伏する議員」「0306.止まらぬ情報」「0330.合同の演奏会」「0400.党首らの消息」参照
☆軍と結託して反対派の議員を議員宿舎に軟禁……「0241.未明の議場で」「0247.紛糾する議論」「0248.継続か廃止か」→軟禁「0253.中庭の独奏会」参照
☆自治区には(中略)アーテル共和国と通じる者……「0161.議員と外交官」「0162.アーテルの子」「0214.老いた姉と弟」「0276.区画整理事業」参照




