0413.飛び道具の案
店からはみ出す商品や看板でごちゃごちゃした地下街の通路を抜け、魔法の道具屋「郭公の巣」に入る。
メドヴェージが作った蔓草細工の帽子を二十個納品し、【護りのリボン】を二本受け取った。
「腕のいい職人さんねぇ。こんなキレイに編んで」
「本職の人じゃないんですけどね」
「そうなの? 割と評判良くて、売れ行きいいのよ」
「お伝えします」
ファーキルは、郭公の巣の店主クロエーニィエにも大分慣れた。レースやフリルたっぷりの少女趣味なエプロンドレスを着たごついおっさんだが、悪人ではない。
呪医セプテントリオーの知人に似るらしいが、二人とも何も言わなかった。どんな知り合いか気になるが、何となく聞き難い雰囲気だ。
「この後また、呪符屋さんに戻るの?」
「いいえ。呪符は使い捨てなんで、魔物退治用の使い減りしない武器が欲しいんですけど」
「あらぁ、頑張るのねぇ。誰か、戦い方知ってる人にアテがあるの?」
クロエーニィエが感心半分、心配半分でカウンターから身を乗り出す。
ソルニャーク隊長たち星の道義勇軍の三人は、銃の扱いには精通するが、キルクルス教徒だ。ナイフでの戦闘も心得があるかもしれないが、魔法の武器は使うどころか、絶対に触りもしないだろう。
ファーキルを含め、他のみんなは戦闘訓練を受けたことがなかった。
呪医セプテントリオーに付き合ってもらって、【不可視の盾】の使用訓練も重ねるが、まだ身を守ることさえ覚束ない。武器を執って魔獣を相手にするなど、命が幾つあっても足りる気がしなかった。
ファーキルは首を横に振るしかなかった。
「そう……ヒントくらいなら、出してあげられるわよ」
「ヒント……ですか?」
クロエーニィエ店長が気の毒そうに言い、ファーキルの肩越しにチラリと呪医を見る。湖の民の呪医は何も言わなかった。
「力なき民が、全く何の訓練もなしに剣で戦うなんて無理なことくらい、坊やにはちゃんとわかってるわよね?」
「はい……魔法の防具が使えないから、魔獣に近付くだけでも危ないです」
郭公の巣の店主クロエーニィエにやさしい声で聞かれ、ファーキルは悔しさと歯痒さを噛みしめた。無意識に【護りのリボン】を握る手に力が入る。
レースに飾られた店主の厚い胸板で、【編む葦切】学派の徽章が月光に似た光を受けて輝いた。この店の明かりも、店主が点した【灯】の術だ。
……魔力がないから……“力なき民”……そうなんだよな。
戦う力も、身を守る力もない。
「じゃあ、近付かないで、遠くから攻撃すればいいのよ」
「遠くから……? あッ……!」
店主の野太い声にファーキルの顔が輝く。
「飛び道具……」
クロエーニィエは、我が意を得たりとばかりに口角を上げた。
アーテル本土でも、警察や自警団は魔獣に対抗する為、銀の弾丸で武装する。
アーテル共和国は、キルクルス教を国教とする科学文明国だが、近代兵器でも、この世の肉体を備えた魔獣が相手なら、それなりに何とかなった。
ファーキルは一瞬喜んだが、すぐに肩を落とした。
「銃の本体がありませんし、銀の弾丸もやっぱり消耗品だし、相当訓練しなきゃ当てられませんよ」
できない理由なら、幾らでも思い浮かぶ。
ソルニャーク隊長たちなら、動く標的にも当てられるかもしれないが、銃がなければどうにもならない。弾丸も、銀製なら高価だ。
実体を持たない魔物は、この世の生物を喰らえばこの世での存在濃度が上がり、やがて肉体を得て魔獣化する。アーテル本土の人々は、魔物や魔獣の襲撃を他の事故や病気と同じ感覚で受け止めた。
運び屋に動画の広告収入で支払いを済ませ、人だけなら移動の目途が立った。だが、移動販売店のトラックを置いて行くワケにはゆかない。
大容量の【無尽袋】は、ラクリマリス王国の湖上封鎖で高騰した。
それさえなければ、いつでもアーテル共和国領ランテルナ島を出て、ラクリマリス王国領へ【跳躍】してもらえるが、トラックがなければその後の生活が難しい。ファーキルたちにとって頭の痛い問題だった。
クロエーニィエ店長は、首を横に振って微笑んだ。
「坊や、銃じゃないのよ」
「えっ? じゃあ、何ですか?」
店主クロエーニィエの視線が、ファーキルの後ろに向けられる。振り向くと、呪医セプテントリオーが小さく息を漏らした。
「……ですが、弓矢は射程が短く、銃よりも接近しなければ、魔獣の防禦を越えられません。【祓魔の矢】も、魔力を籠めなければ単なる矢です」
「そりゃまぁ、弓矢だって何だって訓練は要るけど、【魔滅符】を握って素手で殴りに行くより、ずーっとマシじゃない」
クロエーニィエが、湖の民の元軍医の指摘に頬を膨らませる。
ファーキルは、呪医の口から出た初めて聞く言葉に食い付いた。
「呪医、それって何ですか?」
「それは……」
自らの失言に気付いた呪医が、言い掛けた唇を引き結んだ。ファーキルは、気付かぬフリで食い下がる。
「えっと……【祓魔の矢】って、もしかして、魔法の矢ですか? 魔力を籠めたら魔獣とかを倒せるんですよね?」
移動販売店プラエテルミッサには、魔法使いが二人居る。薬師アウェッラーナと工員クルィーロには弓矢を扱えなくても、魔獣狩りに同行して矢に魔力を籠めるくらいはしてくれるだろう。
適材適所で役割分担。
ファーキルは、みんなで頑張れば何とかなりそうな気がしてきた。口を噤んだ呪医と、カウンターに頬杖をつく店主を交互に見て、答えを催促する。
店主クロエーニィエは、魔法の道具を造り出す【編む葦切】学派の徽章の鎖に指を絡ませ、ファーキルと呪医を興味深げに見守る。呪医セプテントリオーは、固く目を閉じ、眉間に皺を寄せた。
☆【不可視の盾】の使用訓練……「0354.盾の実践訓練」参照
☆呪医セプテントリオーの知人に似る……「0386.テロに慣れる」参照




