0042.今後の作戦に
星の道義勇兵は今日一日、ロークの家で英気を養い、明日の日の出とともに、ゼルノー市の中枢を掌握する戦いに出る。
幹線道路が防火帯となり、湖岸三区の西側は延焼を免れた。
市の中枢は、天然のニェフリート河とニェフリート運河の交点付近……農村地帯のゾーラタ区と、湖から続く坂に挟まれたセリェブロー区とミエーチ区、三地区の接する北部一帯だ。
湖岸三区の西部とセリェブロー区の北西部は、ゼルノー市内でも富裕層が多く住む。その多くは、半世紀の内乱以前からの財産を守った者たちだ。
彼らは、財産を守る為なら、どんな手段でも使った。
表向き改宗し、裏ではキルクルス教の信者団体を組織し、三十年経った今でも信仰を守る。共通の秘密と信仰を持つが故に、隠れ信徒の結束は固い。
中には半世紀の内乱中、焼け跡から【魔道士の涙】を拾い集め、各陣営に売りつけることで財を成した者も居た。
彼らにとって、魔法使いは魔物同然に忌むべき存在であり、また、カネになる資源でもあった。
半世紀の内乱以前から、魔道士狩りは、非人道的な行いとして禁止されている。
数百年前に多くの国を巻き込んだ世界大戦の終結後、【魔道士の涙】の取引は国際条約によって明確に禁じられ、当時のラキュス・ラクリマリス王国も批准した。
だが、その後、勃発した半世紀の内乱の最中に守る者は皆無であった。
……今頃は、回収部隊が自治区を出発して、いや。もう、焼け跡を漁ってんだろうな。
ロークはベッドの中で作戦を反芻した。
湖岸三区の西部とセリェブロー区と、ミエーチ区には、隠れキルクルス教徒が多い。
湖岸三区の家々は、早々に市外の親戚宅や別荘へ避難し、夜間の避難所として、自宅を義勇兵に解放した。義勇兵への目印として、切れ目を入れたフラクシヌス教の手旗を玄関のドアノブに吊るす。
一カ月分の食糧の備蓄と、爆弾の原料を用意する決まりになっていた。
爆弾の原料と言っても、薬局やスーパーで手に入る物ばかりだ。怪しまれず入手できる物を少しずつ集め、大量に蓄えてある。
一部の幹部宅には、密輸した武器の部品と弾薬も保管してあった。
自家用車はガソリンを満タンにして、車庫に置いて行く。
予備のガソリンも、携行缶で車庫や車のトランクに用意した。車の鍵は、食卓の上など、わかりやすい所に置く。
こうしておけば「避難中に家を乗っ取られた」と言い訳が立つ。
保身を図りつつ、自治区のキルクルス教徒のテロに加担する。蝙蝠のような作戦だった。
立案したのはロークの祖父で、実行に大きく関与したのは、ロークの父だ。
母も、地区の女性信者たちに家の準備についてあれこれ細かく指示を出した。
ディアファネス家の大人たちは、ゼルノー市内の隠れキルクルス教徒を指導する立場にある。
ローク自身は、何もしていない。
仲のいい友達に避難を促すことも、学校を休むように言うことも、警察に通報することもしなかった。
ただ、漫然と放置した。
テロに加担したも同然だ。
今から何かしても、取り返しがつかない。
……もう、おしまいだ。
罪悪感と自己嫌悪で、もう出し尽くしたのか、涙は止まっていた。
この家は、義勇軍の作戦拠点のひとつなので、ネモラリス政府軍に踏み込まれない限り、安全だ。
ロークの家があるセリェブロー区北西部は、星の道義勇軍の攻撃対象から外された。
自治区民の目的は、豊かで暮らし易い土地を手に入れることだ。街の闇雲な破壊ではない。明日からは銃撃戦が主体で、建物の破壊は基本的に行わない。
その代り、もっと恐ろしい作戦が立てられた。
……みんな、早く逃げてくれ……早く……
魔力も何も持たないロークは、文字通りの意味で「力なき民」だった。今のロークには祈ることしかできない。
だが、どの神に祈ればいいのか、わからなかった。




