0409.窓のない部屋
魔装兵ルベルが、魔哮砲の痕跡発見を報告すると、ネモラリス軍の司令本部は騒然となった。
軍幹部が大至急、密議の間に招集される。相棒のムラークは別室で休息が与えられ、ルベルだけが、外部からの魔法の目と耳を遮断する部屋に通された。
窓のない部屋で、魔装兵ルベルは【索敵】の術で目にした状況をありのままに語る。将官や佐官、参謀らが、兵学校を卒業してほんの数年にしかならないルベルの報告にじっくり耳を傾け、質問を重ねた。
二時間余りに及ぶ報告会議で出た結論は、ルベルの手応えと同じ「魔哮砲はラクリマリス王国領に居る」と言う簡潔な推論に落ち着いた。
「先方に気付かれぬ内に回収せねばならんが……本当に魔哮砲の本体は、発見できなかったのだな?」
陸軍大佐が、もう何度目かわからない確認を口にする。ルベルは同じ答えを繰り返し、質問を付け加えた。
「捜索の手掛かりが足りません。魔哮砲の移動速度と、放出する魔力の性質などを教えて下さい」
密議の間を埋める軍幹部らが、一様に渋面を作った。重い沈黙の中、魔装兵ルベルは直立不動の姿勢を崩さず待つ。軍服姿の幹部の中で、民間の魔獣駆除業者に偽装した魔法の鎧を纏うルベルは、酷く場違いだ。
魔装兵ルベルは、ネモラリス島沖の旗艦から超遠距離の【索敵】で、ネーニア島西沖に展開した防空艦上の魔哮砲を見た。
操手の命令で戦闘機を迎撃した時の様子を思い起こす。
傘を裏返したような形になった魔哮砲は、その中心に魔力を収斂し、一条の光に換えて放射した。その光は周囲の魔力に引っ張られるのか、空中で円錐形に拡大。散開したアーテル軍機の編隊を丸ごと飲み込み、爆発させた。
放出された魔力の軌跡は独楽のような形だ。
マスリーナ市の巨大な魔獣を倒した時は、距離が近かったからか、魔力は独楽型に広がらず、独楽の軸にあたる細い光で、魔装兵らが魔獣に穿った一点の傷を貫いた。
「わかった。教えよう」
「但し、他言は無用だ」
将官らに目顔で指示され、参謀の一人が席を立ってルベルの逞しい肩に手を置いた。もう一方の手をルベルの手と繋ぎ、【渡る白鳥】学派の【制約】を掛ける。
……どうせ、こうやって言えなくするんなら、最初から全部教えてくれりゃいいのにな。
捜索を命じられた他の哨戒兵が、どんな情報をどれだけ与えられたかも知らされない。
あまり知り過ぎれば、魔哮砲の回収後、始末される懸念もあった。この術でルベルの自発的な情報漏洩を禁じても、ルベルの身柄が生死を問わず、ラクリマリス王国や国連機関の手に渡れば、過去の出来事を映し出す魔法の鏡【鵠しき燭台】で、全てが白日の下に晒される。
……あんまり知り過ぎるのはヤバいけど、知らなきゃみつからない気がするし。
他国の手に渡る事態だけは、何としてでも避けねばならない。
……命なんて、軍人になった時に捨てたようなもんじゃないか。何を今更。
参謀の【制約】が完成し、首に枷を付けられたような感覚に襲われた。勿論、目に見える物ではない。
湖の民の水軍将補が重い口を開き、魔哮砲の能力について説明を始めた。
水軍将補の詳細な説明が終わる頃、密議の間の扉が激しく叩かれた。
中から声を掛けても訪問者には届かない。末席の陸軍大佐が合言葉で【鍵】を解き、扉を細く開けて出た。
室内の誰もが口を固く閉ざし、廊下の遣り取りに耳を澄ます。
「ラクリマリス駐在セルプ大使閣下から至急、将軍にお届けするよう仰せつかりました!」
「ご苦労。必ずお渡しする。下がれ」
「はッ!」
陸軍大佐は伝令兵が去るのを待って室内に戻り、【鍵】の術を掛け直した。
厳重に封緘された大判封筒が、アル・ジャディ将軍の手に渡る。開披した将軍の眼が、大きく見開かれた。素早く視線を巡らせ、書面の内容をざっと把握する。眉間の皺が深くなり、額に脂汗が浮かぶ。将軍の眼が、同じ箇所を二度、三度と往復した。
密議の間に居合わせた者たちは、息を詰めて将軍の言葉を待つ。
将軍は緑の目を固く閉じ、大きく息を吐いて手招きした。
「哨戒兵……ルベル……と言ったか」
「はッ!」
ルベルは敬礼し、湖の民の将軍に近付いた。上座に数歩残して立ち止まる。将軍はさらに手招きした。再び敬礼し、将軍の傍らに立つ。
「あッ……!」
「お前が見たと言う“道”の一方の端は、ここで間違いないか?」
将軍に問われたが、言葉が出ない。重ねて同じことを問われ、辛うじて頷く。
「……この……写真は?」
顎が強張り、声がかすれる。将軍はルベルに目を向け、質問を返した。
「お前は、インターネットと言うものを知っているか?」
「聞いたことはあります。科学文明国で、主流になりつつある最新の通信技術ですね?」
「そうだ。文字、音声、写真、映像などが、瞬時に世界中へ伝達できる」
「まさか、この写真……」
「何者かが撮影し、インターネット上に公開したものだとある」
将軍が、写真を隣席の水軍将補に回した。震える手が、それを高く掲げる。注目した他の幹部らが息を呑んだ。ツマーンの森を貫く道路で、火の雄牛と対峙する魔哮砲の姿が、はっきり捉えられた一枚だ。
将軍は別紙を手に取り、写真と共に公開された文章を読み上げた。
書き手はネモラリス人の戦争難民だ。トラックで移動中、遭遇した火の雄牛に追われ、モースト市へ逃げ込んでラクリマリス軍に助けを求めた云々とある。
軍幹部らの顔から一瞬にして血の気が引いた。
将軍は声の震えを抑え、続きを読み上げる。
それによると、トラックを追ったのは、火の雄牛だけらしい。ラクリマリス軍の北ヴィエートフィ大橋守備隊は、巨大な火の雄牛に苦戦を強いられ、トラックを橋上に逃がした、とある。
血の臭いを嗅ぎつけた別種の魔獣の群も加わり、守備隊は壊滅。応援部隊が魔獣を殲滅したが、橋の設備が壊れ、トラックは戻れなくなった。
「その後、魔哮砲はどうなったんですか?」
「わからん。このトラックは現在も、アーテル領ランテルナ島に留まるようだ」
公開の日付は二カ月近くも前だ。街にも近い。
ネモラリス軍幹部らは、ルベルの存在を忘れたかのように議論を始めた。
☆書き手はネモラリス人の戦争難民……「0303.ネットの圏外」→「0322.老婦人の帰還」参照
☆守備隊は壊滅……「0302.無人の橋頭堡」参照




