0407.森の歩行訓練
レサルーブの森に入ってからは、以前決めた部隊毎に分かれて行動した。ロークは、ソルニャーク隊長の部隊だ。
時々休憩を挟んで塩を舐め、水を一口含んでゆっくり舌や頬の内側になじませてから飲み下す。
高校生のロークも、フル装備での歩行訓練にかなり慣れてきた。ここ数日は、午前中から北ザカート市の廃墟を出て、東に広がるレサルーブの森で素材を集め、昼食も現地調達だ。
日が傾きかける頃に廃墟の拠点へ戻り、銃の手入れをして一日の訓練が終わる。
ソルニャーク隊長は、みんなに銃の撃ち方を説明したが、弾薬を節約する為、まだ実際の射撃訓練はなかった。弾を抜いた状態で、安全装置の外し方を何度も練習しただけだ。
……射撃訓練以前のコトが、色々ダメなんだろうな。
ロークは、すっかり日焼けした自分の腕を見た。
開戦前はひょろかったのが、日々の荷物運びや瓦礫の撤去、草毟りや畑仕事、素材集めで少しずつ鍛えられた。
今は、本格的な戦闘訓練を受けて更に逞しくなった。
親に言われるまま商業高校に進学し、なんとなく日々を過ごした頃からは、全く想像もつかない変化だ。
一月の終わりまでは、帳簿の付け方を身に着けて、大学の経済学部か経営学部に進学して、卒業後は商社か貿易会社にでも就職するのだろう、とぼんやり思っていた。祖父は、ロークをバンクシア共和国の精光ルテウス大学の神学部へ留学させたがったが、現実的に考えて不可能だ。
冬から春が過ぎ、今はまだ夏。あれから一年も経たない。
……でも、俺、ホントに戦えるのかな?
「何の薬か知らないけど、これも薬師さんが採ってたぞ」
湖の民の魔法戦士ジャーニトルが、木立の間を歩きながら「葉っぱと根っこが薬になるって言ってた」と教えてくれた。
開戦前は、髭面のおっさんパーリトル組んで、この森で素材を採る薬師の用心棒をした。正式な薬草学の知識はないが、薬師が採るのを見て少し覚えたと言う。実際、薬師アウェッラーナは、ジャーニトルたちの選んだ薬草を持ち帰ると喜んだ。
群生する薬草が小さな花をいっぱいに咲かせ、木の根元に紫の花束が置かれたように見え、ロークは何となく事故現場を連想した。薬草を根ごと引き抜き、軽く土を払って布袋に入れる。
いきなり、次の薬草に伸ばした手を掴まれた。
何事か認識する間もなく、後ろへ引きずり倒される。起き上ろうとしたところへ銃声が轟き、ロークは思わず縮こまった。
連続する軽い銃声。
自動小銃の発砲音だと理解する頃には、それも止み、ロークは駆け寄った力なき民のゲリラに助け起こされた。
「おいおい、隊長さんよぉ、いきなり何だってんだ?」
力なき民のゲリラが、突然発砲したソルニャーク隊長に問いを投げた。薬草の群落が撃ち抜かれ、辺りに硝煙と青臭い草の匂い、むっとする血臭が漂う。撃たれた群落で、何かが蠢いた。
駆け寄ったジャーニトルが、力ある言葉が刻印された自前のナイフを抜く。
「魔獣だ。毒がある」
緑髪の魔法戦士が発した短い警告で、集まったゲリラたちが一斉に退いた。ソルニャーク隊長だけが木の根元に銃口を向け、ジャーニトルの支援に残る。
ロークは全身が強張り、逃げることすらできなかった。
魔法戦士ジャーニトルが呪文を唱え、薬草の群落にナイフを突き立てる。自動小銃で撃たれても激しく動き続けたモノは、その一撃で動かなくなった。
トドメを刺したジャーニトルが、それを掴んで引きずり出す。
紫地に黄色い斑模様の入った毒々しい蜥蜴だ。撃ち抜かれた穴という穴から血が流れる。肥大化した指には、薬草の間に落ちた頭部と同じ大きさの鉤爪がある。首を切り落とされた胴だけでも、一リットルの牛乳パックくらいの大きさで、ジャーニトルが掴んだ血塗れの尾は、その三倍くらい長い。
ロークは魔獣どころか、普通の蜥蜴でもこんな大物を見るのは初めてだ。
「補色蜥蜴だな。派手な色してるけど、今の時期、この花に似てるから、気ィ付けろよ」
湖の民の魔法戦士ジャーニトルの声はやさしかったが、ロークは恐怖に硬直し、返事どころか、頷くこともできない。
銃声を聞きつけ、オリョールの隊も集まってきた。
「隊長、今の何ッスか?」
「魔獣だ。毒があるらしい」
ソルニャーク隊長が指差す先を見て、少年兵モーフが息を呑んだ。
隊長が嘆息する。
「この大きさでは、多少、鉛弾を喰らわせたくらいでは仕留められんのだな」
「銀の弾丸なら、もう少しイケますけどね」
言外に「敵は魔獣ではない」と含みを持たせ、オリョールがみんなを見回した。
魔法戦士パーリトルが、髭を撫でながらロークに目を向ける。
「兄ちゃん、大丈夫か?」
ロークはやさしい問い掛けにも全く反応できない。
パーリトルは苦笑して、布袋から摘みたての香草を一本取り出した。葉を指で揉み潰し、ロークの鼻の下に汁を塗り付ける。鮮烈な香りが鼻から脳天に抜け、一気に目が醒めたように意識と感覚が繋がりを取り戻した。
全身が震える。
ロークは、やっと自分の状態を自覚した。きっと、顔色が真っ青だから、みんなが心配するのだろう。情けなさに滲む涙を歯を食いしばって堪える。
湖の民ジャーニトルが術で魔獣を血抜きし、ソルニャーク隊長とオリョールにどうするか聞いた。すぐ相談がまとまり、オリョールがみんなに宣言する。
「ここからなら、レサルーブ古道が近い。道に出てコイツを黒焼きにして、採取の続きをしよう」
二隊が合流し、木々の間を行軍する。
ソルニャーク隊長と、土地勘のある髭の魔法戦士パーリトルが先頭を歩き、ロークは少年兵モーフに手を繋がれ、みんなについて行った。
☆以前決めた部隊……「0390.部隊の再編成」参照




