表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第十七章 歩み

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

410/3505

0403.いつ明かすか

 現在は、職人の指導の許、難民が呪符作りに(たずさ)わる。

 魔力を籠めるのは作成者とは別人でもよく、力なき民でも、中高生以上の器用で根気強い者なら呪符を書ける。時間を掛ければ小学生でも可能だ。

 役割分担し、誰もが何か手伝える「仕事」ができた。

 ただ無為に不安な日々を過ごす人々は、仕事を得ると同時に心の支えをも手に入れたのだ。


 「完成した呪符は、難民キャンプでも使いますが、ネモラリス本国や周辺諸国の【編む葦切(ヨシキリ)】学派の職人さんに安く買取ってもらっています」

 「魔術のことはよく知らんのだが、そんなことをして値崩れせんのかね?」

 「(ほとん)どの難民は素人ですから、【灯】や【炉】、【魔除け】など簡単なものばかりです。大半の呪符は、きちんと術を学んだ者でなければ作れません」


 力ある民のアサコール党首が、キルクルス教徒のラクエウス議員にもわかるように説明する。

 「呪符は、工業的な大量生産ができないんですよ。職人さんは日々の暮らしでよく使う呪符を作るので忙しいんです」

 「ふむ。それはわかった。だが……何故、一般に流通させんのだね」

 「それこそ、値崩れを起こすからですよ。それに、【編む葦切】は呪符も作りますが、魔法の道具を作るのが本業ですから」

 「ふむ。それで?」


 魔術の素養のないラクエウスにも、だんだん話が見えてきた。先を促すと、アサコール党首は、水を一口飲んで話を続けた。

 「ラクリマリスの湖上封鎖で水運が(とどこお)り、【無尽袋(むじんぶくろ)】の需要が高まりました。これは素人には作れませんが、呪符作りの負担を少しでも減らして、プロの労力を袋に振り分けたいのです」

 「成程(なるほど)な」


 ……そう簡単にはゆくまいが、確かに、何もせんよりマシだろうな。


 「術の特性上、生きた家畜や青物は【無尽袋】に入れられません。ですが、少しでも、物価の上昇を抑えられれば、成功と言って差し支えないでしょう」

 「難民支援と職人の過労防止、物価高騰の抑制……それらを合わせて国内外の不満解消か」

 「仕事が上手く回って、効果が一斉に現れてくれればいいんですけどね」

 党首自身、流石にそこまでの夢は見ないらしい。口許に皮肉な笑みを浮かべ、軽く流した。


 ローテーブルに広げた草稿を示して言う。

 「今は、魔哮砲が何であるか、真実を伝える言葉を練っています」

 「それはいつ発表するんだね」

 ラクエウス議員が勢い込んで聞く。


 「幾つかの場合を想定しています。ひとつは、ネモラリス軍が魔哮砲を回収し、再び利用した時。これは、おわかりいただけますね?」

 「これ以上、使わせない為……だな?」

 アサコール党首は力強く頷いた。


 「次は、ラクリマリスやアーテルなど、他国に発見、捕獲された時。言い訳になりますが、与党を中心とした一部の議員と軍部の暴走によるもので、ネモラリス国民の総意ではないことを強調します」

 「ネモラリス軍の利用でも、そうだな」

 「はい。我が国への国際的な批難は免れませんが、少しでも、一般国民や国外難民……それに、ネモラリスに親戚の居るラクリマリス人や、アーテル人を守る為でもあります」



 魔哮砲は、七百年程前に造られた魔法生物を兵器に転用したものだ。



 遙か(いにしえ)、アルトン・ガザ大陸で兵器として開発された魔法生物……三界(さんかい)の魔物が暴走。爆発的に増殖し、多くの国々を滅ぼした。

 世界に散らばった三界の魔物は、人々の英知と戦力を結集し、数千年掛かりで駆除された。その戦いは、地形が大きく変わる程、激しかったと伝わる。


 三界の魔物の最後の一体は、あまりに強大で倒せなかった為、二千数百年前にラキュス湖北地方に封印された。


 その封印の年が、今に続く「印暦」の元年だ。

 ラクエウスが信仰するキルクルス教はその頃、三界の魔物との戦いで魔力がほぼ枯渇したアルトン・ガザ大陸で成立した。

 力なき聖者キルクルスが、二度と三界の魔物の惨禍を招かぬよう、智で「魔術なき世界」を導く。科学文明を奨励し、魔術を「旧時代の()しき(わざ)」と看做(みな)す。


 魔法文明を奉じる国々でも、三界の魔物による惨禍の再来を防ぐ為、製法を記した【深淵(しんえん)雲雀(ヒバリ)】学派の魔道書は焚書され、その術を修める者は年を追うごとに減少した。

 封印後もしばらくは、厳しい規制の下で魔法生物の製造が続く。だが、五百年程前に【深淵の雲雀】学派の術者が絶えてからは、製造も全面禁止だ。


 未使用で封印された魔法生物が、稀に遺跡などから発見されるが、世界中で兵器利用が禁じられる。

 湖北地方に封印された三界の魔物は、ムルティフローラ王国が少しずつ縮小させるが、二千年以上経つ現在も、瘴気(しょうき)を吐き出し続けると言う。



 世界中……特に封印の地に近いラキュス湖地方では、三界の魔物の再来を思わせる「兵器化した魔法生物」の存在自体、受け容れられるものではなかった。



 「なかなか、理解を得るのは簡単ではなかろうがな」

 ラクエウス議員が眉を下げて嘆息すると、アサコール党首は淋しげに同意した。


 「それでも、一言も弁明しなければ、アーテルに殲滅戦(せんめつせん)の口実を与えてしまいます」

 「まぁな。いずれ、歴史が証明してくれることを祈る他あるまい」

 「そうですね。それで、メッセージ公開条件の残るひとつは」

 アサコール党首は水で口を湿し、キルクルス教徒の無所属議員ラクエウスを見詰めた。

☆魔哮砲は、七百年程前に造られた魔法生物を兵器に転用……「0241.未明の議場で」「0247.紛糾する議論」「0248.継続か廃止か」参照

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ