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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第二章 印歴二一九一年二月二日

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0041.安否不明の兄

 「夕方までに軍や警察から、もう少し情報もらって動いた方がよさそうだな」

 アマナと、ピナティフィダとエランティス姉妹が、クルィーロの(そば)に集まる。

 「ウチとこの子たちの家族は、この公園で待ち合わせてるから、もうちょっと待つよ」

 「あなたたちのご家族ってどんな人? 私、昨日の午後から市民病院に居たんだけど……」

 癒し手の言葉に、クルィーロは期待半分、悪い予感半分で答えた。


 「俺とこいつの親は、昨日は出張と仕事で他所(よそ)に居て、多分、無事なんです。この子たちの家族は、スカラー区のパン屋の椿屋さん」

 「椿……その人、調理服の胸に赤い椿の刺繍が入ってる?」

 「はい! それ、多分、おじさ……店長です! 会ったんですか?」

 「私は直接、会ってないの。昨日、他の人からパンが回ってきて、その後、また別の人が、椿のパン屋さんがどうとか話してて、その時に、服の刺繍のことが聞こえただけ」

 「お、おい、よかったな。父ちゃん、生きてるってよ!」

 クルィーロが声を弾ませる。

 パン屋の姉妹は、他の子に遠慮してか、複雑な表情で顔を見合わせた。

 母と兄のレノがどこでどうしているかも、まだわからない。手放しで喜べる状況でもなかった。


 「レノは足速いんだ。きっと逃げて助かってるって。おばさんや、近所の人たちも……」

 「じゃあ、どうして居ないの?」

 レノの妹エランティスが、涙を(こら)えて震える声で聞く。

 クルィーロは答えに窮した。

 「遠回り……してるからじゃない? クルィーロさんは魔法が使えるから、学校まで真っ直ぐ来られたけど、お兄ちゃんは屋根を飛び越せないし、あっちこっちで渋滞してたじゃない。通れる道を探して……」

 姉のピナティフィダが、考えながら妹のエランティスに言う。声は小さく、(かす)かに震えていた。

 「えーっと……湖の岸沿いに運河まで走って、でも、ジェリェーゾ区に行く道が塞がってたら……うーん……セリェブロー区とかで朝まで待って、それから、えっと……」

 後が続かず、目にいっぱい涙を溜めて唇を噛む。それ以上、何か言えば(こぼ)れてしまいそうだ。


 「あー、俺、警察にハナシ聞きに行くから、お前、軍の人に聞いてくれ」

 男子生徒が級友に言って駆け出した。いきなり役割を振られた少年も、頷いて軍のトラックへ向かう。

 「もう一回、お水汲みに行こう。次、いつ汲めるかわんないし」

 女子生徒の一人が言うと、残りもそれに従い、警察の駐車場へ戻った。


 後には、湖の民の薬師(くすし)と、クルィーロ兄妹、レノの妹たちの五人が残った。

 「情報……ラジオとか、ないのか?」

 「市民病院と警察も攻撃を受けたし、この辺の人たちも避難したし……」

 クルィーロの独り言に、薬師が答える。

 「ここは正式な避難所じゃないから、何もないみたいね」

 「避難してきた車のカーラジオ……あ、駄目か。車があるんなら、もっと遠くに逃げるよな」

 クルィーロは自問自答した。



 勤務先の工場は、家電製品など機械の専門誌を数種類、定期購読している。

 クルィーロは昼休みにその雑誌を読み、科学文明国には、魔力がなくても使える便利な道具が、沢山あることを知った。

 携帯電話があれば、地域の安全情報も、避難所の位置も、配給の場所も、家族の安否も、ほぼリアルタイムで把握できる。


 ネモラリス共和国は、魔法文明寄りの両輪の国だ。

 広域情報は新聞やラジオ、役所の広報、或いは、自分の足で探さなければならない。新聞や広報は、情報が半日から一日遅れ、ラジオは聞き(のが)せばそれまでだ。



 ……身内の安否と食い物、寝るとこ、安全な場所、これから仕事とかどうすんのか、テロリストの目的が何で、何人居て、何人捕まって、まだ何人ウロついてんのか……情報……情報がなきゃ、どうしようもないな。


 クルィーロはもどかしい思いで鉄鋼公園を見回した。

 グラウンドの隅では、疲れ切った避難民が段ボールや毛布、新聞紙に(くる)まって休む。人数が少ないのは、家の様子を見に行ったのか、食糧を探しに行ったのか、それとも、もっと安全な場所を求めて移動したのか。


 ここでは雨風も雑妖も防げない。

 家族と合流できてもできなくても、日暮れまでに安全な場所を確保しなければならない。


 クルィーロは、この辺りより西や北には土地勘がない。湖岸の三区ならよく知っているが、他の地区には行ったこともなかった。

 レノの一家もそうだろう。

 クルィーロの両親は、仕事で国内各地に行くことがある。両親なら、どこに行けばいいかわかるかもしれないが、連絡手段がなかった。



 兵士に話を聞きに行った少年が、駆け戻った。

 「兵隊さん、何て?」

 「軍のトラックでセリェブロー区の避難所に送ってくれるって。それと今は、セリェブロー区とミエーチ区、ゾーラタ区の体育館とか公民館とかが避難所になってて、そこで配給も受けられるんだって」

 「じゃあ、父さんたちもそっちに居るの?」

 「そこまでは知らねぇけど……ここに残るって人たちは、夜に(そな)えて(たきぎ)とか採りに行ってるんだとよ」

 「薪?」

 クルィーロとピナティフィダの質問に答え、少年は幹線道路を見た。


 「夏に雨が少なかったから、植込みの低い木がいっぱい枯れただろ。それ、抜きに行ったんだってよ」

 暖を取り、雑妖から身を守る為、火は絶対に必要だ。

 歩道に沿って(たきぎ)を採り、グラウンドの隅に集めていると言う。

 少年が指差す方を見ると、北西の隅に枯れ枝の山があった。


 「魔法使いの人には、【魔除け】に専念してもらうんだって」

 「そっか……じゃあ、ここでも雨や雪が降らなきゃ、何とかなるんだな?」

 「お兄さん一人でも、何とかなるんじゃないんですか?」

 女子生徒がクルィーロを見上げて言った。

 「昨日は、車庫丸ごとで、私たちみんなを守ってくれましたし……」


 「あぁ、あれな。車庫全体に元から【魔除け】が掛かってて、俺はそれを起動しただけなんだ。ここだと【簡易結界】をイチから掛けなきゃいけないし、俺、そんな魔力ないから、ちょっとの範囲しか守れないんだ」

 申し訳なさそうに答えるクルィーロに、その女子生徒は首を横に振った。

 「あ、違うんです。あの、私たちは薬師(くすし)さんと行くんで、あの、ピナちゃんたちが大丈夫なら、それで……」

 「あ、あぁ、そう言うことか。それなら、ギリギリ、多分、いける、はず……」

 自信のなさにクルィーロの語尾が消える。



 警察に行った子供らも戻ってきた。

 「湖の方は、行っちゃダメだって言われた……」

 「テロリストが(ひそ)んでるし、捜査とかの邪魔になるからってさ」

 「生き残ってる人は、セリェブロー区とミエーチ区、ゾーラタ区の避難所に行ってるから、家族を捜すんなら、避難所を回れって言われたんだ」

 「東の方は立入禁止だから、大人も行ってないって」

 中学生たちは口々に、自分たちが聞いて来た情報を語った。


 薬師(くすし)が勢い込んで質問する。

 「えっ? 立入禁止? じゃあ、漁に出てた船はどうなるの?」

 「えッ? あの、そこまでは聞いてないです。ごめんなさい」

 「あ、いいのいいの。気にしないで。自分で聞きに行くから」

 そう言い終わるか終わらないかの内に、薬師は警察署へ走って行った。

☆ウチとこの子たちの家族は、この公園で待ち合わせてる……「0021.パン屋の息子」参照

☆私、昨日の午後から市民病院に居た……「0008.いつもの病室」~「0012.真名での遺言」参照

☆スカラー区のパン屋の椿屋さん……「0021.パン屋の息子」、店長「0023.蜂起初日の夜」参照

☆昨日、他の人からパンが回ってきて……「0024.断片的な情報」参照

☆兄のレノがどこでどうしている……「0022.湖の畔を走る」「0028.運河沿いの道」参照

 挿絵(By みてみん)

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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