0041.安否不明の兄
「夕方までに軍や警察から、もう少し情報もらって動いた方がよさそうだな」
アマナと、ピナティフィダとエランティス姉妹が、クルィーロの傍に集まる。
「ウチとこの子たちの家族は、この公園で待ち合わせてるから、もうちょっと待つよ」
「あなたたちのご家族ってどんな人? 私、昨日の午後から市民病院に居たんだけど……」
癒し手の言葉に、クルィーロは期待半分、悪い予感半分で答えた。
「俺とこいつの親は、昨日は出張と仕事で他所に居て、多分、無事なんです。この子たちの家族は、スカラー区のパン屋の椿屋さん」
「椿……その人、調理服の胸に赤い椿の刺繍が入ってる?」
「はい! それ、多分、おじさ……店長です! 会ったんですか?」
「私は直接、会ってないの。昨日、他の人からパンが回ってきて、その後、また別の人が、椿のパン屋さんがどうとか話してて、その時に、服の刺繍のことが聞こえただけ」
「お、おい、よかったな。父ちゃん、生きてるってよ!」
クルィーロが声を弾ませる。
パン屋の姉妹は、他の子に遠慮してか、複雑な表情で顔を見合わせた。
母と兄のレノがどこでどうしているかも、まだわからない。手放しで喜べる状況でもなかった。
「レノは足速いんだ。きっと逃げて助かってるって。おばさんや、近所の人たちも……」
「じゃあ、どうして居ないの?」
レノの妹エランティスが、涙を堪えて震える声で聞く。
クルィーロは答えに窮した。
「遠回り……してるからじゃない? クルィーロさんは魔法が使えるから、学校まで真っ直ぐ来られたけど、お兄ちゃんは屋根を飛び越せないし、あっちこっちで渋滞してたじゃない。通れる道を探して……」
姉のピナティフィダが、考えながら妹のエランティスに言う。声は小さく、微かに震えていた。
「えーっと……湖の岸沿いに運河まで走って、でも、ジェリェーゾ区に行く道が塞がってたら……うーん……セリェブロー区とかで朝まで待って、それから、えっと……」
後が続かず、目にいっぱい涙を溜めて唇を噛む。それ以上、何か言えば零れてしまいそうだ。
「あー、俺、警察にハナシ聞きに行くから、お前、軍の人に聞いてくれ」
男子生徒が級友に言って駆け出した。いきなり役割を振られた少年も、頷いて軍のトラックへ向かう。
「もう一回、お水汲みに行こう。次、いつ汲めるかわんないし」
女子生徒の一人が言うと、残りもそれに従い、警察の駐車場へ戻った。
後には、湖の民の薬師と、クルィーロ兄妹、レノの妹たちの五人が残った。
「情報……ラジオとか、ないのか?」
「市民病院と警察も攻撃を受けたし、この辺の人たちも避難したし……」
クルィーロの独り言に、薬師が答える。
「ここは正式な避難所じゃないから、何もないみたいね」
「避難してきた車のカーラジオ……あ、駄目か。車があるんなら、もっと遠くに逃げるよな」
クルィーロは自問自答した。
勤務先の工場は、家電製品など機械の専門誌を数種類、定期購読している。
クルィーロは昼休みにその雑誌を読み、科学文明国には、魔力がなくても使える便利な道具が、沢山あることを知った。
携帯電話があれば、地域の安全情報も、避難所の位置も、配給の場所も、家族の安否も、ほぼリアルタイムで把握できる。
ネモラリス共和国は、魔法文明寄りの両輪の国だ。
広域情報は新聞やラジオ、役所の広報、或いは、自分の足で探さなければならない。新聞や広報は、情報が半日から一日遅れ、ラジオは聞き逃せばそれまでだ。
……身内の安否と食い物、寝るとこ、安全な場所、これから仕事とかどうすんのか、テロリストの目的が何で、何人居て、何人捕まって、まだ何人ウロついてんのか……情報……情報がなきゃ、どうしようもないな。
クルィーロはもどかしい思いで鉄鋼公園を見回した。
グラウンドの隅では、疲れ切った避難民が段ボールや毛布、新聞紙に包まって休む。人数が少ないのは、家の様子を見に行ったのか、食糧を探しに行ったのか、それとも、もっと安全な場所を求めて移動したのか。
ここでは雨風も雑妖も防げない。
家族と合流できてもできなくても、日暮れまでに安全な場所を確保しなければならない。
クルィーロは、この辺りより西や北には土地勘がない。湖岸の三区ならよく知っているが、他の地区には行ったこともなかった。
レノの一家もそうだろう。
クルィーロの両親は、仕事で国内各地に行くことがある。両親なら、どこに行けばいいかわかるかもしれないが、連絡手段がなかった。
兵士に話を聞きに行った少年が、駆け戻った。
「兵隊さん、何て?」
「軍のトラックでセリェブロー区の避難所に送ってくれるって。それと今は、セリェブロー区とミエーチ区、ゾーラタ区の体育館とか公民館とかが避難所になってて、そこで配給も受けられるんだって」
「じゃあ、父さんたちもそっちに居るの?」
「そこまでは知らねぇけど……ここに残るって人たちは、夜に備えて薪とか採りに行ってるんだとよ」
「薪?」
クルィーロとピナティフィダの質問に答え、少年は幹線道路を見た。
「夏に雨が少なかったから、植込みの低い木がいっぱい枯れただろ。それ、抜きに行ったんだってよ」
暖を取り、雑妖から身を守る為、火は絶対に必要だ。
歩道に沿って薪を採り、グラウンドの隅に集めていると言う。
少年が指差す方を見ると、北西の隅に枯れ枝の山があった。
「魔法使いの人には、【魔除け】に専念してもらうんだって」
「そっか……じゃあ、ここでも雨や雪が降らなきゃ、何とかなるんだな?」
「お兄さん一人でも、何とかなるんじゃないんですか?」
女子生徒がクルィーロを見上げて言った。
「昨日は、車庫丸ごとで、私たちみんなを守ってくれましたし……」
「あぁ、あれな。車庫全体に元から【魔除け】が掛かってて、俺はそれを起動しただけなんだ。ここだと【簡易結界】をイチから掛けなきゃいけないし、俺、そんな魔力ないから、ちょっとの範囲しか守れないんだ」
申し訳なさそうに答えるクルィーロに、その女子生徒は首を横に振った。
「あ、違うんです。あの、私たちは薬師さんと行くんで、あの、ピナちゃんたちが大丈夫なら、それで……」
「あ、あぁ、そう言うことか。それなら、ギリギリ、多分、いける、はず……」
自信のなさにクルィーロの語尾が消える。
警察に行った子供らも戻ってきた。
「湖の方は、行っちゃダメだって言われた……」
「テロリストが潜んでるし、捜査とかの邪魔になるからってさ」
「生き残ってる人は、セリェブロー区とミエーチ区、ゾーラタ区の避難所に行ってるから、家族を捜すんなら、避難所を回れって言われたんだ」
「東の方は立入禁止だから、大人も行ってないって」
中学生たちは口々に、自分たちが聞いて来た情報を語った。
薬師が勢い込んで質問する。
「えっ? 立入禁止? じゃあ、漁に出てた船はどうなるの?」
「えッ? あの、そこまでは聞いてないです。ごめんなさい」
「あ、いいのいいの。気にしないで。自分で聞きに行くから」
そう言い終わるか終わらないかの内に、薬師は警察署へ走って行った。




