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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第十七章 歩み

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0402.情報インフラ

 アサコール党首はこの家をよく知るのか、迷わず奥へ進み、一室の扉を開けた。

 「私が借りている部屋です。どうぞ」

 客間らしい。白い部屋にはベッドと籐椅子(とういす)、ローテーブルの他に家具はなく、広い窓からはアミトスチグマ王国の夏の都がよく見えた。

 白い家々がなだらかな丘に並び、ラキュス湖まで続く。穏やかに輝く青い湖水に昼網(ひるあみ)の漁船が行き交う。ラクエウス議員は、アミトスチグマ王国の沿岸部が、ラクリマリス王国による湖上封鎖の範囲外なのを思い出した。


 籐椅子に腰を落ち着けると、アサコール党首は水差しからグラスに冷水を注ぎ、ラクエウス議員に勧めた。

 「改めまして、お久し振りです。ラクエウス先生」

 「君も……無事な姿を見られて安心したよ」

 「それ、意外と似合いますね」


 冗談口をきいたアサコール党首の笑顔は弱々しい。スマーフら落命を確認できた党員の名を幾つも上げ、岩山の神スツラーシに小声で祈りを捧げる。キルクルス教徒のラクエウス議員も、静かに瞑目した。


 彼らは、魔哮砲の使用に異議を唱え、与党多数派と軍の手で議員宿舎に軟禁された。綿密に計画を練り、雨の夜に脱出作戦を決行。国会議員と外部の協力者らが、ネモラリス正規軍を相手に術と銃で死闘を演じたのだ。

 ラクエウス議員は、若手議員のクラピーフニクの協力で(から)くも脱出できた。


 二人は互いの潜伏場所や、活動場所の具体的な地名は出さず、この数カ月、何をして過ごしたかだけ語る。

 アサコール党首率いる両輪の軸党は、支持母体のネモラリス建設業協会と連携。空襲の被害状況を先程の板……タブレット端末で撮影して記録し、インターネットで公開した。

 記録映像に湖南語と共通語で字幕と音声を付け、周辺諸国のみならず、世界中にアーテル共和国による一方的な攻撃の被害を訴え、支援を要請し続ける。



 「我が国は、科学方面の情報インフラが完全に遅れていますからね」

 魔法文明中心のラクリマリス王国でさえ、ここ十年余りで急速にインターネットの接続環境を整備した。湖南地方の他の国々も、スクートゥム王国などの一部を除き、科学の情報インフラが整いつつある。


 「この戦争が終わったら、早急に整備を進めねばなるまいな」

 「そうですね。今はせいぜい、その穴を最大限に利用しましょう」


 この三十年で、ラクリマリス王国は聖地巡礼の観光収入、アーテル共和国はアルトン・ガザ大陸のキルクルス教諸国からの経済支援で急速に復興し、新しいインフラの整備が着々と進む。


 いずれもないネモラリス共和国は、大きく(おく)れをとった。半世紀の内乱からの復興さえ道半ばだ。その上、今回の戦費と復興の予算を捻出しなければならない。


 ネーニア島とネモラリス島は湖南地方の他の国々同様、魔物や魔獣に阻まれ、有線の電話網さえ不十分だ。費用と技術的な問題、作業員の安全確保など課題は山積みで、新しい情報技術……インターネットの接続環境が整う日がいつになることやら、ラクエウス議員には皆目(かいもく)見当がつかなかった。


 ……アーテルに(あなど)られて当然だな。


 無所属のラクエウス議員は、祖国の国際的な立ち位置を改めて思い、嘆息した。少数派のキルクルス教徒とは言え、祖国を憂える気持ちに変わりはない。

 アサコール党首は、老議員ラクエウスの胸中を察したのか、淋しげな笑みを浮かべ、ローテーブルに書きかけの草稿を広げる。


 「弱者だからこそ、できる戦い方があります」

 「お涙頂戴と言う奴かね」

 「流石、話が早い。これがなかなか侮れないんですよ」

 アサコール党首は、老議員の皮肉に我が意を得たりとばかりにニヤリと笑った。


 「難民の少女が、国民健康体操の曲に平和を願う詩をつけて歌った動画……ご存知でしょうか?」

 「うむ。儂の耳にも届いておる」

 「あれで相当な資金が集まりました。お陰で、難民キャンプの食糧事情がかなり改善したんですよ」

 スニェーグが、クラピーフニク議員の支援者から聞いてきた情報と同じだ。アサコール党首の口から語られる難民キャンプの現状に耳を傾ける。



 国連機関や人権団体などに寄付が集まり、一日一食しかなかった食糧が、朝夕二回に増えた。


 資金に余裕が出たことで、難民キャンプの支援者らは、キャンプで暮らす人々にタブレット端末を配布した。

 端末本体の購入費用だけでなく、通信費などの維持費が必要な為、一人一台とはゆかない。数十人から百人前後に一台の割合だが、全く何もないよりは余程いい。


 端末は、ニュースなどでの情報収集や、学校に行けない子供たちの勉強にも活用する。また、難民有志にあの歌の練習をしてもらい、合唱の様子を撮影した動画をインターネットに公開した。


 その動画で、世界中に向けて支援を訴えると同時に広告収入を得られた。

 動画で得た収入は、チヌカルクル・ノチウ大陸中部・東部の国々での医薬品と呪符素材の買い付けに回した。ラキュス湖周辺地域では、戦争の影響で品薄になり、価格が高騰して手が出ない。輸送費を差し引いても、遠方で購入した方が安い。

 人権団体はインターネットで情報をやり取りし、国境を越え、そうした支援にまで手を広げてくれた。

☆スマーフら落命を確認できた党員……スマーフ議員「0273.調理に紛れて」死亡記事「0378.この歌を作る」参照

☆魔哮砲の使用に異議……「0241.未明の議場で」「0247.紛糾する議論」「0248.継続か廃止か」参照

☆雨の夜に脱出作戦を決行……「0277.深夜の脱出行」参照

☆難民の少女が、国民健康体操の曲に平和を願う詩をつけて歌った動画……「0290.平和を謳う声」「0324.助けを求める」参照


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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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