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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第十七章 歩み

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0401.復興途上の姿

 アサコール党首が席を立ち、両手を広げて無所属のラクエウス議員を迎えた。

 「お久し振りです、先生。よくぞご無事で……どうぞ、お掛け下さい」


 両輪の軸党の党首アサコールは、スニェーグら支援者から伝達されたのか、老婆に(ふん)したラクエウスに喜びの笑顔を向け、卓へ導いた。後の四人は知らない顔だ。正体を明かしたものか判じ兼ね、老婆のハルパトーラ先生として無言で会釈した。


 「彼らは、ネモラリス建設業協会の会員で、難民キャンプの運営ボランティアをしてくれています。こちらは、竪琴の先生です。リャビーナ市民楽団で、慈善コンサートに参加していらっしゃいます」

 アサコール党首が双方を紹介し、ラクエウスは老婆ハルパトーラとして、愛想良く微笑んで会釈する。建設業協会員たちも、笑顔で老婆に挨拶を返した。


 「先生は、半世紀の内乱前のお生まれで、当時の共和制移行百周年記念の曲をご存知なんですよ」

 「じゃ、ホントに、民族も宗教も関係なしで、みんなが普通に近所付き合いしてた頃を、(じか)に知ってるんですか?」

 アサコール党首の紹介に、若い協会員が勢い込んで聞いた。


 「えぇ、内乱で作詞が途中になってしまいましたが」

 ラクエウスは老婆の声音で答え、竪琴を爪弾いた。


 澄んだ音色が、民族融和の曲の主旋律を紡ぎ出す。協会員たちは、白壁の部屋を満たす古ぼけた竪琴の音色にじっと聴き入った。

 筋張り、節くれだった指が銀色の弦を操り、陽光にきらめく湖水のように穏やかな曲を奏でる。

 アサコール党首が、竪琴を奏でる手を懐かしげな目で見詰め、久し振りに聴くラクエウス議員の生演奏に耳を傾ける。五人は曲が終わり、余韻が消えるまで、魅入られたように身動(みじろ)ぎひとつしなかった。


 演奏を終え、老いた竪琴奏者が軽く頭を下げる。

 アサコール党首が拍手すると、後の四人も夢から醒めたような顔を見合わせ、竪琴奏者の老婆に笑顔を向けて喝采した。


 「この曲をBGMにビデオメッセージを作ります。内容ごとに分けたので、それに合わせて演奏も個別に収録しようと思いますが、よろしいですか?」

 「えぇ。どんな内容ですか?」

 ラクエウスは慎重に老婆の声を作った。アサコール党首が、指折り数えながら答える。


 アミトスチグマに逃れた難民向けの激励、ラクリマリス人とアミトスチグマ人宛の支援への感謝を一本ずつ、共通語で世界へ宛てた感謝、アーテル宛てに停戦の呼び掛けの合計五本だ。


 卓上には原稿がある。

 「他にもありますが、内容が定まっておりませんので、後程、先生と相談して詰めたいと思います」

 「えぇ、お役に立てますかどうか」


 ……感謝を伝えるのはいいが、それにどれ程の意味があるのだ?


 そもそも、ラクエウスには「ビデオメッセージ」が何かわからない。何となくそれを聞くのは(はばか)られる雰囲気で、それ以上言わなかった。


 「彼らには、機器の操作をしてもらいます」

 「えーっとですね、映画みたいに映像と音声を別に作って、組合せるんですよ」

 協会員が説明を代わった。

 「難民キャンプの生活、破壊されたネーニア島の街、復興が進んだところ、仮設住宅の様子、リストヴァー自治区……タブレット端末で録った風景と人の映像を編集して、音声を被せるんです」

 「ホントの映画みたいに……?」

 「はい。そんな感じです。一本は、帰れるとこができつつあるって、外国に居る難民に知らせるのが目的です」

 「完成したらインターネットに流しますけど、時期は未定です」

 「今は、どの映像をどう使うか、話し合ってるとこなんですよ」


 別の協会員が、ノート大の黒い板を撫でた。その表面に小さな絵が現れる。協会員が絵を指でちょいちょいつつくと、絵が画面いっぱいの写真に変わった。

 無残な焼け跡だ。

 彼が板をつつくと写真が動きだした。



 どんより曇った冬空の下、ゆっくり首を巡らせ、焼き尽くされた街を見回す。

 ぽつりぽつりと焼け残ったビルの残骸、焦げた看板、乗用車、直撃を受けて崩壊したビル、折れた電柱、垂れ下がる電線、民家の焼け跡に残された陶器の破片や黒焦げのスプーン、色を失ったブリキのおもちゃ……その上に雪が降り始めた。生活の痕跡を舐めるように追い、再び、動くもののない街全体を映す。


 雪が降りしきる廃墟が滲んで消え、春の穏やかな日射しに変わる。

 焼けた街路樹の根元にタンポポが咲き、瓦礫の撤去された道路を重機が行く。一区画分の瓦礫が片付けられる様子が、早回しで流れて消え、同じ場所の夏の様子に切り替わった。


 街並から瓦礫が取り除かれ、大きな道路が新たに舗装された。作業員の手が【魔除け】の石碑を設置する。

 画面いっぱいに【巣懸(すか)ける懸巣(カケス)】学派の徽章(きしょう)をつけた胸元が大写しになる。その人物が指差す先で、何件もの建設工事が同時進行する。

 港の復旧工事に続いて、輝くラキュス湖、建ち並ぶ仮設住宅、力ある民と力なき民が助け合う。


 復興仮設工場の看板が掛かる門、その奥に広がるプレハブ建屋(たてや)の並ぶ一帯をゆっくり眺める。

 縫製、機械部品、自動車、食品……様々な工場の内部と、労働者の姿が数秒ずつ流れ、仮設校舎で学ぶ子供たちの授業風景に切り替わる。

 仮設校舎に囲まれた校庭で遊ぶ子供たちを遠目に眺め、青空を見上げたところで映像は終わった。



 「復興の歩みです。難民の方々を励まし、帰還を促す内容になっています」

 「まぁ……」

 アサコール党首の説明に、ラクエウス議員は何と答えたものか思案した。


 恐らく、複数の街を繋ぎ合せたのだろう。遠景に映り込んだ山脈の形や、湖の様子が異なる。仮設住宅と働き口の用意があると言うより、復興の人手を求めるように見えた。


 戦争は、まだ終わらない。

 空襲の懸念には全く触れなかった。


 「場所は……どの辺りですか?」

 「ネーニア島の北東部です。西部はまだ、散発的に空襲がありますので」

 ラクエウス議員は頷き、建設業協会の四人を見回した。


 「映像のことは素人で、何もわかりませんので、みなさまにお任せします」

 ラクエウスのその言葉を待っていたように、アサコール党首が席を立った。


 「そうですか。では、先に別室で他のメッセージの原稿作りを手伝って下さいますか?」

 「えぇ、それなら」

 二人は協会員に会釈し、談話室を後にした。

☆老婆に扮したラクエウス……姿「0295.潜伏する議員」名前「0306.止まらぬ情報」参照

☆共和制移行百周年記念の曲……「0275.みつかった歌」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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