0401.復興途上の姿
アサコール党首が席を立ち、両手を広げて無所属のラクエウス議員を迎えた。
「お久し振りです、先生。よくぞご無事で……どうぞ、お掛け下さい」
両輪の軸党の党首アサコールは、スニェーグら支援者から伝達されたのか、老婆に扮したラクエウスに喜びの笑顔を向け、卓へ導いた。後の四人は知らない顔だ。正体を明かしたものか判じ兼ね、老婆のハルパトーラ先生として無言で会釈した。
「彼らは、ネモラリス建設業協会の会員で、難民キャンプの運営ボランティアをしてくれています。こちらは、竪琴の先生です。リャビーナ市民楽団で、慈善コンサートに参加していらっしゃいます」
アサコール党首が双方を紹介し、ラクエウスは老婆ハルパトーラとして、愛想良く微笑んで会釈する。建設業協会員たちも、笑顔で老婆に挨拶を返した。
「先生は、半世紀の内乱前のお生まれで、当時の共和制移行百周年記念の曲をご存知なんですよ」
「じゃ、ホントに、民族も宗教も関係なしで、みんなが普通に近所付き合いしてた頃を、直に知ってるんですか?」
アサコール党首の紹介に、若い協会員が勢い込んで聞いた。
「えぇ、内乱で作詞が途中になってしまいましたが」
ラクエウスは老婆の声音で答え、竪琴を爪弾いた。
澄んだ音色が、民族融和の曲の主旋律を紡ぎ出す。協会員たちは、白壁の部屋を満たす古ぼけた竪琴の音色にじっと聴き入った。
筋張り、節くれだった指が銀色の弦を操り、陽光にきらめく湖水のように穏やかな曲を奏でる。
アサコール党首が、竪琴を奏でる手を懐かしげな目で見詰め、久し振りに聴くラクエウス議員の生演奏に耳を傾ける。五人は曲が終わり、余韻が消えるまで、魅入られたように身動ぎひとつしなかった。
演奏を終え、老いた竪琴奏者が軽く頭を下げる。
アサコール党首が拍手すると、後の四人も夢から醒めたような顔を見合わせ、竪琴奏者の老婆に笑顔を向けて喝采した。
「この曲をBGMにビデオメッセージを作ります。内容ごとに分けたので、それに合わせて演奏も個別に収録しようと思いますが、よろしいですか?」
「えぇ。どんな内容ですか?」
ラクエウスは慎重に老婆の声を作った。アサコール党首が、指折り数えながら答える。
アミトスチグマに逃れた難民向けの激励、ラクリマリス人とアミトスチグマ人宛の支援への感謝を一本ずつ、共通語で世界へ宛てた感謝、アーテル宛てに停戦の呼び掛けの合計五本だ。
卓上には原稿がある。
「他にもありますが、内容が定まっておりませんので、後程、先生と相談して詰めたいと思います」
「えぇ、お役に立てますかどうか」
……感謝を伝えるのはいいが、それにどれ程の意味があるのだ?
そもそも、ラクエウスには「ビデオメッセージ」が何かわからない。何となくそれを聞くのは憚られる雰囲気で、それ以上言わなかった。
「彼らには、機器の操作をしてもらいます」
「えーっとですね、映画みたいに映像と音声を別に作って、組合せるんですよ」
協会員が説明を代わった。
「難民キャンプの生活、破壊されたネーニア島の街、復興が進んだところ、仮設住宅の様子、リストヴァー自治区……タブレット端末で録った風景と人の映像を編集して、音声を被せるんです」
「ホントの映画みたいに……?」
「はい。そんな感じです。一本は、帰れるとこができつつあるって、外国に居る難民に知らせるのが目的です」
「完成したらインターネットに流しますけど、時期は未定です」
「今は、どの映像をどう使うか、話し合ってるとこなんですよ」
別の協会員が、ノート大の黒い板を撫でた。その表面に小さな絵が現れる。協会員が絵を指でちょいちょいつつくと、絵が画面いっぱいの写真に変わった。
無残な焼け跡だ。
彼が板をつつくと写真が動きだした。
どんより曇った冬空の下、ゆっくり首を巡らせ、焼き尽くされた街を見回す。
ぽつりぽつりと焼け残ったビルの残骸、焦げた看板、乗用車、直撃を受けて崩壊したビル、折れた電柱、垂れ下がる電線、民家の焼け跡に残された陶器の破片や黒焦げのスプーン、色を失ったブリキのおもちゃ……その上に雪が降り始めた。生活の痕跡を舐めるように追い、再び、動くもののない街全体を映す。
雪が降りしきる廃墟が滲んで消え、春の穏やかな日射しに変わる。
焼けた街路樹の根元にタンポポが咲き、瓦礫の撤去された道路を重機が行く。一区画分の瓦礫が片付けられる様子が、早回しで流れて消え、同じ場所の夏の様子に切り替わった。
街並から瓦礫が取り除かれ、大きな道路が新たに舗装された。作業員の手が【魔除け】の石碑を設置する。
画面いっぱいに【巣懸ける懸巣】学派の徽章をつけた胸元が大写しになる。その人物が指差す先で、何件もの建設工事が同時進行する。
港の復旧工事に続いて、輝くラキュス湖、建ち並ぶ仮設住宅、力ある民と力なき民が助け合う。
復興仮設工場の看板が掛かる門、その奥に広がるプレハブ建屋の並ぶ一帯をゆっくり眺める。
縫製、機械部品、自動車、食品……様々な工場の内部と、労働者の姿が数秒ずつ流れ、仮設校舎で学ぶ子供たちの授業風景に切り替わる。
仮設校舎に囲まれた校庭で遊ぶ子供たちを遠目に眺め、青空を見上げたところで映像は終わった。
「復興の歩みです。難民の方々を励まし、帰還を促す内容になっています」
「まぁ……」
アサコール党首の説明に、ラクエウス議員は何と答えたものか思案した。
恐らく、複数の街を繋ぎ合せたのだろう。遠景に映り込んだ山脈の形や、湖の様子が異なる。仮設住宅と働き口の用意があると言うより、復興の人手を求めるように見えた。
戦争は、まだ終わらない。
空襲の懸念には全く触れなかった。
「場所は……どの辺りですか?」
「ネーニア島の北東部です。西部はまだ、散発的に空襲がありますので」
ラクエウス議員は頷き、建設業協会の四人を見回した。
「映像のことは素人で、何もわかりませんので、みなさまにお任せします」
ラクエウスのその言葉を待っていたように、アサコール党首が席を立った。
「そうですか。では、先に別室で他のメッセージの原稿作りを手伝って下さいますか?」
「えぇ、それなら」
二人は協会員に会釈し、談話室を後にした。
☆老婆に扮したラクエウス……姿「0295.潜伏する議員」名前「0306.止まらぬ情報」参照
☆共和制移行百周年記念の曲……「0275.みつかった歌」参照




