表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第十七章 歩み

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

407/3503

0400.党首らの消息

 「先生、もしよろしければ、慰問へ行って下さいませんか?」


 ソプラノ歌手のオラトリックスが声に出さず、口を「アミトスチグマ」と動かした。唇を読んだラクエウスが頷く。


 「……と言うことは、あれで移動するのかね?」

 「えぇ。差し支えなければ。先生の竪琴が一番有難いんですけど」

 オラトリックスが申し訳なさそうに言い、スニェーグが苦笑して後を受けた。

 「私だと、ピアノを持ち運ぶのが大変ですからね」


 容れ物が【無尽袋】ならグランドピアノでも持ち歩けるが、袋は使い捨てだ。最近は、ラクリマリス王国の湖上封鎖の影響で値上げが続く。

 航空機のネモラリス―アミトスチグマ直行ルートは、封鎖範囲に含まれないが、議員宿舎からの逃亡者が空港へ行けば、軍に捕えられる。だが、【跳躍】の術を使えば、捜査網はザル同然だ。

 ネモラリス政府は少なくとも、キルクルス教徒のラクエウス議員が、魔道機船や魔法で移動するとは思わないだろう。

 裏をかくにも、魔法で連れて行ってもらうのがいいに決まっている。そもそも、あの雨の夜、宿舎からの脱出でも若手議員クラピーフニクの術に助けられたのだ。


 ……今更、何を。


 ピアノ奏者とソプラノ歌手が、竪琴奏者でもある国会議員を不安な眼差しで見詰め、答えを待つ。ラクエウス議員は、白髪頭を小さく振って自嘲した。信仰より大切なものに気付いたのだ。


 ……己が逃げる為なら術を受け容れ、他人(ひと)の為には断るなど、それこそ身勝手千万。人としてあるまじき、浅ましい行いではないか。


 ラクエウスは、ともすれば信仰に傾きそうになる心を引き留め、リャビーナ市民楽団の二人に了承の意を示した。楽団員の二人が喜びに輝く顔を見合わせる。オラトリックスが明るい声で言った。

 「では、合唱団のみなさんにお伝えしますわね」

 「先生がいらっしゃれば、現地のみなさんが助かりますよ」

 「……助かる?」


 難民が喜ぶではなく、みなさんが助かるとの言葉に首を傾げる。スニェーグが食卓に身を乗り出し、小さく手招きした。

 ラクエウスが向かいの白髪頭に顔を寄せる。スニェーグは、口の横に手を当てて囁いた。


 「難民キャンプのひとつに、アサコールさんがいらっしゃいます」

 「……!」


 両輪の軸党の党首だ。魔哮砲の使用に反対し、与党の多数派とネモラリス軍の手で議員宿舎に軟禁された。

 秘かに外部と連絡を取り、ラクエウスら無所属や他党の議員にも、脱出の機会を与えてくれた。宿舎脱出後は散り散りになり、スマーフ議員のように報道で死亡を確認できなかった者の安否は不明だ。

 スニェーグによると近頃、ネーニア島の前線から遠く離れたネモラリス島東端のリャビーナ市でも、兵を頻繁に見かけると言う。逃げた議員の捜索にしては、軍服姿で堂々と街を歩くのは妙だが、ラクエウス議員は、窓にもなるべく近寄らないようにした。


 「……他の方々は?」

 「ひとつ所に固まると危険なので、分散しているそうです」

 ラクエウスの問いにスニェーグが囁きで答える。


 ここはスニェーグの自宅だが、どこから【敏い耳】の術で盗み聞きするかわからない。議員宿舎には、術による盗聴、盗視防止の結界があったが、普通の民家にはそんなものはない。


 【歌う鷦鷯(ミソサザイ)】学派のソプラノ歌手オラトリックスが、口許に両手を添え、口を大きくはっきり「明後日、出発」と動かした。唇を読み、ラクエウスが目で了承の意を表す。

 三人同時に席を立ち、荷物をまとめに掛かった。



 アミトスチグマ王国は湖南地方の東端に位置し、内陸部は広大なアミトスチグマ大森林に覆われる。大都市は北西部の平野にあった。

 難民キャンプは、平野の端……森の外縁部に幾つも設けられた。戦禍を逃れ、無事に辿り着けたネモラリス人の大半は、力ある民だ。アミトスチグマ政府やフラクシヌス教団、国連機関や人権団体などの支援で、ある程度は何とかなるようだが、決して安楽な生活ではない。

 アミトスチグマに本社を置く湖南経済新聞などの報道と、スニェーグが持ち寄る支援者の情報では、医療と食糧の支援が著しく不足すると言う。


 ……力なき民の(わし)が行って、何故、皆が助かるのだ?


 迂闊に疑問を口に出せないまま、出発の日を迎えた。竪琴の先生ハルパトーラに変装し、着替えなど僅かな荷物を持って庭へ出る。

 早朝とは言え、八月の外気は蒸し暑かった。

 半世紀の内乱で焼失を免れ、ビルの谷間に取り残されたスニェーグ宅は、日が射す時間こそ短いが、あまり風が通らず、熱気が澱む。


 「さあ、先生、参りましょう」

 「お気を付けて」

 迎えに来たオラトリックスと手を繋ぎ、近くの公園までスニェーグの見送りを受ける。ラクエウスは魔女の術に逆らわず、ゆっくり息を吐き、肩の力を抜いた。

 オラトリックスが良く通る声で呪文を唱える。目眩がして、ラクエウス議員は思わず瞼を閉じた。二人の姿がビルの影に覆われた公園から消える。

 魔力の制御符号「力ある言葉」の同じ文言が、何度も耳を右から左へ抜けた。


 不意に頬を撫でる風が冷たくなった。

 老婆に(ふん)したラクエウスは、瞼を恐る恐る開けた。



 屋根も壁も真っ白な家の前だ。足下は瑞々しい香草が茂り、涼しい風にそよぐ。振り向いて、風の来る方を見遣る。なだらかな丘に同じような白い家々が並び、その向こうに広がる湖が青く輝いた。


 「ここが、難民キャンプなのかね?」

 「いいえ、ここはアミトスチグマの夏の都にある支援者の方のおうちです」

 オラトリックスは、老婆に変装したラクエウスを玄関へ案内する。二人が扉に立つより先に人が出てきた。

 「ようこそお越し下さいました。暑いでしょう、こちらへ」


 緑髪の若い女性に招き入れられ、二人は白い家に足を踏み入れる。すっと汗が引いた。スニェーグ宅と同じで家に掛けられた術で涼しい。


 竪琴以外の荷物を使用人に預け、応接間へ通される。

 リャビーナ市民合唱団のテノール歌手が、ソファから立って二人を迎えた。

 「お二人ともご無事でしたか。よかった」

 「おはよう。君も無事で何より」

 「お待たせしました。後の二人もそろそろ着く筈ですから、もう少しお待ち下さいね」


 後の二人を待つ間、湖の民の女性が今日の予定を説明した。

 午前中はここで打合わせ、午後からは練習。夕飯後は、ビデオメッセージの原稿を作る。

 「ビデオメッセージ?」

 「はい。公開の時期は未定ですが、先に収録だけお願いします」

 寝耳に水のラクエウスが三人を見回す。テノール歌手も事情を知らないらしく、湖の民の女性を見た。ソプラノ歌手オラトリックスが湖の民に代わって答える。


 「ハルパトーラ先生にはBGMをお願いします。詳しくは、人数が揃ってから、打合わせの折りに」

 「そ……そう」

 変装後の偽名で呼ばれ、老婆らしい声音で答える。湖の民の女性は、お茶をお持ちしますと告げて応接間を出た。


 「打合わせには、誰が?」

 「私たち歌手は、キャンプの代表者の方と歌詞の最終調整、先生は支援者の方々とビデオメッセージの件で打合わせです」

 別行動に不安を覚えたが、従う他ない。

 三人で近況を話し、後の二人を待った。


 程なく、湖の民の女性と共にアルトとバスの歌手も応接室に姿を見せた。湖の民は、歌手四人に新しいお茶を淹れ、ラクエウス一人を伴って応接室を出た。


 次に案内されたのは、談話室らしい。広々とした卓にお茶の用意が整えられ、十人掛けの半分が埋まる。


 「それでは、ごゆっくり」

 湖の民の女主人は、場所を提供するだけらしい。一礼して扉を閉めた。

☆あの雨の夜、宿舎からの脱出……「0277.深夜の脱出行」参照

☆アサコールさん……「0272.宿舎での活動」参照

☆竪琴の先生ハルパトーラ……「0306.止まらぬ情報」参照

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ