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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第十七章 歩み

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0399.俄か弟子レノ

 呪符職人が、完成した呪符をもう一台の机に置いた。乾燥台として使う机には、既に何枚も並ぶ。


 「君は力なき民だから、呪文は知らないんだよね?」

 「少しだけ教わりました。知ってれば、呪符を使えるからって」

 「へぇー、何の呪文?」

 小柄な呪符職人が、作業机から身を乗り出した。


 「俺が教えてもらったのは【魔除け】です。それと、呪歌の【癒しの風】も。実際、呪符を使ったこともありますよ」

 「そうなんだ。じゃ、【灯】を作れるようになったら、次それ頼むよ」

 呪符職人が次の羊皮紙を用意しながら言う。紙同士がくっついて一枚だけがなかなか取れない。


 ……【灯】とか【魔除け】って、攻撃用の呪符じゃないのに要るのか?


 素人のレノを使い、貴重な材料を消費してまで作る必要性があるとは思えない。彼も呪医セプテントリオーたち同様、武闘派ゲリラを止めたくて協力するフリをするのだろうか。

 何となく、それを聞くのは危険な気がして、苦笑を浮かべて誤魔化した。


 「書くの凄く難しくって……【魔除け】はかなり先になりそうですけど、いいんですか?」

 「いいよ。【灯】の呪符も、他の素材と交換してもらえるから」

 「そうなんですか?」

 呪符職人の意外な言葉に思わず驚きが漏れた。


 「呪符は嵩張らないし、力なき民の人でも使えるのもあるから、割と色んな物と交換してもらえるんだ。現金と違って実用性があるし」

 「頑張ります!」

 武闘派ゲリラの手伝いだが、作り方をしっかり身につければ、後の生活が楽になる。前途に希望ができたレノは、なるべく余計なことを考えず魔獣の消し炭を粉にした。



 小さな鮮紅の飛蛇(せんこうのひだ)でも、魔獣の消し炭の粉は、パン皿くらいの大きさの平皿に山盛りになった。呪符を書き写し続けて凝った肩がほぐれ、指先の痛みも引いた。


 ……職人さん、俺の休憩と気分転換の為に作業させてくれたのかな?


 呪符職人が、レノの知らない呪符を書き上げるのを待つ間、芯を引っ込めたボールペンで【灯】の見本をなぞった。


 「作業、終わりました」

 「ん? ……あぁ……有難う。じゃあ、インクの調合もやってもらおうかな」

 完成を見計らって声を掛けると、職人は夢から醒めたように机から顔を上げた。


 「水知樹(みずちじゅ)の樹液と、魔獣の消し炭は割よく使うインクだよ。今、僕が書いたこれとか」

 「へぇー……」

 何の呪符か知らないが、呪符職人が仕上げたばかりの呪符は、黒と緑と青で複雑な呪印と呪文が描いてある。


 「【灯】や【魔除け】は、鶏の生き血と水と魔獣の消し炭で作ることが多いな」

 「鶏を調達するまで、【灯】の呪符はムリってコトですか?」

 「そうなるね。呪印だけ書く呪符なら、水知樹の樹液でいいんだけど」

 「どう言うコトですか?」

 昨日、呪符職人自身の口から、作る呪符の種類によって専用の素材があると聞いたばかりだ。


 「えーっとね、【灯】とかの呪文なしで、印だけ描く呪符。これだったら書くの簡単だし、素材も他のと共通でいいんだけど、力ある民でないと使えないからね」

 「それって、イミあるんですか?」

 「あるよ。その術の分、呪符に魔力を蓄えられるから、本人の魔力を節約できるし、【炉】や【魔滅符】、【魔除け】とかは、魔力を上乗せして威力を上げられるんだ」

 「そんな使い方もできるんですか」

 知らないことだらけのレノは、素直に感心した。


 職人はやわらかな笑みを浮かべ、(にわ)か弟子にインクの作り方を丁寧に説明する。

 「大きい方の薬匙(やくさじ)三杯分の水知樹(みずちじゅ)の樹液と、すり切り一杯分の魔獣の消し炭。液と粉は別の薬匙を使って、混ぜるのはガラス棒を使ってね」

 「はい」


 レノは職人に渡された小さな絵の具皿を受け取り、【水知樹】と書かれた瓶を開けた。ツンとした刺激臭が鼻を突く。


 「それ、臭いよね。でも、水知樹の樹液で作ったインクは長持ちするんだ。鶏の生き血は半日くらいしか使えないから、その度に鶏を絞めなきゃいけなくて色々大変なんだよ」

 「ホントに大変なんですね」

 「まぁねぇ。でも、細かい作業が苦にならない人なら誰でもできるから、【飛翔する(タカ)】学派の武器職人に比べたら、人数多いけどね」


 武器職人の【飛翔する鷹】学派は、自身も魔物などと戦う魔法戦士となり得る。石ころなど、何でも武器にして戦い、僅かな魔力で最大限の攻撃を加える術が多い学派だと言う。


 レノは瓶をゆっくり傾け、薬匙で少しずつ受けた。匙がいっぱいになったところで止め、皿にあける。三杯分きっちり量って注ぎ、瓶に蓋をした。

 計量を見守った職人がにっこり笑う。

 「言うの忘れてたけど、それ、肌に触れたら(ただ)れるから、気を付けてね」

 「……もし、ついた時はどうすればいいですか?」

 「すぐに水で洗い流すんだ」

 「わかりました」


 少し粘性のある液は透明で、こぼれていてもわかり難い。

 レノは、水知樹(みずちじゅ)の樹液を入れた皿をひっくり返さないよう気を付けて、魔獣を焼いた炭の粉を量って入れた。粉が液面にさっと広がり、透明な樹液を黒く染める。薬匙(やくさじ)をガラス棒に持ち替え、静かにかき混ぜた。液体の粘度が下がり、さらりとした黒インクになる。キツい臭いもなくなった。

 ダマがなくなるのを見届け、レノは思わず溜め息を()いた。


 「できた? ちゃんとできたら、触っても大丈夫になるから安心していいよ」

 「それ聞いて安心しました」

 「お疲れさん。じゃあ、さっきの続きどうぞ」

 生きた鶏が手に入るまで、レノはずっと練習らしい。だが、正確に書けるようになるには、まだまだ練習が必要だ。複雑な思いで、ひたすら手を動かし続けた。

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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