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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第十七章 歩み

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0398.価値ある勉強

 「じゃあ、昨日の続きで【灯】の練習よろしく。紙は持って来たよね?」

 「はい」

 レノが作業部屋に入ると、すぐ呪符職人に言われた。呪医セプテントリオーに分けてもらったコピー用紙の束を何もない机に置く。


 呪符職人の机には、羊皮紙の束や何かの粉、乾燥させた植物や何かの歯や骨、虫や動物の干物が積んである。ドーシチ市の屋敷で見た乳鉢や、小さく白い平皿、鋏や天秤などの道具、銀のペンやインクを溶く液が入った瓶が何種類も並ぶ。

 物は多いがきちんと整頓され、作業しやすそうだ。薬師アウェッラーナもそうだが、魔法で何か作る人たちはみんなこうなのかも知れない。


 ……まぁ、パン作りもそうだけどな。


 作業台が散らかっていては効率が落ちる。器具が汚れていては食中毒の懸念がある。レノは自分の仕事との共通点をみつけて、なんとなく安心した。


 昨日は、素材をすり潰すのを少し手伝った後、ボールペンの芯を引っ込めて、呪符職人がメモ用紙に書いてくれた【灯】の呪符をひたすらなぞった。

 力ある言葉の文字を手で覚えさせる練習だ。

 一番簡単だから、と【灯】を渡されたが、文字のひとつひとつが複雑で、読むのと書くのでは大違いだった。


 薬師(くすし)アウェッラーナに教えてもらい、レノたちは【魔除け】や【灯】など、力なき民でも呪符や【魔力の水晶】があれば使える術を練習した。レノもどうにか少しだけ読めるようになり、実際に【魔除け】の呪符を発効させられた。


 力ある言葉の発音は難しいが、書くのはもっと難しかった。


 「呪符は、書く人と魔力籠める人が別でもいいから、力なき民でも職人になれるんだよ」

 「そうらしいですね。俺の実家があった商店街にも職人さん、居ましたよ」

 「そうかい。これ、失敗したら修正できなくて、素材が無駄になるから、確実に書けるようになるまで練習してくれよな」

 「はい」

 呪符職人はにっこり笑って銀のペンを執り、白い絵皿の上で調合した色とりどりのインクで、羊皮紙に複雑な文字や印を書き始めた。


 ……俺が呪符を作れるようになったら、クルィーロに魔力を籠めてもらって、それなりに色々できるようになるのか。


 ネモラリス島に渡った後、就職先の選択肢も増える。いつまで戦争が続くかわからない。ネーニア島は空襲に晒されて、会社や店がたくさんなくなってしまった。ネモラリス島へ避難した人たちで、きっと人手は余るだろう。

 パン屋の仕事以外も、できるようになった方がいいに決まっている。

 レノはコピー用紙を数枚、見本と同じ大きさに切った。見本をじっくり見て、普通のボールペンで慎重に書き写す。


 「闇照らす夜の(あるじ)の眼差しの淡き輝き今灯(いまとも)す」


 湖南語に訳すとそんな意味になる呪文と、月を表す魔術的な象徴だ。職人はこの複雑な呪印を、月光ではなく、魔力の流れと月の真名(まな)の一部だと教えてくれた。


 ……これが一番簡単って……呪符職人って、大変なんだな。


 長い時間を掛けてやっと書き写した【灯】の呪符は、あちこち線がはみ出して、形も変に歪んだ。レノはハンカチで手汗を拭って気を取り直すと、次の紙片に取り掛かる前にボールペンの芯を引っ込めて、見本をなぞった。


 学校の勉強はあまり得意ではなかった。

 特に歴史などは、そんな昔のことを知ってどうするのか意味がわからず、勉強する気にもなれなかった。だが、呪符作りの練習は違う。作り方を身につければ、それだけ生活が楽になる。いや、それ以前の生存率を上げられるのだ。

 レノは黙々と手を動かし、確実に書けるように練習を重ねた。



 「ちょっとこっちの作業、手伝ってくれる?」

 呪符職人に声を掛けられた時には、十数枚書き上がった。最後に書いた分は、それなりに上手い。単なるコピー用紙なので何の効力もないが、軽い疲労と小さな達成感はある。


 「はい、何を手伝うんですか?」

 「魔獣の消し炭を粉にして欲しいんだ」

 蝙蝠(こうもり)のような羽のついた蛇……真っ黒に焼けているが、元は鮮紅の飛蛇(せんこうのひだ)らしきモノと乳鉢と乳棒を渡された。


 貴重な素材だ。こぼれた粉も回収できるよう、下に紙を敷いて作業する。羽を折り取り、少しずつ乳鉢に入れた。()り残しがないよう、確実に潰してゆく。赤い結晶はこの程度では潰れない。消し炭全体が細かくなったら、更に念入りに乳棒を円で描き、時々薬匙(やくさじ)で天地を返して乳棒ですり潰す。粉を薬匙で(ほぐ)し、粒の残りがないか調べながら平皿に移した。


 「結構、上手いね。パン屋さんでもこんな作業あるの?」

 「いいえ、少し前に、薬師(くすし)さんの手伝いをしてたんです」

 「あぁ、それで慣れてるのか」


 納得した呪符職人が明るい笑顔を向けた。教え方が丁寧で愛想もいいが、彼はレノに呼称すら教えてくれない。レノもゲリラの仲間の彼を信用できず、呼称を名乗らない。

 小柄な男は、本当に若いのか、呪医セプテントリオーや薬師アウェッラーナのような長命人種で、外見以上の歳か判然としなかった。

☆力なき民でも(中略)使える術を練習……「0296.力を得る努力」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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