0397.ゲリラを観察
今朝もピナとアマナを宥めすかし、最後は半ば振り切るようにランテルナ島の拠点を出た。
レノと手を繋いだ武器職人が【跳躍】の呪文を唱える。軽い目眩の後、一瞬で廃墟の街に移動した。
アーテル軍の空襲で破壊された建物には、雑妖がぎっしり詰まる。定まった形を持たぬモノたちが、夏の日射しを避けて身を寄せ合い、一塊の魔物と化した。
レノたちは、葬儀屋アゴーニとネモラリス人有志ゲリラのクリューヴに続いて、瓦礫に埋もれた道を歩く。煤や灰の混じった埃が立ち、ピナとアマナが作ってくれた夏服が汚れた。
武闘派ゲリラが拠点にする廃ビルに着く頃には、すっかり汗だくだ。力ある民の四人は、衣服に掛かった術で暑さから守られ、汗ひとつかかない。
……魔力があるのとないのじゃ、こんなに違うんだよなぁ。
廃ビルの中は、真夏とは思えない涼さだ。ランテルナ島の拠点と同じ術だろう。レノはこっそり溜息を吐いた。
職人二人が、一階の部屋で埃っぽくなった身体を洗う。【操水】の術で水を起ち上げ、レノたち力なき民も服ごと洗ってくれた。
「午前中は昨日と同じ要領で」
ソルニャーク隊長の一言で、武闘派ゲリラとレノたちは、今日も二部屋に分かれた。防弾ベストの着付けと銃の手入れの練習だ。隊長と少年兵モーフが、銃の扱い方を丁寧に教える。
レノは後方支援に任命され、リボルバー式の拳銃を渡された。
ソルニャーク隊長と少年兵モーフは自動小銃、高校生のロークはアサルトライフル。作戦部隊の編成も決まり、彼らは昨日の午後、銃を携行して歩く訓練もした。
……ローク君、やっぱ、家族の仇、討ちたいんだろうな。
あの日、星の道義勇軍が起こしたテロの火の手は、運河の向こう岸にあるセリェブロー区には及ばなかった。
その後のアーテル・ラニスタ連合軍の空襲で焼かれ、ロークは、地下室の非常食や古道具以外の全てを失った。何でもないように振る舞い、居合わせたみんなに非常食などを分けてくれたが、思い出の品も、愛用品も何もない。家族が無事に逃げられたのか、亡くなったのか、手掛かりすらなかった。
……普通に考えたら、仕事の時間だし、家族バラバラでも、会社ぐるみでどこかへ避難してたりしないかな?
ゼルノー市の湖岸沿いの東部三地区は、住人の多くがテロから逃れて避難した。遠くの親戚宅など、避難先がネモラリス島なら助かったかもしれない。
リストヴァー自治区の火災後に逃れたアミエーラによると、ゼルノー市の農村地帯ゾーラタ区も割と無事らしい。セリェブロー区にあるゼルノー市役所や図書館、警察署には、住人が避難した後、更にどこかへ移動した形跡があった。
……ローク君の家族、避難できてたりしないのかな?
レノは拳銃を分解しながら考えた。
戦場での使用を考慮しない設計で、工具は別に必要だ。細かい部品も多い。失くさないように浅い段ボール箱に入れて作業する。
武闘派ゲリラが、アーテルの警察署から盗んだ銃だ。銃把にはキルクルス教の聖印――幾つもの星が巡る楕円――聖なる星の道の刻印がある。フラクシヌス教徒のレノが持つには、少なからず抵抗があるが、身を守る為には止むを得ない。
ずっしり重い銃の中を細かいブラシでこすり、薄く油を塗ったボロ布で拭く。人殺しの道具をこんな短期間で手入れできるようになり、レノは自分で自分が信じられなくなった。引鉄を引いて、当たり所が悪ければ死んでしまう。そんな物が手の中にあるのだ。
魔獣なら普通の鉛弾も効くが、実体を持たない魔物や雑妖には、銀の弾丸でなければ当たらない。ここには普通の弾丸しかなかった。
……アーテルの警察って、これ……犯人に撃つってこと?
レノは、掌に滲んだ汗をハンカチで拭った。母が入れてくれたパンの刺繍に胸が痛む。テロから逃れる際、母は店のすぐ前ではぐれて、それっきりだ。
他のみんなは、少年兵モーフに教えてもらいながら、自動小銃やアサルトライフル付属の小さな工具で、もたもた作業する。拳銃よりずっと簡単な作りだが、重くて扱い難いのだろう。
条件の悪い場所でも素早く手入れし、次に備えられるよう、身体が覚えるまで何度も分解と組立てを繰り返す。
ゲリラたちは、わからないところを少年兵モーフに聞くが、無駄口を叩かず黙々と単調な作業に集中した。
……頭に血が上って、アーテルの知ってる場所に【跳躍】して、魔法をぶっ放すとかじゃないんだな。
それなりに襲撃計画を立て、武器や素材、食糧などを調達し、知り合ったばかりの者からの訓練でも受け容れる。理性的なようだが、呪医セプテントリオーの手伝いで見た新聞記事や、ファーキルのタブレット端末で見たニュースでは、悪魔の所業が報じられた。
実際、ランテルナ島の拠点で初めて会った時は、あんなことを平気でしそうな雰囲気だった。
……一緒に戦う仲間には、牙を剥かないってだけ?
ピナを人質に取られたレノは到底、彼らを信用できない。仲間認定されるのも不本意だ。ソルニャーク隊長と少年兵モーフはキルクルス教徒だが、まだゲリラにバレないのか、気付いた上で、銃の扱いを学ぶ為に何も言わないのか。
……モーフ君たちはキルクルス教徒なのに、ホントにアーテル軍の基地を叩く気か?
ソルニャーク隊長たち、星の道義勇軍にとってアーテル軍は敵ではない。リストヴァー自治区が焼けたのは空襲の前で、アーテル軍に恨みはないのだ。ソルニャーク隊長と少年兵モーフが何故、ネモラリス人の武闘派ゲリラに与するのか、レノには全然わからなかった。
……でも、何でって聞くワケにもいかないしなぁ。
昼食後、作戦部隊のみんなは、歩行訓練も兼ねて素材採取へ行った。
レノは呪符職人と武器職人と共に拠点に残り、葬儀屋アゴーニは作戦部隊とは別行動で素材集めする。アゴーニが、レノたち移動販売店プラエテルミッサの素材集めに協力してくれる理由も、よくわからない。
呪医セプテントリオーもそうだが、武闘派ゲリラを止めたいと言いながら、彼らの行動は実質的には作戦への協力だった。
☆彼らは昨日の午後、銃を携行して歩く訓練……「0389.発信機を発見」参照
☆地下室の非常食や古道具……「0093.今日の行く先」「0096.実家の地下室」参照
☆リストヴァー自治区の火災後に逃れたアミエーラ……「0186.河越しの応答」「0187.知人との再会」参照
☆母は店のすぐ前ではぐれ……「0021.パン屋の息子」参照
☆ピナを人質に取られた……「0360.ゲリラと難民」参照
☆リストヴァー自治区が焼けたのは空襲の前……「0054.自治区の災厄」「0055.山積みの号外」参照




