0396.橋と森の様子
相棒のムラークが朝食の準備をする間、魔装兵ルベルは一夜の宿を提供してくれた樫の大木に登った。太い枝の上で足場を確保し、南東の方角を見る。
朝靄に霞む森の向こうにプラヴィーク山脈が横たわり、その先の景色を遮った。
「害意 殺気 捕食者の姿 敵を捕える蜂角鷹の眼
敵を逃さぬ蜂角鷹の眼 詳らかにせよ」
術で拡大した視力で、プラヴィーク山脈の東側を見透す。【索敵】の眼が山塊を抜け、ネーニア島の南半分を覆うツマーンの森を越え、ネーニア島のほぼ南端に位置する北ヴィエートフィ大橋の姿を捉えた。朝の光を浴び、巨大な支柱と、そこから扇状に伸びて橋桁を支えるワイヤーが、白銀に輝く。
魔装兵は視線をずらし、北ヴィエートフィ大橋の袂を確認した。新たに配置された兵が警戒に当たる。
大橋を閉ざす鉄扉がひしゃげて焼け焦げる。火の雄牛の火球でやられたのだろうか。代わりの扉はまだ未完成らしい。
破壊された橋頭堡の再建工事が行われ、重機が見えた。まだ早いからか、作業員の姿はなかった。
大橋から一直線にアスファルトの二車線道路が延び、その両端には商店が並ぶ。橋に近い通りには、建物の基礎だけが残る。魔獣との戦いに巻き込まれた建物が撤去されたのだ。
道路を手前に辿り、市壁と呼ぶにはあまりにも貧弱な土塀を越え、草原に出た。
緑の絨毯が遮るものなく広がり、アスファルトの黒い帯が北へ伸びる。
橋からの道は森に入り、西のプラヴィーク市から東のプラーム市を結ぶ真新しい道と合流した。周辺の木々が薙ぎ倒され、ここでも戦闘があったことが窺える。
木々をヘシ折り、地面を踏み荒らしたのは、巨大な蹄だ。蹄の跡だけでも、大型トラックのタイヤ並の大きさで、全体がどのくらいか想像したくもない。
魔装兵ルベルは、慎重に観察を続けた。
道路脇に石碑がある。【魔除け】だ。道の上に掛かる枝は払われ、まだ新しいアスファルトの上に真夏の日射しが降り注ぐ。日射しを白く反射するセンターラインを越え、森の中を覗いた。
……ここも……居ない。
枝葉が茂り、薄暗いツマーンの森にも、更に暗い薮にも、雑妖の姿はなかった。
新たな道を通すのか、アスファルトの道からキレイにまっすぐ草木が取り除いてある。剥き出しの土の地面は少し焦げ、黒っぽく変色していた。
ルベルの【索敵】の視線が、木々のない場所を辿る。
道幅は、一車線分と言うには少し細い気がした。薬草採りや狩りの為の歩道かもしれない。更に道なりに視線を這わせる。
「ムラーク、ちょっといいか?」
「みつかったのかッ?」
魔装兵ルベルが、森の道から視線を外さず声を掛けると、相棒の期待に満ちた声が返った。
「いや……ひとつ聞きたいんだが」
「何だ?」
「道を作る術って、木や薮の処理……どうなってるんだ?」
やや間があって、相棒の声が樫の上に投げられた。
「確か、範囲を指定して、【根抜け】の術で引っこ抜くんじゃなかったか?」
「じゃあ、道の上に突き出た枝は?」
「それは、地道に手作業で伐り払うしかないらしいが……どうした?」
土の道に差した枝葉の切り口は刃物によるものではない。焼き切られたように焦げるが、そこから先に燃え広がらなかったのが不思議だ。薮も、道に掛かる部分だけが不自然にすっぱり伐られ、同様に切り口が焦げる。
森林火災の危険を冒してまで、わざわざ切り口を焼く理由が思い当たらない。
「……痕跡をみつけたかもしれない」
「ホントかッ?」
魔装兵ルベルは【索敵】の術を解き、樫の木から飛び降りた。服に掛かった【浮遊落下】でゆっくり落ちる。
大地に降り立つと、朝食の支度はすっかり整っていた。
「食べ終わったら、行こう」
相棒のムラークは「どこへ」とは聞かなかった。どこへでもついて行き、魔装兵ルベルを守り、補佐することがムラークに与えられた任務だ。
ムラークは、【炉】の術で地面に火を熾し、鍋にスープを作った。森で採れた野草と塩気の強い干し肉が煮える。マグカップに移して冷めるのを待つ間、堅パンを齧った。
「この草、あっちにいっぱい生えてたから、昼の分も水抜きしといた」
「有難う」
ムラークが採取用の布袋を軽く叩き、木の上で何を見たか報告を促す。相棒のムラークは、ルベルの説明に無言で聞き入り、考え込んだ。
「あれの攻撃って、そんなまっすぐ飛ぶもんなのか?」
やがて発した問いに、魔装兵ルベルはネモラリス島南沖の旗艦オクルスから超遠距離の【索敵】で見た戦闘を思い起こした。
防空艦レッススの甲板で、魔哮砲は操手の命令を受けて身体の形を変え、魔力を放出する。
傘を裏返したような“口”から吐き出された魔力は、周辺の魔力の影響で引っ張られ、上空で拡散する。地上なら、地面に円を描いたり、塀や石碑などに組入れて魔力を範囲指定できるが、虚空ではそうはゆかなかった。【索敵】で捉えた遠くの敵機は、広がった魔力に呑まれ、爆発する。
「放出してる内に広がってたけど、今回のは反対側の端っこを見てないから、まだ何とも言えないな」
「まぁ、でも、手掛かりには違いない。【索敵】って近くまで行った方が見易いんだろ?」
「うん。まぁ、あんまり近付くのは危険かもしれないけど」
「よし、じゃあ、さっさと食って行こう」
すっかり冷めたスープを食べ、鍋と食器を【操水】で洗って片付ける。【炉】の為に描いた円を踏み消し、落葉を掛けて痕跡を隠した。
……さて、どの辺に跳ぼうかな?
印象に残った場所は、破壊された北ヴィエートフィ大橋の鉄扉、荒れ果てた商店街、森と平野の道の合流地点だ。大橋の袂とモースト市の商店街は、ラクリマリス軍にみつかるので論外。その後の移動を考えても、道の合流地点……魔獣の踏み跡がいい。
荷物を手早く片付け、しっかり背負う。
「森の中の道と、大橋から続く道の合流地点に跳ぶ」
魔装兵ルベルが手を差し出すと、相棒のムラークは頷き、力強く握った。さっき見た魔獣の踏み跡を鮮明に思い浮かべながら、【跳躍】の呪文を唱える。
「鵬程を越え、此地から彼地へ駆ける。
大逵を手繰り、折り重ね、一足に跳ぶ。この身を其処に」
詠唱を終えると同時にネモラリス軍の魔装兵二人の姿が消えた。
☆巨大な蹄……「0299.道を塞ぐ魔獣」→「0303.ネットの圏外」参照
☆旗艦オクルスから超遠距離の【索敵】で見た戦闘……「0157.新兵器の外観」「0274.失われた兵器」参照




