0395.魔獣側の事情
魔装兵ルベルが上官から与えられた情報では、捜索を命じられた魔哮砲は、雑妖を餌とする魔法生物だ。
封印された魔法生物と共に見つかった古文書によれば、雑妖を「掃除」する為に開発されたモノらしい。古文書はその研究日誌だ。
どんな隙間にも入り込める柔軟で不定形な体。雑妖を喰らい、魔力に変えて身の内に蓄える。
食べた雑妖を魔力に変換する為、維持には、従来の魔法生物のように莫大な魔力を必要としない。力ある民なら、誰でも気軽に使える画期的な個体だ。
規制に従い、使い魔の契約をするまでは目覚めず、繁殖力も付与されなかった。
国際条約による規制は、三界の魔物の惨禍を再び招かぬよう、魔道士の国際機関「霊性の翼団」が定め、全ての魔法文明国で遵守される。
それが通った跡は雑妖の発生が抑えられ、数カ月から一年程度、効果が持続すると言う。だが、日が射さず、穢れが生じやすい場所なら、抑制期間は短くなる。
印歴二一九一年五月、アーテル軍のミサイルで魔哮砲を乗せた防空艦レッススを沈められ、今はもう七月の終わりだ。
魔装兵ルベルは、その瞬間を【索敵】の眼で目撃。司令部から何度も、当時の状況を繰り返し説明させられ、飽き飽きした。
司令部からは、魔哮砲に関する情報を小出しに与えられたが、ルベルがその全てを知ったとは思えない。
魔哮砲が通った跡には、しばらく雑妖が生じない件も、今朝、聞いたばかりだ。少しの情報でみつかればそれでよし。みつからないから、渋々小出しにしたのがよくわかる。
魔哮砲と使い魔の契約を結んだ操手は、あの攻撃で防空艦レッスス諸共、ラキュス湖に沈んだ。遺体は魔物や魔獣に食われ、回収できなかった。
主を失った魔哮砲がどんな行動をとるか、全く予測がつかず、未だに行方を掴めない。
多くの魔法生物がそうであるように、魔哮砲も、物理攻撃が通用しない。アーテル軍が放ったミサイルでは、魔哮砲に傷ひとつ付けられないのだ。
ムラークがポツリと言った。
「あのニュース、ホントなのかな?」
「……時間経ってるから、確かめられんだろう」
「そうかな? 明日、ちょっと見てくれないか?」
「見てどうするんだよ?」
「確認。時間経ってるったって、ほんの二カ月くらいじゃないか」
そう言われて、魔装兵ルベルは改めて、司令部から与えられた情報を思い起こした。
二カ月程前、ラクリマリス王国のモースト市が、魔物の群に襲われた。
モースト「市」の名称は残るが、半世紀の内乱の激戦で街は壊滅し、北ヴィエートフィ大橋は落とされた。内乱終結後、大橋は再建されたが、アーテル共和国が断交を宣言した為、かつては交通の要衝として栄えた街に人が戻らなかった。
現在は橋の守備隊が常駐し、兵相手の食堂や商店が細々と営業するだけの「村」だ。商人たちは、夕方には近隣の街へ引き揚げる為、一般の住民は居ない。実質的にラクリマリス軍の駐屯地だ。
その駐屯地に魔獣……火の雄牛が現れた。新しく開通した道路を通行する一般車両が襲われ、軍に助けを求めて逃げ込んだらしい。
……まぁ、普通、そうするよな。
北ヴィエートフィ大橋の守備隊が魔獣を引き受け、車を逃した。
後日、何者かの手によって、モースト市を踏み荒らした火の雄牛の蹄を映した写真が、インターネット上に公開された。その大きさから、かなり力をつけた個体だとわかる。
兵士が負傷し、血の臭いを嗅ぎつけた別の魔獣、巨翼の顎の群が飛来した。
守備隊は近隣の部隊に応援要請を出した。
翌日まで掛かって、何とか全ての魔獣を倒せたらしいが、橋頭堡と大橋を塞ぐ鉄扉、商店が破壊され、大橋の守備隊は壊滅、応援に駆け付けた部隊も多数の死傷者を出す惨事となった。
……巨翼の顎はやっぱり、こっちの街の死体を食って育った魔物とかを食って、大きくなったから……かな?
確証はないが、ルベルにはそんな気がしてならなかった。
巨翼の顎は、鷲に似た大型の魔獣で、死肉は食べない。基本的に森林や山岳地帯に棲み、単独で他の魔物や魔獣を捕食する。餌が足りなくなると群を作って平野部に飛来し、家畜など、この世の動物を襲うことがある。
「おい、ルベル、起きてるか?」
「ん? うん。ちょっとさっきの、考えてたんだ」
「どう思う?」
「育ち過ぎた魔獣が越境しただけじゃないのか?」
北ヴィエートフィ大橋の守備隊は気の毒だと思うが、今更、錬度不足を嘆いても仕方がない。半世紀の内乱で多くの兵力が失われたが、あれから三十年も経つ。魔装兵ルベルら、戦後生まれの軍人も育成が進んだ。
「橋が目印になるし、見るだけ見てくれよ」
「何でそんなこだわるんだよ」
「これまで、そんなコトなかったのに、妙だと思わないか?」
「妙?」
「魔獣には、人間が決めた国境は関係ないけど、縄張りってモンがあるだろ」
「でも、巨翼の顎は餌が足りなくなったら、割と移動するだろ」
「あいつらは羽があるからな。そうじゃなくて、火の雄牛だよ」
相棒のムラークは、もどかしそうに身じろぎした。【簡易結界】の外は夜の森。木々に星明かりが遮られ、鼻をつままれてもわからない程の闇に塗り込められる。
魔装兵ルベルはじっと目を凝らすが、森には雑妖が一匹も見えなかった。
……やっぱり、こんな人里離れた山林に居ないなんて、不自然だよな。
「火の雄牛が橋の駐屯地に行ったのは、車を追いかけてたからじゃないのか?」
「そんならもっと早くに通行規制なりなんなり……って言うか、森に道を通す工事の段階で襲われてなきゃおかしいだろ」
「確かに、縄張りを全力で荒らすワケだしな」
魔装兵ルベルは、闇に溶け込むムラークに顔を向けて頷いた。相棒が何を言わんとするか気付き、魔哮砲が移動した距離に驚く。ああ見えて、動きは速いらしい。
「“目標”に追いやられて、火の雄牛の方が道に逃げて、手っ取り早く魔力を補充するのに車を襲ったって言うのか?」
「推測の域を出ないから、明日、お前の【索敵】で見てもらいたいんだ」
「最初からそう言えよ」
「何て説明すればいいか、考えがまとまらなかったんだ」
「うん、まぁ、わかったよ。日が昇ったら見てみる」
片方は見張りに起き、二人は交代で眠った。
☆封印された魔法生物と共に見つかった古文書……「0247.紛糾する議論」「0248.継続か廃止か」参照
☆ミサイルで魔哮砲を乗せた防空艦レッススを沈められ……「0274.失われた兵器」参照
☆魔哮砲と使い魔の契約を結んだ操手……「0227.魔獣の討伐隊」参照
☆ラクリマリス王国のモースト市が、魔物の群に襲われた……「0299.道を塞ぐ魔獣」~「0301.橋の上の一日」「0302.無人の橋頭堡」「0303.ネットの圏外」参照




