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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第十七章 歩み

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402/3502

0395.魔獣側の事情

 魔装兵ルベルが上官から与えられた情報では、捜索を命じられた魔哮砲(まこうほう)は、雑妖を餌とする魔法生物だ。


 封印された魔法生物と共に見つかった古文書によれば、雑妖を「掃除」する為に開発されたモノらしい。古文書はその研究日誌だ。

 どんな隙間にも入り込める柔軟で不定形な体。雑妖を喰らい、魔力に変えて身の内に蓄える。

 食べた雑妖を魔力に変換する為、維持には、従来の魔法生物のように莫大な魔力を必要としない。力ある民なら、誰でも気軽に使える画期的な個体だ。

 規制に従い、使い魔の契約をするまでは目覚めず、繁殖力も付与されなかった。

 国際条約による規制は、三界の魔物の惨禍を再び招かぬよう、魔道士の国際機関「霊性の翼団」が定め、全ての魔法文明国で遵守(じゅんしゅ)される。


 それが通った跡は雑妖の発生が抑えられ、数カ月から一年程度、効果が持続すると言う。だが、日が射さず、(けが)れが生じやすい場所なら、抑制期間は短くなる。


 印歴二一九一年五月、アーテル軍のミサイルで魔哮砲を乗せた防空艦レッススを沈められ、今はもう七月の終わりだ。

 魔装兵ルベルは、その瞬間を【索敵】の眼で目撃。司令部から何度も、当時の状況を繰り返し説明させられ、飽き飽きした。

 司令部からは、魔哮砲に関する情報を小出しに与えられたが、ルベルがその全てを知ったとは思えない。


 魔哮砲が通った跡には、しばらく雑妖が生じない件も、今朝、聞いたばかりだ。少しの情報でみつかればそれでよし。みつからないから、渋々小出しにしたのがよくわかる。

 魔哮砲と使い魔の契約を結んだ操手は、あの攻撃で防空艦レッスス諸共、ラキュス湖に沈んだ。遺体は魔物や魔獣に食われ、回収できなかった。

 (あるじ)を失った魔哮砲がどんな行動をとるか、全く予測がつかず、未だに行方を掴めない。


 多くの魔法生物がそうであるように、魔哮砲も、物理攻撃が通用しない。アーテル軍が放ったミサイルでは、魔哮砲に傷ひとつ付けられないのだ。



 ムラークがポツリと言った。

 「あのニュース、ホントなのかな?」

 「……時間経ってるから、確かめられんだろう」

 「そうかな? 明日、ちょっと見てくれないか?」

 「見てどうするんだよ?」

 「確認。時間経ってるったって、ほんの二カ月くらいじゃないか」

 そう言われて、魔装兵ルベルは改めて、司令部から与えられた情報を思い起こした。


 二カ月程前、ラクリマリス王国のモースト市が、魔物の群に襲われた。

 モースト「市」の名称は残るが、半世紀の内乱の激戦で街は壊滅し、北ヴィエートフィ大橋は落とされた。内乱終結後、大橋は再建されたが、アーテル共和国が断交を宣言した為、かつては交通の要衝として栄えた街に人が戻らなかった。


 現在は橋の守備隊が常駐し、兵相手の食堂や商店が細々と営業するだけの「村」だ。商人たちは、夕方には近隣の街へ引き揚げる為、一般の住民は居ない。実質的にラクリマリス軍の駐屯地だ。


 その駐屯地に魔獣……火の雄牛が現れた。新しく開通した道路を通行する一般車両が襲われ、軍に助けを求めて逃げ込んだらしい。


 ……まぁ、普通、そうするよな。


 北ヴィエートフィ大橋の守備隊が魔獣を引き受け、車を逃した。

 後日、何者かの手によって、モースト市を踏み荒らした火の雄牛の蹄を映した写真が、インターネット上に公開された。その大きさから、かなり力をつけた個体だとわかる。


 兵士が負傷し、血の臭いを嗅ぎつけた別の魔獣、巨翼(きょよく)(あぎと)の群が飛来した。

 守備隊は近隣の部隊に応援要請を出した。

 翌日まで掛かって、何とか全ての魔獣を倒せたらしいが、橋頭堡(きょうとうほ)と大橋を(ふさ)ぐ鉄扉、商店が破壊され、大橋の守備隊は壊滅、応援に駆け付けた部隊も多数の死傷者を出す惨事となった。


 ……巨翼の顎はやっぱり、こっちの街の死体を食って育った魔物とかを食って、大きくなったから……かな?


 確証はないが、ルベルにはそんな気がしてならなかった。

 巨翼(きょよく)(あぎと)は、(ワシ)に似た大型の魔獣で、死肉は食べない。基本的に森林や山岳地帯に棲み、単独で他の魔物や魔獣を捕食する。餌が足りなくなると群を作って平野部に飛来し、家畜など、この世の動物を襲うことがある。



 「おい、ルベル、起きてるか?」

 「ん? うん。ちょっとさっきの、考えてたんだ」

 「どう思う?」

 「育ち過ぎた魔獣が越境しただけじゃないのか?」


 北ヴィエートフィ大橋の守備隊は気の毒だと思うが、今更、錬度不足を嘆いても仕方がない。半世紀の内乱で多くの兵力が失われたが、あれから三十年も経つ。魔装兵ルベルら、戦後生まれの軍人も育成が進んだ。


 「橋が目印になるし、見るだけ見てくれよ」

 「何でそんなこだわるんだよ」

 「これまで、そんなコトなかったのに、妙だと思わないか?」

 「妙?」

 「魔獣には、人間が決めた国境は関係ないけど、縄張りってモンがあるだろ」

 「でも、巨翼(きょよく)(あぎと)は餌が足りなくなったら、割と移動するだろ」

 「あいつらは羽があるからな。そうじゃなくて、火の雄牛だよ」


 相棒のムラークは、もどかしそうに身じろぎした。【簡易結界】の外は夜の森。木々に星明かりが遮られ、鼻をつままれてもわからない程の闇に塗り込められる。

 魔装兵ルベルはじっと目を凝らすが、森には雑妖が一匹も見えなかった。


 ……やっぱり、こんな人里離れた山林に居ないなんて、不自然だよな。


 「火の雄牛が橋の駐屯地に行ったのは、車を追いかけてたからじゃないのか?」

 「そんならもっと早くに通行規制なりなんなり……って言うか、森に道を通す工事の段階で襲われてなきゃおかしいだろ」

 「確かに、縄張りを全力で荒らすワケだしな」


 魔装兵ルベルは、闇に溶け込むムラークに顔を向けて頷いた。相棒が何を言わんとするか気付き、魔哮砲が移動した距離に驚く。ああ見えて、動きは速いらしい。


 「“目標”に追いやられて、火の雄牛の方が道に逃げて、手っ取り早く魔力を補充するのに車を襲ったって言うのか?」

 「推測の域を出ないから、明日、お前の【索敵】で見てもらいたいんだ」

 「最初からそう言えよ」

 「何て説明すればいいか、考えがまとまらなかったんだ」

 「うん、まぁ、わかったよ。日が昇ったら見てみる」

 片方は見張りに起き、二人は交代で眠った。

☆封印された魔法生物と共に見つかった古文書……「0247.紛糾する議論」「0248.継続か廃止か」参照

☆ミサイルで魔哮砲を乗せた防空艦レッススを沈められ……「0274.失われた兵器」参照

☆魔哮砲と使い魔の契約を結んだ操手……「0227.魔獣の討伐隊」参照

☆ラクリマリス王国のモースト市が、魔物の群に襲われた……「0299.道を塞ぐ魔獣」~「0301.橋の上の一日」「0302.無人の橋頭堡」「0303.ネットの圏外」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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