0040.飯と危険情報
湖の民の癒し手から教えられた通り、鉄鋼公園のグラウンドには、軍のトラックが一台、停まっていた。
昨日の昼食以降、何も食べていない。
水だけで空腹を紛らわせた子らは、期待に満ちた顔でトラックに駆け寄った。
「あ、あの! ここに! 食べ物が! あるって聞いたんですけどッ!」
息を弾ませながら、男子生徒が聞いた。
兵士たちは、駆け寄った子供らを見回し、荷台に居る兵に声を掛けた。
「後、何人分残ってる?」
「三パックだ」
「全然、足りんな」
荷台の兵が、残りを持って飛び下りた。
「三食分が三パック。九食分ある。君ら、何人だ?」
子供らは顔を見合わせた。
男子中学生六人、女子中学生八人、小学生二人、成人男性一人。合わせて十七人も居る。
「それって、堅パンですよね? じゃ、半分に割れば、十八個になるし……」
女子生徒の一人が、兵士の手元を見て言った。
男子生徒が言葉を被せる。
「余りは兄ちゃん食ってくれよ。魔法使いの兄ちゃんが居なきゃ、俺ら全員、生きてなかったし」
「えっ? でも……」
全員、同じようにひもじい筈だ。
「兵隊さん、あの、スカラー中学って、今、どうなってるんですか?」
クルィーロが戸惑っていると、別の女子生徒が震える声で兵士に聞いた。
兵士は、少女から目を逸らしながら答えた。
「……燃えたらしい」
大方の予想はついていた。それでも、生徒たちの動揺は抑えようもなく大きい。
女子生徒の一人が大粒の涙を零すと、それを慰めようとした数人も、言葉が続かず泣き出した。男子生徒が歯を食いしばって東を見詰める。
クルィーロは、泣き崩れる中学生を促し、兵士に会釈してグラウンドの片隅へ向かった。
「ま、まぁ、腹減ってると、ロクなコト考えねーからさ、取敢えず、みんなでこれ食おう」
そうは言っても、クルィーロ自身、彼らについて今後の宛がある訳ではない。
自分と妹のアマナは、両親が確実に生きている分、マシだ。
両親はあの時間、スカラー区の自宅には居なかった。
父はネモラリス島にある首都クレーヴェルに出張中。
母は隣のマスリーナ市の会社で働き、毎日バス通勤している。昨夜はきっと、会社の宿直室にでも泊めてもらっただろう。
家とクルィーロの勤務先は燃えてしまった。
不安がないと言えば嘘になるが、たった四人の家族が、一人も欠けることなく無事なのは幸いだった。
両親は二人とも孤児だ。
ネモラリス島出身だが、血筋的にほぼ他人の遠縁に引き取られ、ネーニア島に引越したらしい。
半世紀の内乱中、身寄りを亡くした人は多い。ほんの一日で、両親の世代と同じ境遇の子供たちが増えてしまった。
……この子たち、親はムリでも、親戚が一人くらい生き残ってればいいんだけどな。
大人の掌大の堅パンを、中央の線に沿って割って配った。
厚みも掌と同じくらいあり、一枚でもそれなりに腹が膨れる。カロリーと塩分補給の為、やたら甘いのにしょっぱい。
各自、水筒に汲んだ水でそれを流し込む。
クルィーロは堅パンを半分食べ、妹に水を一口だけもらって飲み下した。残り半分は包み直して、ツナギのポケットに押し込む。
先程の癒し手が近付いてきた。
「あなたたち、これから行く宛はあるの?」
「あ、いえ……特には……こっちの姉妹は、この公園で家族と待ち合わせしてるんで、待つ予定です。他は……」
クルィーロはそこで言葉を切り、中学生たちを見回した。
「誰か、宛のある奴、居るか? 遠慮しなくていいぞ。明るい内に動いた方がいいから」
誰も答えず、微かに首を横に振るだけだ。
風が吹き、癒し手の緑色の髪がふわりと揺れる。
「あなたたち、力なき民なのね? テロリストもそうだから、きっと今頃は【魔道士の涙】を拾いに行ってる筈よ。内戦の時、そうだったから」
……この人、長命人種なのか。
クルィーロは、どう見ても年下にしか見えない湖の民を改めて見た。
第一印象は「中学生くらいの女の子」だが、よく見れば、確かに、表情や視線は大人のそれだった。薄手のコートには【耐寒】や【魔除け】の呪文と呪印の刺繍がある。
「……家族を捜しに行ったら、そいつらと鉢合わせするかもってコトですか?」
「そうよ。それに、さっき警察の人たちが話すのを聞いたんだけど、テロリストは焼けなかった地区に侵入して、昨日の夜は窓を割ったりして不法侵入した民家で過ごしてたらしいの」
「うぉッ! やっべッ! 俺ら、昨日、ガレージ借りてたんスよ」
男子中学生が驚いて声を上げる。
家人に警戒されないよう、女子小学生に声を掛けさせた。
家人ではなく、テロリストが居たら、とクルィーロは肝が冷えた。青褪めたアマナの手を握り締める。
「そうやって潜伏してたテロリストが、何人か捕まったんだけど、まだまだ大勢居るみたいだから、焼けてない所を通る時も、気を付けて」
子供らは強張った顔で頷いた。
「えっと、あの、じゃあ、どうすれば……」
女子生徒が震える声を絞り出した。
湖の民の癒し手は、子供たちを見回して答える。
「移動するなら夜の方が安全よ。弱い魔物や雑妖なら、【魔除け】で何とかなるもの。私の家族は漁師なの。多分、船で湖に避難してると思うから、夕方になったら湖へ行くつもりなんだけど……一緒に様子を見に行きたい子、居る?」
子供たちが互いに顔を見合わせる。
女子中学生が、おずおず質問した。
「あの、お姉さん、どんな術が使えますか?」
湖の民の女性は、枝に留まる梟の首飾りを指でいじりながら答えた。
「薬師だからお薬を作る【思考する梟】、それと怪我を治す【青き片翼】、魚を獲る【漁る伽藍鳥】と、後は普通に【霊性の鳩】。まぁ、どれも少しずつだし、魔物と直接戦える術は知らないけど、運河か湖に出れば食べ物は何とかなるわ」
最後の一言で心を決めたのか、子供たちの表情が少し明るくなった。




