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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第十七章 歩み

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0392.根の天日干し

 薬師(くすし)アウェッラーナは薬草の根を干しに庭へ出る。書斎に寄り、呪医セプテントリオーに声を掛けた。

 「すみません、古新聞、少し分けていただけませんか?」

 「どうぞ。そこに積んであるのは終わっていますから、ご自由にお使い下さい」

 呪医セプテントリオーは、戸のすぐ横を指差した。

 新聞は、老婦人シルヴァが数日に一回、食糧などと一緒に持って来る。必要な記事を切抜いてスクラップブックを作るのだ。

 今も、ローテーブルは作業途中の新聞で散らかる。


 「何か、お手伝いしましょうか?」

 記事を台紙に貼付け、ファーキルがソファから腰を上げる。薬師アウェッラーナは遠慮して断った。

 「蔓草(つるくさ)の根っこを天日干しするだけなんで」

 「私の方は構いませんから、どうぞ」

 呪医が強い口調で遮った。アウェッラーナが驚くと、ファーキルは戸口から古新聞の束を拾い上げ、さっさと廊下に出た。


 ……まぁ、作業自体は簡単だし、すぐ終わるから気分転換にいいかもね。


 気を取り直した薬師(くすし)アウェッラーナは、それ以上断らず、ラクリマリス人の少年ファーキルと一緒に庭へ出た。

 黄色い薔薇が咲く花壇へ行き、石畳の遊歩道に新聞紙を広げて重石(おもし)を置く。外で作業しても、やはり臭い。


 「これ、何の薬になるんですか?」

 ファーキルは、手伝いを申し出たことを少し後悔したように苦笑しながらも、新聞紙の上に蔓草の根を並べる作業の手を休めない。

 薬師アウェッラーナは、クルィーロにしたのと同じ説明を繰り返し、呪符屋が寄越した一覧の内容も付け加えた。


 「根っこだけだと、乾燥重量で十キロ、腎臓のお薬にすれば、百回分でいいそうですけど、アルコールとか、他の素材が足りません。秋になる実は(あかぎれ)のお薬になりますけど、そっちは無塩バターかラードが要るんですよ」

 「何か、気が遠くなりそうですね」

 根を並べる作業を終え、ファーキルが嘆息する。


 「簡単に採れる素材は、その分、量がたくさん要るんですよ」

 「あー……」

 ファーキルは立ち上がって周囲を見回した。庭に居るのは、薬師アウェッラーナとファーキルの二人だけだ。

 今日も天気が良く、この分ならお茶の時間には充分、乾くだろう。根を日に晒すことで、新たな薬効成分が生成されるのだ。


 ……お茶の時間の前に、裏返すのを忘れないようにしなきゃね。


 ファーキルのTシャツが汗に濡れているのに気付いた。アウェッラーナの服には【耐寒】や【耐暑】などちょっとした防禦の術がある為、今日がどのくらい暑いかわからない。

 「暑いのに、有難うございました。入りましょう」

 「……ちょっとだけ、いいですか?」

 「何ですか?」

 ファーキルは答えず、門へ向かった。何か結界の外に用があるのかと思い、ついて行く。森で鳴く蝉の声が響き、耳鳴りに似た音が頭の中で反響した。


 「ファーキルさん、外へ出たいんですか?」

 「それは、もう少し後で……えっと、昨日、カルダフストヴォー市で爆弾テロがありました」

 「えッ……!」

 言葉を失うアウェッラーナに、ファーキルは昨日の出来事を説明する。背中に冷たい汗が伝った。

 キルクルス教原理主義団体「星の(しるべ)」は、平和な頃からラジオのニュースで何度も耳にした国際テロ組織だ。


 ……戦争中なのに、自分の国でテロを起こすなんて。


 彼らが何を考えてそんなことをするのか、全く理解できない。

 「だから、この島も全然、安全じゃないんです」

 アウェッラーナが頷くと、ファーキルは目に力を籠めて言った。

 「もし、何かあったら、アウェッラーナさん一人でも【跳躍】で逃げて下さい」

 「えッ……! でも、そんな」

 みんなを見捨てて逃げろと言われ、アウェッラーナは頭の中が真っ白になった。


 「今のところ……と言うか、過去にもずっと、カルダフストヴォー市の大橋に近い地区は、テロに遭ってて、街の人たちはすっかり慣れてて、またかって感じでした」

 建物や力なき民が着る服の防護は、しっかりしているのだろう。それはそれで、イヤな状況だ。


 「もし、ここを出なきゃならなくなって、あの街に行くんだったら、駐車場が南ヴィエートフィ大橋の近くにしかないんで」

 「えっと……それは、どうして?」

 何とか絞り出した問いに、ファーキルはアウェッラーナの意図とは別の解釈をして答えた。

 「島の人は、魔法使いが多いんで、あんまり車持ってないんですよ。地図で見たら、バスやトラック用の駐車場って南の地区しかないし、車もあんまり走ってないし、路上駐車は危なそうだし」

 「そ、そう……」


 女の子たちと運転手メドヴェージは、別室でそれぞれ服作りと蔓草細工をする。万が一でも、何かの用で廊下に出てきたみんなに聞かれたくなくて、外の作業を手伝うと言ったのだろう。

 昨日、ファーキルと一緒に街へ行った呪医セプテントリオーも、多分そのつもりだ。


 ……だから、あんな追い出すみたいに言ったのね。


 「みんなを助けたいって思うかも知れませんけど、医療系の魔法が使える人が一人でも生き残れば、その分、助かる命が増えるんです。だから、もし、何かあったら、全力で逃げて下さい。お願いします」


 薬師(くすし)アウェッラーナは、頭を下げるファーキルに返す言葉がみつからなかった。

☆昨日、カルダフストヴォー市で爆弾テロ……「0386.テロに慣れる」参照

☆星の標/平和な頃からラジオのニュース……「0005.通勤の上り坂」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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