0392.根の天日干し
薬師アウェッラーナは薬草の根を干しに庭へ出る。書斎に寄り、呪医セプテントリオーに声を掛けた。
「すみません、古新聞、少し分けていただけませんか?」
「どうぞ。そこに積んであるのは終わっていますから、ご自由にお使い下さい」
呪医セプテントリオーは、戸のすぐ横を指差した。
新聞は、老婦人シルヴァが数日に一回、食糧などと一緒に持って来る。必要な記事を切抜いてスクラップブックを作るのだ。
今も、ローテーブルは作業途中の新聞で散らかる。
「何か、お手伝いしましょうか?」
記事を台紙に貼付け、ファーキルがソファから腰を上げる。薬師アウェッラーナは遠慮して断った。
「蔓草の根っこを天日干しするだけなんで」
「私の方は構いませんから、どうぞ」
呪医が強い口調で遮った。アウェッラーナが驚くと、ファーキルは戸口から古新聞の束を拾い上げ、さっさと廊下に出た。
……まぁ、作業自体は簡単だし、すぐ終わるから気分転換にいいかもね。
気を取り直した薬師アウェッラーナは、それ以上断らず、ラクリマリス人の少年ファーキルと一緒に庭へ出た。
黄色い薔薇が咲く花壇へ行き、石畳の遊歩道に新聞紙を広げて重石を置く。外で作業しても、やはり臭い。
「これ、何の薬になるんですか?」
ファーキルは、手伝いを申し出たことを少し後悔したように苦笑しながらも、新聞紙の上に蔓草の根を並べる作業の手を休めない。
薬師アウェッラーナは、クルィーロにしたのと同じ説明を繰り返し、呪符屋が寄越した一覧の内容も付け加えた。
「根っこだけだと、乾燥重量で十キロ、腎臓のお薬にすれば、百回分でいいそうですけど、アルコールとか、他の素材が足りません。秋になる実は皸のお薬になりますけど、そっちは無塩バターかラードが要るんですよ」
「何か、気が遠くなりそうですね」
根を並べる作業を終え、ファーキルが嘆息する。
「簡単に採れる素材は、その分、量がたくさん要るんですよ」
「あー……」
ファーキルは立ち上がって周囲を見回した。庭に居るのは、薬師アウェッラーナとファーキルの二人だけだ。
今日も天気が良く、この分ならお茶の時間には充分、乾くだろう。根を日に晒すことで、新たな薬効成分が生成されるのだ。
……お茶の時間の前に、裏返すのを忘れないようにしなきゃね。
ファーキルのTシャツが汗に濡れているのに気付いた。アウェッラーナの服には【耐寒】や【耐暑】などちょっとした防禦の術がある為、今日がどのくらい暑いかわからない。
「暑いのに、有難うございました。入りましょう」
「……ちょっとだけ、いいですか?」
「何ですか?」
ファーキルは答えず、門へ向かった。何か結界の外に用があるのかと思い、ついて行く。森で鳴く蝉の声が響き、耳鳴りに似た音が頭の中で反響した。
「ファーキルさん、外へ出たいんですか?」
「それは、もう少し後で……えっと、昨日、カルダフストヴォー市で爆弾テロがありました」
「えッ……!」
言葉を失うアウェッラーナに、ファーキルは昨日の出来事を説明する。背中に冷たい汗が伝った。
キルクルス教原理主義団体「星の標」は、平和な頃からラジオのニュースで何度も耳にした国際テロ組織だ。
……戦争中なのに、自分の国でテロを起こすなんて。
彼らが何を考えてそんなことをするのか、全く理解できない。
「だから、この島も全然、安全じゃないんです」
アウェッラーナが頷くと、ファーキルは目に力を籠めて言った。
「もし、何かあったら、アウェッラーナさん一人でも【跳躍】で逃げて下さい」
「えッ……! でも、そんな」
みんなを見捨てて逃げろと言われ、アウェッラーナは頭の中が真っ白になった。
「今のところ……と言うか、過去にもずっと、カルダフストヴォー市の大橋に近い地区は、テロに遭ってて、街の人たちはすっかり慣れてて、またかって感じでした」
建物や力なき民が着る服の防護は、しっかりしているのだろう。それはそれで、イヤな状況だ。
「もし、ここを出なきゃならなくなって、あの街に行くんだったら、駐車場が南ヴィエートフィ大橋の近くにしかないんで」
「えっと……それは、どうして?」
何とか絞り出した問いに、ファーキルはアウェッラーナの意図とは別の解釈をして答えた。
「島の人は、魔法使いが多いんで、あんまり車持ってないんですよ。地図で見たら、バスやトラック用の駐車場って南の地区しかないし、車もあんまり走ってないし、路上駐車は危なそうだし」
「そ、そう……」
女の子たちと運転手メドヴェージは、別室でそれぞれ服作りと蔓草細工をする。万が一でも、何かの用で廊下に出てきたみんなに聞かれたくなくて、外の作業を手伝うと言ったのだろう。
昨日、ファーキルと一緒に街へ行った呪医セプテントリオーも、多分そのつもりだ。
……だから、あんな追い出すみたいに言ったのね。
「みんなを助けたいって思うかも知れませんけど、医療系の魔法が使える人が一人でも生き残れば、その分、助かる命が増えるんです。だから、もし、何かあったら、全力で逃げて下さい。お願いします」
薬師アウェッラーナは、頭を下げるファーキルに返す言葉がみつからなかった。
☆昨日、カルダフストヴォー市で爆弾テロ……「0386.テロに慣れる」参照
☆星の標/平和な頃からラジオのニュース……「0005.通勤の上り坂」参照




