0390.部隊の再編成
ソルニャーク隊長が向かいの部屋に引っ込むと、質問が飛んだ。
「準備って、何と何を持って行くんだ?」
「歩くのも稽古が要んのか?」
「これ持って、どうやって歩くんだ?」
少年兵モーフは面食らったが、ひとつひとつに答えた。
「装備の重さに慣れる訓練だから、服は今のままでヘルメット被って、タクティカルベストの水筒に水入れて、素材入れる袋と銃持って……そんくらいかな? 歩き方は隊長が教えてくれると思う」
ここにあるタクティカルベストは、スナップボタンやベルトでポケットの着脱が簡単だ。状況に応じて装備を組換えやすいが、防御力はほぼない。
普通の服に防弾ベストを重ね着した上から、タクティカルベストを着てポケットを付け足し、弾薬などを詰めた。
バタバタ準備を整え、廊下に整列する。点呼して全員揃ったのを確認すると、ソルニャーク隊長は部隊の編成を発表した。
「二十二人居るが、職人三人と葬儀屋は後方支援だ。作戦部隊には加えない。残る十八人を二手に分ける」
ソルニャーク隊長の部隊には、高校生のロークと陸の民の魔法戦士パーリトル、湖の民の魔法戦士ジャーニトル、常識レベルの簡単な魔法が多い【霊性の鳩】学派の湖の民と、力なき民のおっさん四人。
少年兵モーフは、魔法戦士オリョールの隊に入れられた。陸の民の魔法戦士ウルトール、【霊性の鳩】学派のクリューヴと、同じく湖の民、残る四人は力なき民のおっさん連中と言う編成だ。
「俺も、前線に出るんですか?」
昨日、自ら後方支援を申し出たクリューヴが、不安な面持ちでソルニャーク隊長に聞く。隊長は簡潔に理由を述べた。
「魔法使いは貴重な戦力だ」
ソルニャーク隊長は、みんなを見回して続けた。
「先程、オリョールさんとも話し合ったが、【霊性の鳩】の術も使い方次第で戦える。銃の訓練をしっかり積み、防具を彼らの術で補強すれば、攻撃力と生存率は上がる」
「は……はぁ……そうですか。じゃあ、みんなの足、引っ張らないように頑張ります」
クリューヴの気弱な返事を笑う者は一人も居なかった。
廃ビルの外へ出た途端、午後の陽射しがヘルメットを炙る。ソルニャーク隊長の指示通り、二隊に分かれて整列した。
副隊長、隊長、手榴弾係、魔法使い、自動小銃を持った力なき民、魔法使い、機関銃手と言う配置だ。副隊長には、単独でも戦える者が選ばれた。
ソルニャーク隊長の部隊は、魔法戦士パーリトルを先頭に、ソルニャーク隊長、ローク、湖の民の後に力なき民が三人続き、湖の民の魔法戦士ジャーニトル、殿が力なき民の機関銃手。
魔法戦士オリョールの隊は、少年兵モーフが先頭で、オリョール隊長、髭面の力なき民、クリューヴ、力なき民二人、湖の民、魔法戦士ウルトール、殿は同じく、力なき民の機関銃手だ。
ただでさえ重い防弾ベストの上から、弾丸カートリッジと手榴弾、水を入れた水筒、魔法の傷薬の容器を詰めたタクティカルベストを着る。防弾ベストは新しい型ならある程度の物を入れられるが、ここにあるのはポケットなしの型ばかりで、重ね着するしかない。
銃はずっしり重く、ヘルメットもそれなりの重量だ。
……あの作戦の時、防弾ベスト足りなくてよかったかもな。
少年兵モーフは、あの冬の日のゼルノー市襲撃作戦を思い出し、うんざりした。こんな重い物を着て走り回るなど、ご免蒙りたい。
隊列を組み、北ザカート市の廃墟を歩く。
夏の陽射しが容赦なく建物の残骸を炙り、濃い影を落とした。瓦礫の闇に雑妖が蠢き、こちらを窺う。
廃ビルの涼しさに慣れた身体が、暑さに悲鳴を上げる。
武闘派ゲリラの魔法使いたちの服にも、薬師アウェッラーナの服と同じ魔法があるのか、涼しい顔だ。力なき民は、道を埋める瓦礫を乗り越えて歩くだけで、あっという間に汗だくになった。
足場は悪いが、手は銃で塞がる。歩く度に足下に白い埃が舞い上がった。転ばないよう、慎重に足を運ぶ。
背中が汗でぐっしょり濡れ、手袋の中が蒸れて不快だが、脱ぐ訳にも行かず、みんな無言で歩いた。
時折吹く風に焼け焦げた看板がガタガタ揺れる。その下に射し込んだ光を浴び、雑妖が声もなく消えた。
ソルニャーク隊長が定期的に振り向き、一番装備が重くて遅れがちな機関銃手二人を待つ。
魔法使いが近付くと雑妖は逃げるが、影に入って休まず、市壁の外まで黙々と進軍した。
東側の市壁は、アーテル軍の空襲でも破壊されず、完全な形で残る。
瓦礫に埋もれた道路を通り、ひしゃげた門扉を抜けて荒れ地に出た。森からの風が、汗で塩が浮く頬を撫でる。木々の息吹を含んだ涼しい風に誰もがホッとした。
「少し休もう」
市壁から五十メートル程離れた平地で、やっと停止命令が出た。
みんなその場にどっかり腰を降ろす。日射しを遮る物は何もないが、銃を降ろしてヘルメットと手袋を脱げるだけでも、有難かった。汗に濡れた髪を風が乾かす。
魔法使いたちも、装備の重さに汗を掻いてへたばるが、ソルニャーク隊長は唯一人、平気な顔だ。
「今、飲むのは水筒の半分までにしておけ。帰りに困るぞ」
ガブ飲みしたみんなが、ソルニャーク隊長の声にギョッとして口を離す。
「あー……まぁ、飲んじまった分は、草から水抜きすればいい」
湖の民の魔法戦士ジャーニトルが言うと、みんなの肩から力が抜けた。
青空を白い綿雲がゆっくり流れて行く。埃っぽく、雑妖がそこかしこに屯する廃墟と違い、瑞々しい生命力に溢れた夏草の上は、居るだけで活力が漲る気がした。
「あー……だりー」
「動く気になれんな」
あちこちから漏れる声にソルニャーク隊長が苦笑する。
「この装備で走れなければ、実戦では使い物にならんぞ」
「職人の準備が整えば、魔法使いの装備は少しだけ軽くなるけどな」
オリョールが気休めを言うが、魔法使いは半数にも満たない。力なき民の少年兵モーフたちは、どの途、この重さに慣れるしかないのだ。諦めの溜め息が漏れた。
二十分ばかり休憩し、装備を着け直して素材集めに取り掛かる。
少年兵モーフは、虫綿が付いた傷薬の薬草を摘んだ。休憩中、少し塩を舐めたお陰か、身体に力が戻った。
魔法戦士ウルトールが茂みの雑妖を祓い、絡まった蔓草を根ごと引き抜いた。
「何の薬か忘れたけど、この細くて真ん中だけ赤くて白い花が咲いてる蔓草は、根っこと実が薬になるぞ」
少年兵モーフとロークも、地面を這う蔓草の内、白い筒型の花を咲かせたものを引き抜いた。筒の中心が赤く、何とも言い難い悪臭を放つ。
……こんな臭ぇのが薬になんのかよ。
信じられない思いで袋に捻じ込む。薬師アウェッラーナなら何の薬になるか知っているだろう。
「この花、拠点の近くにもあったよね」
ロークに聞かれ、曖昧に頷く。あの森にあったかどうか、少年兵モーフはよく覚えていない。
本当に薬草なら、後でメドヴェージに言って採ってもらおう、とぼんやり考えながら引っこ抜く。湿った土の匂いと草本体の悪臭が混じった。
一時間程、素材集めして、廃墟の拠点に戻った時は、すっかり日が暮れてしまった。帰りはみんなの足が重く、行きより時間が掛かったからだ。
少年兵モーフたちは装備を外し、代わりにさっき採った素材を受け取った。
葬儀屋のおっさん、武器職人、呪符職人、クリューヴにランテルナ島の拠点まで送ってもらう。
「俺も今夜、こっちで休ませてもらっていいですか?」
へとへとになったクリューヴが、消え入りそうな声で言った。武器職人と呪符職人が顔を見合わせ、ソルニャーク隊長に言問い顔を向ける。
「構わんだろう」
玄関が開き、呪医セプテントリオーとピナたちが出てきた。ピナと小さな妹が、少年兵モーフの横をすり抜け、泣きそうな顔で兄貴に飛びつく。
市民病院のセンセイがみんなを労い、井戸水を起ち上げて洗ってくれた。
☆自ら後方支援を申し出たクリューヴ……「0368.装備の仕分け」参照




