0389.発信機を発見
「最初、どっかこの辺の横についてたと思うんだが、右か左か忘れちまって」
「あ、それ、こっちにもありましたよ」
隣でアサルトライフルを組立てるロークが、ひょいと覗いて自分の分を見せる。丸くて小さい。ネジの頭を一回り大きくしたような金属部品だ。底が磁石で、鉄製の部分にくっつく。
「何だこりゃ?」
少年兵モーフが首を傾げると、拳銃を組立て終えたピナの兄貴も見に来た。
「それってもしかして、発信機……じゃないかな?」
スパイ映画で似たような物を見たことがあると言う。ロークがギョッとして、叫ぶように聞いた。
「他の銃には付いてませんでしたかッ?」
みんな改めて自分の銃を見る。
武闘派ゲリラの一人が向かいの部屋に駆け込み、ソルニャーク隊長たちに発信機の件を報告する。
ソルニャーク隊長と職人二人、オリョールと名乗った若い男が血相を変えて入ってきた。報告したおっさんは、その後ろでおろおろする。
「モーフ、こちらの銃にはなかった。他はなかったか?」
「はい。もう一回、調べたッスけど、なかったッス」
「残りの銃も調べて来る」
隊長と職人が武器庫へ走った。残ったオリョールが、苦々しく吐き捨てる。
「前にわざと発信機付きの武器を掴まされて、拠点を潰されたんだ」
「じゃあ、ここも危ないんスか?」
「いや、支援者に調べてもらったら、電波が届く範囲は限られてるってわかったんだ。ここなら多分、届かない。その為に拠点を移したんだから」
少年兵モーフは、発信機の電波が届く範囲がどのくらいか知らない。アーテル領の北端はランテルナ島で、間にはラキュス湖とラクリマリス王国領、クブルム山脈が挟まる。
それに、この拠点がある北ザカート市の港には、ネモラリス共和国の正規軍が駐屯し、アーテル軍が来ても迎撃してくれる。廃墟でさえなければ、かなりいい所だと思えた。
「予備の銃にも四つあった」
ソルニャーク隊長たちと一緒に力ある民のゲリラも入ってきた。
三人とも、オリョールと同じ大人の掌くらいの徽章を首から提げる。【急降下する鷲】学派。魔法戦士の証だ。
魔法使いの徽章は何千年も昔、三界の魔物との戦いの時代、誰が何の術が得意かわかりやすくする為にこの大きさになった、と教えてもらった。
昔の魔法の鎧なら、バッジとして襟に付けられたが、普通の服ではそうもいかない。それで大抵の人は鎖を通して首から提げるが、昔の名残でバッジとしての留め具も一緒に渡されると言う。
モーフに徽章のコトを教えてくれたウルトールと言う男が言った。
「オリョールさん、隊長さん、ひとつ考えがあるんだ。こいつの始末は俺に任せてくれないか?」
「どうするつもりだ?」
ソルニャーク隊長が聞くと、ウルトールはもう一人の陸の民の魔法戦士に声を掛けた。
「パーリトルも手伝ってくれ。これをアーテルの首都に置いて来る」
「あぁ、成程な。夜中に役所や警察署に置くんだな」
パーリトルと呼ばれた髭面の魔法戦士が、わかった顔で頷いた。
……それで、どうなるんだ?
モーフは余程、訳がわからないと言いたげな顔をしてしまったのだろう。魔法戦士ウルトールが、作戦の詳細を語った。
「奴らも俺たちが【跳躍】で移動するのは知ってるからな。次にどこが狙われるか、今、どこに居るか、気になるから武器にこんなモン仕込んでワザと掴ませるんだよ」
少年兵モーフが頷いてみせると、ウルトールは頷き返し、みんなを見回して続けた。
「作戦とは関係ないトコに置いときゃ、撹乱できる」
「ならば、警察署ではなく、市場など不特定多数が出入りする場所や、バスやトラックなどの移動する物に仕込んだ方が、時間を稼げる」
ソルニャーク隊長が、作戦の修正案を出す。
ウルトールは少し考えて、オリョールを見た。
「そう言うモンなのか?」
「……俺も、隊長さんに賛成だ。銃を持ってバスに乗ったら目につくし、ルートが限られてるから……長距離トラックだろうな」
若いオリョールが更に修正した。
力なき民のおっさんたちが、「なら、サービスエリアで休憩してる奴にくっつけりゃいいな」「車体下のごちゃごちゃしたとこがいいだろ」などと口々に付け加える。若い魔法戦士オリョールが、いちいちそれに頷いた。
星の道義勇軍では、偉い人たちが作戦を決めて、それを各部隊の隊長に伝えて、少年兵モーフたち末端に実行させた。
この武闘派ゲリラは、みんなが偉い人なのか、上意下達ではなく、みんなで意見を出し合って作戦を決める。
少年兵モーフはそれが不思議で、大人たちの遣り取りにじっと聞き入った。
話がまとまるのを待ち、すっかり遅くなった昼食を摂る。
老婦人シルヴァが持って来た缶詰や堅パンはたくさんあった。葬儀屋のおっさんが、森の近くで採ってきた野生の果物もある。
……こいつら、結構いいモン食ってんだな。
この廃ビルも、モーフの実家のバラックより遙かに快適だ。魔法が使えれば、廃墟でさえこんなに居心地良くできる。
「兄ちゃん、どんなパン焼けるんだ?」
「どんなって……普通の食事パンとか、菓子パンとかですよ。普通のパン屋なんで、普通のパンです」
食後のお茶はない。水を飲みながら、ゲリラの一人がピナの兄貴に聞く。しょっぱくない水は、これだけでも少年兵モーフにとってはご馳走だ。
……普通じゃねぇパンって何だよ?
「普通じゃないパンなんてあるのか?」
湖の民の魔法戦士ジャーニトルが、少年兵モーフと同じ疑問を口に出した。ピナの兄貴はジャーニトルの緑の髪を見て答える。
「えぇ。普通じゃないって言うか、湖の民の人用の緑青パンとか、免許ないんで作れませんし、防災用のパンも設備がないんで」
「防災用のパン?」
……なんだそりゃ?
魔法戦士ウルトールが聞く。
「堅パンじゃなくてか?」
「缶詰用の長期保存パンです。ふかふかの状態で消費期限は確か……一年くらいだったかな?」
「そんなのあんのか!」
「製造コストが割高なんであんまり出回ってませんけど、お年寄りとか歯が生え揃ってない小さい子用に、病院とかに置いてありますよ」
「へぇー」
プロのパン屋の説明にみんな感心した。
午後からは、また二部屋に分かれ、弾丸の込め方やカートリッジ交換の練習、銃の用途の説明や構え方の実演をした。
「軽」機関銃とは言っても、弾丸カートリッジも含めれば十キロ以上ある。機関銃手二人は、その重量に苦労した。他の面々も、慣れない物の扱いにぎこちない動きで、少年兵モーフの実演を真似る。
「立ってる時は基本、銃口を斜め下に向けて、暴発とかで同士討ちしないようにすんのが鉄則だ。それに、そう言う持ち方がラクなようにできてる」
さっきは座ってゆっくり弾丸カートリッジの交換をしたが、今度は立って練習する。ごわごわした手袋を着けた手で、タクティカルベストの弾薬ポーチからカートリッジを取り出して交換するが、もう一方の手に持った銃の重量で手が震え、なかなか上手くゆかなかった。銃口を床につけて試みるが、手袋がごわついて溝に上手く嵌められず、カートリッジを落としてしまう。
少年兵モーフは手を貸さず、彼らの悪戦苦闘をじっと見守った。
「意外と重いし、難しいな、これ」
高校生のロークが額の汗を拭い、武闘派ゲリラのおっさん連中が同意した。ピナの兄貴も、包丁よりずっと重い銃を片手で扱うのに四苦八苦する。
「今まで全く何の訓練もなしにやってたが、そりゃ、ダメに決まってるよな」
古参らしいおっさんがポツリとこぼす。
まともな訓練があれば、もっと多くの仇を討てた。もっと多くの命を守れた。
少年兵モーフは、そんな後悔めいたものを感じたが、聞かなかったフリで説明を続ける。
「実戦じゃ、壁とかの遮蔽物に身を隠して、中腰とかしゃがんでとか、地面に這いつくばってとか、色んなカッコでできなきゃいけないんだ。ハンパなカッコですんの難しいから、まずは楽にできる座ってゆっくりと、立ってやんので慣れてくれよな」
装弾練習を一時間程したところで、ソルニャーク隊長が顔を出した。
「銃を携行した歩行訓練を兼ねて、東の草原へ素材採取に行く。十分後に出発。準備してくれ」
「はいッ!」
少年兵モーフは、背筋を伸ばして敬礼した。
☆拠点を潰された……「0269.失われた拠点」参照




