0386.テロに慣れる
ファーキルと呪医セプテントリオーは、ランテルナ島の地下街チェルノクニージニクに居る。通行人や看板、店からはみ出した商品を避けながら、煉瓦敷きの通路を足早に歩いた。普通の服屋や雑貨屋、八百屋や食料品店などもあるが、古道具屋や古着屋が扱うのは、魔法の品ばかりだ。
……そうだよな。呪符や魔法の道具があれば、魔獣狩りだって。
店先で無造作に積まれた商品を横眼に見て、期待で気分が高揚する。
だが、すぐ【守りの手袋】の【不可視の盾】でさえロクに使いこなせないのを思い出し、ファーキルの足は鈍った。
呪医セプテントリオーに訓練してもらったが、飛んで来るのがただの水だと知っていても、怖くて【盾】の展開が遅れてしまう。
交換してもらえる【魔滅符】は、呪符に籠められた魔力より弱い魔物を消滅させるものだ。それより強いモノなら、殴られた部位が傷付く。
使い方は、呪符を握って呪文を唱え、【魔滅】発動中にその拳で魔物や魔獣を殴る――つまり、魔物や魔獣に接近して、攻撃を当てなければならないのだ。
ファーキルはあの細い道に入り、郭公の巣の扉を開けた。
「あら、いらっしゃい」
カウンターの中から満面の笑顔を向けられ、ファーキルは思わず怯んだ。居るとわかっていても、やはり直視すると驚く。店主のクロエーニィエは前回同様、レースやフリルたっぷりの可憐なエプロンドレスを身に纏った黒髪のおっさんだった。
呪医セプテントリオーが戸口で足を止める。
ファーキルは、平静を装って用件を告げた。
「こんにちは。蔓草の帽子、持ってきました。リボンと交換してもらっていいですか?」
麻袋から帽子の束を取り出した。戸口で固まる湖の民を真顔で見詰めた店主が、ファーキルに向き直って愛想笑いを浮かべる。
「あらぁ、坊や、持って来てくれたの? 今の季節、これがあるととっても助かるのよ」
店主クロエーニィエの逞しい指が、蔓草細工の帽子をひとつずつ検品する。
呪医セプテントリオーが、店主を凝視しながらカウンターにゆっくり近付き、隣に立った。店主の厳つい顔を正面からまじまじと見詰める。
……呪医、そんなびっくりしなくても。
ファーキルは、あんまりじろじろ見るのは失礼だと思い、窘めようと思ったが、それはそれで却って失礼な気がして、何も言えなくなった。
「リボン、どの種類がいいかしら?」
「一番、在庫が多いのを下さい」
「効果は何でもいいの? 大丈夫?」
「はい。仲間は誰も使えないんで、交換品にしたいんですけど、いいですか?」
「そうなの。力なき民じゃ、仕方ないわよね」
棚から土色のリボンを一本出して、ファーキルの手に握らせた。【耐衝撃】だ。小さく畳んで紙テープで留めてある。
「有難うございます」
「いえいえ、こちらこそ有難うね。八月中旬頃まで帽子の買取りしてるから」
にこやかに言って陸の民の少年から手を放し、傍らで呆然とする湖の民に営業スマイルを向ける。
「お待たせしました。どのようなお品をお求めですか?」
「いえ、私はこの子の付き添いなんです」
「あら、そうなんですの」
笑顔とは裏腹に物言いは素っ気ない。ファーキルはもう一度礼を言い、呪医を促して店を出た。
郭公の巣から充分離れた所で、ファーキルは小声で聞いてみた。
「呪医、さっきのあれ、どうしたんですか?」
「あれ? あ、あぁ、その……昔の知人に似ていたものですから……でも、まさか」
記憶に自信がないのか、記憶とかけ離れた姿なのか。湖の民の呪医は、緑色の頭を少し傾けて黙りこんだ。
彼が「昔」と言うからには、何百年も前の関係なのだろう。
……そんな大昔のコト、よく覚えてられるよなぁ。
呪符屋へ戻って【護りのリボン】と【魔滅符】を交換してもらい、地上に出た。眩しさに思わず目を細める。
地下街チェルノクニージニクには魔法の【灯】が点るが、真夏の太陽とは比べるべくもない。目が慣れるのを待つ。午後の日射しがファーキルの肌をじりじり焼いた。
「おい! またテロだ、爆弾テロ!」
男の叫びで思わず目を開き、声のした方へ顔を向けた。建物の壁が日射しを白っぽく反射する。目を細めて額に手をかざした。
陸の民の男性が、叫びながら大通りを駆け抜ける。人々は彼と逆方向へ走った。店員や店主が通りに出て、人々の行く先を心配そうに見守る。ファーキルは不吉な動悸を抑えて呪医を見た。
「様子、見に行きますか?」
「よしましょう。爆弾テロだと言いましたよね。単独犯でも、現場周辺に複数の爆弾を仕掛けて、人が集まる頃合いに第二、第三の爆発を起こして被害の拡大を狙う可能性があります」
呪医セプテントリオーの物言いは、半世紀の内乱を生き延びた元軍医らしく冷静だ。だからこそ、ファーキルは食い下がった。
「でも、怪我人とか」
「私の白衣ならある程度防げますが、それでも、至近距離での爆発は危険です。丸腰のあなたを一人にするワケにはゆきませんし、ここは地元の方々にお任せしましょう」
地元の力ある民が着るのは、呪医のように各種防禦の術が施された服だ。救助中に死傷しない自信があるから、様子を見に行けるのだ。
実家で何度も見たニュースでも、ランテルナ島民には死傷者がなく、星の標の団員だけが命を落としたと報じた。
……きっと、ここの人たちの方がずっと、こう言うの慣れてんだろうな。
こんなコトに慣れてしまったのが悲しくなり、ファーキルは現場へ向かう人々の背中を見送った。
☆実家で何度も見たニュース……「0293.テロの実行者」参照




