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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第十七章 歩み

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0384.懐かしむ二人

 雑居ビルの階段から、地下街チェルノクニージニクに降りる。ファーキルは、一度通っただけの道順を鮮明に思い出せた。

 見覚えのある看板を辿(たど)り、曲がりくねった通路を行く。

 あの日は早朝の営業時間前だったが、今は昼過ぎで人通りが多く、煉瓦敷きの通路には、商品と床置きの看板が幾つもはみ出す。

 二人は、はぐれないように手を繋ぎ、身体を斜めにして(かわ)しながら歩いた。


 不意に、呪医セプテントリオーが足を止める。定休日で、シャッターの下りた店だ。通行の邪魔にならぬよう端に寄る。

 「呪医(せんせい)、どうしたんです?」

 「このお店……知っていますよ」

 「えっ?」

 「軍に居た頃、何度か来たことがあります」

 「じゃあ、次からはここへ【跳躍】」

 「できませんよ。地下街全体に【跳躍】除けの結界が掛かっていますから」

 呪医は苦笑して、ファーキルの言葉を遮った。


 魔法使いなら当然の防犯対策だ。それに、営業日ならこの場所には人が居る。結界がなくとも、こんな所へ跳ぶのは危険だ。考えなしに発言したのが恥ずかしくなり、ファーキルは黙って呪医の説明に耳を傾けた。


 「当時は何カ所か、【跳躍】許可地点がありましたが、今も残っているか」


 ファーキルは、鞄からタブレット端末を取り出した。起動してネットの接続を確認する。繋がったことにホッとして画像フォルダを開いた。

 「前に来た時、道順を写真に撮ってて、何度も見返したから憶えてたんです。このお店も撮っときましょうか?」

 「いいんですか? 写真の枚数、大丈夫ですか?」

 「枚数?」

 「フィルムの残り」

 そこまで言って、呪医セプテントリオーは、口を(つぐ)んだ。違うことに気付いたらしい。ファーキルも、昔のカメラのことを言われたのだと察したが、具体的なことはわからないまま、曖昧に頷いて説明する。

 「容量はまだまだ余裕があるんで、大丈夫ですよ」


 店名がないので何屋かわからないが、シャッターに描かれた絵を撮り、呪医に確認してもらう。

 「有難うございます。食堂ですよ。昔は、このすぐ近くに階段があって、何事もなければ、お昼はちょくちょくここに来ました」

 「そうなんですか」

 嬉しそうに言う呪医に頷いてみせ、ファーキルは看板を見上げた。

 文字はなく、きのこを(くわ)えた二匹の魚が円を描いて煉瓦敷きの通路を見降ろす。木製の看板は、日射しや風雨に晒されない地下街で、二百年以上前から客を迎え続けたらしい。

 今も同じ経営者が同じ味を守るのか、シャッターの中はどんな様子か。

 「道具屋さんは遠いんですか?」

 「いえ、もうちょっとです」



 呪符屋の扉を開けると、店主一人が無愛想にファーキルを迎えた。狭い店内は、改めて見回すまでもなく、隠れる場所などない。

 ファーキルに続いて、湖の民の呪医セプテントリオーが遠慮がちに入った。店主はオヤと眉を上げ、心持愛想のいい声で新規の客を迎えた。

 「いらっしゃい。ウチは呪符屋だ。薬素材も少し扱うが、何が要り用だい?」

 「いえ……すみません。私はこの子の付き添いなんです」


 呪符屋のおっさんは、同族の男性からファーキルに視線を移動する。言葉もなく驚いた目を向けられ、ファーキルは少し気マズくなった。

 「えーっと、つい最近、この島で知り合ったんです」

 「そうか。まぁ、座れや」

 湖の民の呪符屋は二人に背を向け、お茶の準備を始めた。

 ファーキルは、麻袋を椅子の背に引っ掛け、鞄をカウンターに置いて、納品する薬を出した。呪医セプテントリオーが、その隣に遠慮がちに腰を降ろす。


 「あんた、見ねぇ顔だな」

 「えぇ。最近……来たばかりなので」

 湖の民二人が、互いに緑の瞳で相手を窺う。カップに注がれた鎮花茶の香が店内に満ち、ファーキルは知らず知らず入っていた肩の力が抜けた。


 呪符屋が少し角の取れた声で質問を重ねる。

 「じゃあ、この街も初めてか。ごちゃごちゃで、迷子ンなりそうだろ?」

 「そうですね。王国時代に何度か来ましたが、すっかり様子が変わって」

 「上に街ができてて、たまげたろ」

 「えぇ。当時は畑でしたからね。店長さんも、その頃からここで商売を?」

 呪医セプテントリオーがさりげなく質問する。ファーキルは鞄から薬入りの巾着袋を取り出し、椅子に落ち着いた。


 「若い時分は他所で修行してたんだ。一端(いっぱし)の職人になって、さぁ独立しようかって時に丁度、腥風樹(せいふうじゅ)の始末が終わったって聞いてな」

 「それからずっと、こちらで?」

 呪符屋は頷いて、鎮花茶のカップを二人の前に置いた。

 「店がヒマな時、上へ行ってどんどん家が建つのを見んのは面白かったな。……坊主、今日はどの薬だ?」

 ファーキルは、巾着袋からコピー用紙で作った封筒を出し、薬師(くすし)アウェッラーナから聞いた通りに説明した。店主は耳を傾けながら幾つか開披(かいひ)して確認する。包み直して薬包紙(やくほうし)を数え、帳簿に付けた。


 「何のかんの言って、素材も順調に集まってるみたいだな」

 「まぁ……植物系は……あの、ホントに火の雄牛の角とか、四眼狼(しがんろう)の眉毛とか、魔獣……獲らなきゃダメですか? って言うか、この島、居るんですか?」

 質問する声が、だんだん震えてくる。



 魔獣から素材を採るには、存在の核を壊してはいけない。物理攻撃のみか、魔法は敢えて急所を外し、物理攻撃でトドメを刺さなければならないのだ。

 移動販売店プラエテルミッサの持ち物で武器になりそうなのは、包丁とカッターナイフ、()(ばさみ)くらいしかない。ソルニャーク隊長たち三人は、星の道義勇軍で戦闘訓練を積んだそうだが、魔獣との実戦経験があるか、聞かなかった。



 「居るから、駆除も兼ねて頼んだんだ」

 「そんな無茶な」

 呪医セプテントリオーが、ファーキルに代わって抗議の声を上げた。

 「この島じゃ、力なき民でもそんくらいできなきゃ、長生きできんぞ。軍も警察も俺たちを助けちゃくれんからな。あんたたちも、行くにせよ、残るにせよ、戦う力は必要だ」

 「力なき民でもって……どうやってあんなのと戦うんですか?」

 ネーニア島で遭遇した火の雄牛を思い出し、ファーキルは泣きそうな震え声で聞いた。

☆あの日は早朝の営業時間前……「0173.暮しを捨てる」「0174.島巡る地下街」参照

☆ネーニア島で遭遇した火の雄牛……「0299.道を塞ぐ魔獣」「0300.大橋の守備隊」「0303.ネットの圏外」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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