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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第二章 印歴二一九一年二月二日
39/3486

0039.子供らの一夜

 クルィーロたちは昨夜、民家の車庫で一夜を明かした。

 この一帯も停電しており、どの家も灯が(とも)らなかった。

 術の【灯】や蝋燭すら点らないのは、住人が避難したからだろう。


 小学生二人に住人への呼び掛けをさせてみたが、どの家も全く応答がない。

 戸を叩いても、呼び鈴を鳴らしても、声を掛けても、何の反応もなく、子供たちの間に不安が募った。


 日が暮れれば、魔物や雑妖が力を得る。

 クルィーロについて来たのは、力なき民の子ばかりだ。

 魔物に襲われれば、ひとたまりもない。

 クルィーロ自身も、魔物と戦い、身を守る術は知らない。


 ……どこか、どこか避難できる所……いっそ窓割って他人(ひと)()に? いや、ダメだ。流石(さすが)にそれはマズい。どこかないかッ? せめてチビたちだけでも。一軒くらい残ってないのかよッ?


 少しでも子供たちの不安を(やわ)らげようと、アマナに鉛筆を借り、術で【灯】を(とも)した。辺りが月光のように淡い光に照らされる。

 皆、疲れ切っていたが、愚痴ひとつ(こぼ)さず、クルィーロについてくる。

 先生より正しい判断をした大人で、この場に居る唯一の魔法使い。

 クルィーロに頼る他、生き残る(すべ)はなかった。

 十数人の子供たちの生命を背負い、若い工員は避難できる場所を探し、土地勘のない地区を彷徨った。



 黄昏が深まり、家々の陰で雑妖が(うごめ)く頃、開け放しの車庫を見つけた。

 一階が車庫で二階が住居。余程、慌てて避難したのか、シャッターが上がったままだ。

 「アマナ、ちょっとここんち、呼んでみてくれ」

 「うん」

 アマナとエランティスが、手を繋いで階段を上がり、玄関へ向かう。中学生のピナティフィダも少し遅れて上がった。

 他の中学生たちは、クルィーロと共に階段の下で待つ。


 アマナが呼び鈴を鳴らし、エランティスと声を揃えて呼び掛けた。

 「こんばんはー。ごめんくださーい」

 しばらく待って再び呼び鈴を鳴らす。

 ここも応答がない。居留守ではなく、避難したのだろう。どの窓からも灯が漏れていない。

 「うん。もういい。ありがとう。戻ってくれ」

 三人を呼び戻し、がらんとした車庫に入った。


 コンクリ打ちっ放しの四角い空間は清掃が行き届いていた。

 夕日は差さないが、雑妖の姿はない。

 隅に工具箱と洗車用の水道がある。クルィーロは蛇口を捻ってみた。水は出る。念の為、【操水】の術で水を起ち上げ、床、壁、天井を洗い流してから、子供たちを招じ入れた。


 工具箱に【灯】を(とも)し、車庫の中央に置いて言う。

 「男子、荷物置いたら全員、外に出ろ。女子はここで待って」

 男子中学生六人は戸惑いながらも、リーダーと認めた大人の指示に従った。

 幼い妹が、泣きそうな声で兄を呼び止め、ついてくる。

 「待って。お兄ちゃん、どこ行くの?」

 「トイレ。もうすぐシャッター閉めるから、先に済ますんだ。女の子たちは、男子が終わったら、【灯】を渡すから」

 アマナはそれで安心し、こくりと頷いた。


 三軒離れた家と家の間に溝があった。

 溝の中で無数の雑妖が蠢く。少年たちは互いに顔を見合わせたが、クルィーロが夜中に車庫から出るのは危険だと言うと、諦めて用を足した。


 車庫に戻り、クルィーロは【灯】をピナティフィダに渡して、先程とは反対側の溝に案内した。

 「じゃ、何かあったら、大声で呼べ。すぐ行くから」

 そう言い残し、車庫に駆け戻る。


 休む間もなく、再び水道水を起ち上げ、人肌より少し温かい湯にして男子中学生を洗う。一人洗う度に湯の汚れを捨て、六人全員を洗った。

 汗が冷え、顔色の悪かった少年たちが、ホッとして床に座る。

 疲れ切っていたが、戻ってきた女子十人も洗い、最後に自分を洗って水と汚れを外の道路に捨てた。

 「よし。これで全員戻ったな?」

 子供たちに確認し、シャッターを降ろす。

 内側の面に【魔除け】の呪文と印が描かれていた。


 ……助かったッ!


 「日月星(ひつきほし) 蒼穹(そうきゅう)巡り、(うつ)ろなる闇の(よど)みも(あまね)く照らす。

  日月星、生けるもの(みな)天仰(てんあお)ぎ、現世(うつよ)(ことわり)(いまし)を守る」

 クルィーロはシャッターに(てのひら)を押し当て、力ある言葉を読み上げる。

 術は間違いなく発動し、シャッターが真珠色の(かす)かな光に包まれた。


 緊張が緩み、疲れがどっと押し寄せる。

 クルィーロが【灯】の傍に腰を降ろすと、アマナがしがみついた。妹を抱きしめて横たわる。闇に引きずり込まれるように意識を失った。



 冷たく固いコンクリートの床でも、眠っただけマシだったようで、朝には少し、元気を取り戻していた。

 子供らに水道水を飲ませる。

 アマナを始め、水筒を持っている子には、満タンにするよう指示した。


 【操水】の術で車庫を洗浄し、一宿の礼として外へ出た。

 風はそうでもないが、大気はしんしんと冷え、息が白い。

 無人の住宅街を恐る恐る歩く。

 人は居ないが、鳩や雀、(カラス)などの野鳥は、いつも通りに(さえず)っていた。

 置き去りにされた犬が飼い主と餌を求めてしきりに鳴く。



 幹線道路に出ると、昨日の渋滞が嘘のように車が減っていた。あるのは路上駐車の放置車両。時折通るのは、警察や軍の車両だった。

 クルィーロはアマナと手を繋ぎ、無言で鉄鋼公園を目指した。


 街区の案内板を見ると、ここがミエーチ区だと分かった。

 なるべく東を見ないようにジェリェーゾ区へ向かう。そうして西側へ大きく回り込み、昼前にようやく、ゼルノー市立中央市民病院へ辿(たど)り着いた。

☆ジェリェーゾ区へ向かう……「0021.パン屋の息子」参照

 挿絵(By みてみん)

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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