表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第十七章 歩み

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

388/3501

0381.街へ往く二人

 昨夜も念の為、同じ用心をして休んだが、武闘派ゲリラが留守だからか、一昨日よりよく眠れた。

 いつもより早く朝食を済ませ、昨日と同じ八人がネーニア島の拠点へ跳ぶ。呪医セプテントリオー唯一人がすぐ戻った。

 庭に残って待ったファーキルが、思い切って声を掛ける。


 「呪医(せんせい)、おかえりなさい」

 「……ただいま」

 湖の民の呪医は面食らって固まったが、すぐ表情を緩めた。

 「どうされました?」

 ファーキルは、他のみんなが別荘へ戻って二人きりなのを確めて言った。

 「今日も訓練だから、ゲリラの人たちは多分、怪我しないと思います。アウェッラーナさんのお薬もありますし……だから」

 「私に【跳躍】で街まで連れて行って欲しいんですか? 生憎(あいにく)、私は」

 「いえ、あの、徒歩で、ついて来て欲しいんです。カルダフストヴォー市の場所を呪医(せんせい)にも覚えて欲しいんです」

 ファーキルは、呪医の早合点を慌てて訂正した。


 呪医の緑の瞳が、ファーキルをじっと見詰める。

 四百年以上の時を過ごした魔法使いの眼には、中学生のファーキルがどう映るのか。陸の民の少年は、湖の民の呪医の視線を受け止め、見詰め返した。

 「いいでしょう。私も、現在の島をもっとよく知った方がよさそうです」

 「現在……呪医(せんせい)は、旧王国時代に来たコトあるんですか?」

 「えぇ。当時は、カルダフストヴォーと言う名の街はありませんでした。私が知る頃の面影は、きっと全く残っていないでしょう」


 呪医セプテントリオーは視線を門外へ向けた。森の幻に遮られ、その先は見えない。本物の森に日が射し、小鳥や虫が目を覚ます。この世の生き物たちの賑やかな声に負けぬよう、ファーキルは声を張り上げた。

 「じゃあ、ちょっと荷物取ってきます!」

 「私も用意したいので、三十分程、待って下さい」



 食堂で呪医を待つ間、ファーキルは荷物を点検した。

 鞄の中身を出してみる。魔法薬を詰めた巾着袋。薬師(くすし)アウェッラーナが昨日までに作った分だ。今回は粉薬ばかりなので、重量は大したことない。一回分ずつを呪符屋がくれた薬包紙(やくほうし)に包んである。五種類をコピー用紙で作った封筒に分け、巾着袋にまとめてある。

 昼食用のパンと昨日の残りの干し杏、飲料水の瓶二本。地図とタブレット端末と共に鞄へ詰め直した。

 麻袋には蔓草(つるくさ)細工の帽子。二人が被る分は別にして、メドヴェージから預かった交換用の十個を重ねて麻袋に入れた。郭公(カッコウ)の巣のクロエーニィエ店長に交換品の販売価格を聞いて、転売するか、別の物との交換を交渉する。


 呪符屋に頼まれた魔法薬は、一度に全部は運べない。街へ行く度に少しずつ届けるが、まだ五分の一にもならなかった。

 この拠点の薬草園の素材で作った薬は、老婦人シルヴァに渡さねばならず、傷薬は武闘派ゲリラに渡す約束だ。薬師アウェッラーナの負担は大きいが、ファーキルたちには素材集めや、手でできる作業しか手伝えない。


 ……それに、魔獣から採る素材が困るんだよなぁ。


 呪符屋の店主は「ムリすんなよ」とは言ってくれたが、勘弁してやるとは言わなかった。どうにかして手に入れなければならないのだろう。

 薬師アウェッラーナは、火の雄牛の角は肝硬変の薬の素材だと言った。呪符屋から聞いて作った一覧では「素材をそのまま渡す物」だ。呪符素材としても使えるのだろう。


 ……魔法で存在の核を壊すと、この世の身体が全部消えちゃうから、物理攻撃で倒すか、魔法は急所を外して倒さなきゃいけないんだよな。


 力なき民のファーキルは、魔法で手加減ができるかどうかさえわからない。銃ならどれだけ撃てばいいのか。それ以前にこの魔獣をみつけられるのか。遭遇して生きて帰れるのか。


 ……あの人たち……一生、ネーニア島に帰れないんじゃあ?


 薬師アウェッラーナは【跳躍】できるが、他は無理だ。

 戦争が終われば、北ヴィエートフィ大橋を渡れるようになるかもしれないが、終戦の仕方によっては、二度と渡れないかもしれない。それに、また橋を落とされる可能性もあった。



 「お待たせしました。行きましょう」

 呪医セプテントリオーは病院の白衣を着て、その下にウェストポーチを巻いて来た。よく見ると、白衣の裾や袖には白糸の刺繍がある。護りの呪文だろう。白衣の胸ポケットに【青き片翼】の徽章(きしょう)を捻じ込んで門へ向かう。

 挿絵(By みてみん)

 「呪医(せんせい)、坊主、気ィ付けてなー」

 「危なくなったら【跳躍】で逃げてますから、大丈夫ですよ」

 門まで見送りに来てくれたメドヴェージに手を振り返し、ファーキルは呪医と手を繋いで森の幻に足を踏み入れた。


 右手は呪医と繋ぎ、左手を前に出して一歩ずつ足下を確めながら進む。

 驚いたバッタがキチキチ鳴きながら飛び出した。幻だと知っていても、木の幹にぶつかって行くのは何となく怖い。

 ファーキルの左手が突き抜けるのを見て、呪医が息を呑んだ。

 「どの木が幻か、憶えているのですか?」

 「いえ……えーっと、門と同じ幅の道があるらしいんですけど、俺もちょっと自信ないんで、こうやって触れるか確めてるんです」

 「そうでしたか」

 呪医はファーキルに(なら)って空いた手を前に出した。足に触れる草の感触は本物だが、木の幹は全部、何の手応えもなく手が突き抜ける。



 広場に出た途端、二人は大きく息を吐き出した。呪医が来た道を振り返る。

 「成程(なるほど)……これは全くわかりませんね」

 「でも、目印を置いたら、【幻術】で隠した意味なくなっちゃいますからね」

 「確かに」

 ふたりで苦笑して広場から車道へ続く道を歩く。蝉だけでなく、ファーキルの知らない何種類もの虫たちが盛んに鳴いていた。

☆同じ用心……「0365.眠れない夜に」参照

☆昨日と同じ八人……「0366.覚悟はあるか」参照

☆火の雄牛の角は肝硬変の薬の素材……「0303.ネットの圏外」参照

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ