0380.罪滅ぼしの力
「今作ってるズボンは、後三着で全員分が揃います」
アミエーラの報告に女の子たちが頷く。
ズボンには、大きめの蓋付きポケットを付けてもらった。ベルトを通す穴に小袋の紐を括ってポケットに入れれば、【魔力の水晶】を落とす心配がなくなる。
鞄を無事に持ち歩けるとは限らない。荷物を捨てて全力で走らなければならなくなっても、これなら少し安心だ。
……女の子が服作るのに、お洒落じゃなくて、そんな用心に気を回さなきゃいけないなんて。
ロークはこっそり溜め息を吐いた。
クルィーロが履いた完成品のズボンは、白色でゆったりしたデザインだが、腿の外側と腰の脇にある蓋付きポケットのせいで軍服を連想させた。
「お兄ちゃんの分もできたよ」
「ありがと。後で着替えるよ」
エランティスの明るい声にレノ店長が笑顔で応じ、場の空気が軽くなった。
薬師アウェッラーナも、薬作りが順調で、今は材料待ちだと言う。
「今日、採ってきた分はどうですか?」
「量はそうでもねぇが、種類を色々採ってみたんだ。いっぱい要るのがありゃ、後で教えてくれよ」
「今日は倉庫の片付けで潰れちゃって、あんまりたくさん採れなかったんです」
レノ店長と葬儀屋アゴーニが、飽くまでも一日中、戦闘訓練とは無関係な倉庫の片付けと、森で薬草採りをした風を装う。
薬師アウェッラーナは、ポケットから折り畳んだ紙を出し、食卓に広げた。
隣に座ったクルィーロ、アマナ、ファーキル……と順に送られ、レノ店長の手元に回る。
「今日、採って来て下さった薬草の一覧です。それがどのくらい必要か、大体の量も書いてます」
「俺はまだ、薬草の名前、覚えてないんで」
「俺もだ。ジャーニトルさんたちに教えてもらって、採ってるだけだからな。明日、聞いてみるわ」
「そうですか……じゃあ、あの、すみませんけど、お願いします」
薬師アウェッラーナが申し訳なさそうに言う。パン屋の姉妹は、批難がましい目で薬師と葬儀屋を見るが、兄を止められないのがわかっているからか、何も言わなかった。
……普通の家族って、そうだよな。
祖父と両親がどうなろうと、どうでもいいロークとは違う。
パン屋の姉妹は、兄のレノ店長が心配で堪らないのだ。でも、行かなければ、武闘派ゲリラに何をされるかわからない。レノ店長は妹たちを守る為に武器の扱いと戦い方を覚えたいのだ。
ヴィユノークたちの仇を討ちたい……復讐と裏切りの罪滅ぼしで力を求めるロークとは違う。
ソルニャーク隊長と少年兵モーフから、銃や手榴弾の扱いを教えてもらえば、力なき民のロークでも、アーテル軍相手に戦えるようになる。
手榴弾と弾丸カートリッジの重さを思い出し、改めて己の成そうとすることを考えたロークは、足許から寒気が這い上がってきた。
……俺、あのゲリラの人たちと同じなんだ。
「私たちは、この島の地図を書き写していました」
「メドヴェージさん、どうぞ」
呪医セプテントリオーが言うとファーキルが席を立ち、運転手にコピー用紙の束を渡した。メドヴェージがざっと見て唸り、見終わった地図を食卓に並べる。
「大したもんだな。こんな細かく写して」
一枚手に取り、みんなに向けて掲げてみせる。ロークの席からでも、細かい地形まで描いてあるのが見えた。
どうやって写したのか、ゼルノー市の図書館で地図帳を見ながら写したたどたどしい略地図とは、段違いに精密だ。
……そっか。いつまでもここに居られるワケじゃないもんな。でも……
ロークには、ここを出た後を想像できなかった。
ランテルナ島から出るには、北ヴィエートフィ大橋を渡るか、誰かに【跳躍】してもらうしかない。半世紀の内乱で、ランテルナ島の港は壊滅した。アーテル領になった為、港湾設備は復旧されず、魔道機船もない。
だからこそ、ファーキルが街で会った「運び屋」の商売が成り立つのだ。
「島の岸に沿って、この長ったらしい名前のでかい街まで、一本道なんだな」
「カルダフストヴォー市ですね。魔法使いの街。シルヴァさんの拠点もここにあります」
メドヴェージが地図を置いて言い、ファーキルは彼の手元を見て補足した。
……魔法使いの街……か。力なき民でも暮らせるのかな?
「その街はしょっちゅう星の標のテロがあるって、あの婆さんが言ってたな」
武器職人の声にギョッとして、みんな一斉に地図から顔を上げた。湖の民の薬師アウェッラーナが震える声で聞く。
「星の標って、キルクルス教の原理主義団体ですよね? 魔法使いの街だからって、今もアーテル領内でテロを?」
「俺はあの婆さんから聞いただけで、アーテルのテロリスト連中に直接、聞いた訳じゃねぇからな」
「多分、今、戦争してるからこそ、余計に……なんじゃないですか?」
ファーキルが、暗い顔で言った。
ネットでたくさんの情報に触れられるラクリマリス人の少年は、老婦人シルヴァに連れられてもう何度も、カルダフストヴォー市へ行った。巷の噂も耳にしただろう。テロ情報を具体的に知ったのか、顔色が悪い。
「おいおい、兄ちゃんと婆さんは、そんな危ねぇ街に行ってんのかよ?」
「今のところ、テロが起きたのは、南ヴィエートフィ大橋に近い……街の南の方なんで、そっちには行ってませんよ」
ラクリマリス人の少年は、キルクルス教徒のメドヴェージの心配に弱々しい笑みを返した。
☆ゼルノー市の図書館で地図帳を見ながら写したたどたどしい略地図……「0169.得られる知識」参照
☆ファーキルが街で会った「運び屋」の商売……「0174.島巡る地下街」「0175.呪符屋の二人」参照
☆シルヴァさんの拠点……「0324.助けを求める」「0331.返事を待つ間」参照
☆どうやって写した……トレース「0369.歴史の教え方」参照
☆しょっちゅう星の標のテロがある……「0293.テロの実行者」参照




