0379.手の届く機会
ソルニャーク隊長の言う通り、今日一日は武器庫の片付けで終わった。ロークは拍子抜けしたが、内心ホッとした。
……本格的に戦い方を習ったら、基地の襲撃に参加させられるんだろうな。
ヴィユノークたちの仇を討ちたかったが、いざ、その機会が現実に手の届く所へ置かれると、尻込みしてしまった。
今日、片付けた手榴弾のイヤな重み、弾丸の冷たい存在感、防弾ベストのずっしりした手応えが、まだ腕に残る。
当たり所が悪ければ、一発の弾丸でも人は死ぬ。
あの大量の弾薬で、何人の命を消せるのか。
殺傷力のない音響閃光弾でも、アーテル軍の兵士を行動不能にして、武闘派ゲリラが呪文を唱える時間を稼げる。
事務机の上で無造作に並ぶ自動小銃やアサルトライフル、拳銃。あのテロの日、ロークの実家を拠点として休息した星の道義勇軍も、同じ物を持って来た。
星の道義勇軍のテロリストたちは、ゼルノー市を焼き払い、大勢の市民を殺せたと祝杯を上げた。ロークの母は酒と肴で彼らをもてなし、祖父と父は、彼らが嬉しそうに語る戦果を熱心に聞いた。
……俺、人間相手に引鉄……引けるのかな?
部屋の中央に置かれた機関銃の銃口に身が竦んだ。ロークより年下の小柄なモーフは、星の道義勇軍の少年兵として、トラックの荷台で同型の機関銃を弾が切れるまで撃ち続けた、と言った。
どんな訓練をすれば、人間に銃口を向けられるようになるのか。ロークには、全く想像がつかない。
少年兵モーフに淡々と説明され、ロークは何も言えなくなった。
中学生くらいの小柄な少年に引鉄を引く選択をさせてしまった。ネモラリス政府がリストヴァー自治区に棄民政策を採っても、自治区外で暮らすロークら隠れキルクルス教徒がもっと支援すれば、あんなことをせずに済んだだろう。
少年兵モーフが澱みなく、弾丸の種類や用途、互換性の有無を説明する。ロークは申し訳ない思いで聞いた。レノ店長が頷きながら、熱心にメモを取る。
「じゃあ、互換性あるのとないのは、別の箱に入れた方がいいよな」
レノ店長が提案すると、少年兵モーフは少し考えて頷いた。実際、使う時にどうすればいいかわからないので、ロークは何も言わなかった。ソルニャーク隊長が何も言わないので、提案通りで構わないのだろう。
……店長さん、本気でアーテル軍と戦うつもりなのか?
夕方、ソルニャーク隊長と少年兵モーフ、レノ店長とロークは、葬儀屋アゴーニと職人二人、武闘派ゲリラのクリューヴに【跳躍】してもらい、ランテルナ島の拠点に帰った。
「じゃあ、また明日」
クリューヴはネーニア島の廃墟の拠点へ戻る。武器職人と呪符職人は、クリューヴが再び【跳躍】の呪文を唱えて姿を消した跡に手を振った。
「お二人は、帰らないんですか?」
レノ店長が聞くと、二人は苦笑を浮かべた。
「そんな顔すんなよ。昨日も言ったろ。あいつらとは気が合わねぇって」
「食料は持ってるし、部屋も余ってる。僕らは勝手にやらせてもらうよ」
職人二人は、さっさと扉を開けて別荘に入ってしまった。
ロークたちの力では、魔法使いの彼らを力ずくで追い出せない。道義的にも無理だ。
一日共に過ごし、二人が他のゲリラのように荒んでいないとの感触を得た。冷静な職人二人には、好戦的な武闘派の怖さは感じないが、別の怖さを感じる。ロークは、それが何なのかわからず、なるべく二人とは関わりたくなかった。
葬儀屋アゴーニが肩を竦め、中へ促す。
野菜畑の茄子やトマトは実が色付き、大きくなってきた。
「お兄ちゃあぁんッ!」
扉を開けると、レノ店長の小さい妹が飛び出して来た。少し遅れて、大きい妹も駆け寄る。店長と仲がいい工員クルィーロとアマナの兄妹も出てきた。
姉妹がレノ店長にがっしり抱きつき、言葉もなく兄の無事を喜ぶ。クルィーロたちも泣き笑いのような顔でレノ店長を迎えた。
「これ、薬草と木の実」
レノ店長は、膨らんだ手提げ袋を上げてみせた。葬儀屋アゴーニが、武闘派ゲリラと共にクブルム山脈の裾野に広がるレサルーブの森で採ってきてくれたものだ。妹たちを心配させまいとのやさしい嘘を手伝い、葬儀屋は口を拭う。
彼女らも薄々分かっているだろうが、知らぬフリで兄のやさしさを受け容れた。
夕飯には、アゴーニが獲った野兎の焼肉が出た。何のかんの言って、職人たちも共に食卓を囲む。
「今日は隊長さんたちのお陰で、部屋がすごい片付いて助かったよ。これ、少ないけど、みんなでどうぞ」
食後のお茶で、呪符職人が干し杏を大皿に盛った。一人二、三個はありそうだ。片付けを手伝ったレノ店長が、戸惑いながらも礼を言う。
「信用ないな。毒なんざ入ってねぇよ。俺らがあんたらをどうにかしても、何の得にもならんだろ?」
武器職人は、ひとつ口に放り込んで、疑わしげな目を向ける女の子たちに笑ってみせた。
少年兵モーフが、遠慮なく干し杏を頬張る。女の子たちは、それを見てやっと手を伸ばし、小さく齧った。
「今日、こっちの方はどうでした?」
レノ店長が、呪医セプテントリオー、薬師アウェッラーナ、工員クルィーロ、針子のアミエーラへ順に視線を向けて聞いた。
☆ヴィユノークたちの仇……「0034.高校生の嘆き」参照
☆あのテロの日……「0036.義勇軍の計画」「0048.決意と実行と」参照




