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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第十七章 歩み

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0378.この歌を作る

 自由に外出できない点については、議員宿舎と変わらない。だが、自らの意志でここに居る点が大きく異なる。兵の監視もない。



 魔哮砲の使用に反対した国会議員は、賛成派の手によって宿舎に軟禁された。数カ月掛けて外部の者と密かに連絡を取り合い、雨の夜に脱出を図った。監視兵と戦闘になり、混乱の中、双方にどれ程の死傷者が出たか不明だ。

 ラクエウス議員は、若手議員のクラピーフニクに守られ、辛くも脱出した。

 クラピーフニク議員の【跳躍】で彼の支持者スニェーグ宅に移動。現在も(かくま)われて暮らす。



 あの雨の夜から季節は移ろい、今は盛夏だ。スニェーグ宅の庭では薔薇が咲き誇り、濃い緑の上の白い塊を蜜蜂が忙しく飛び回る。陽光を受けた薔薇が今を盛りと輝く。

 ビルの谷間にポツンと取り残された古い家だ。正午を挟む二時間は、強い陽射しが降り注ぐが、後は影に入る。随所に呪文らしき模様が描かれ、半世紀の内乱でも無傷だったらしい。


 日中、スニェーグは仕事兼情報収集に出掛ける。力なき民のラクエウス一人で留守番するが、家の中は涼しく快適だ。空調機が見当たらないので、これも魔術の為せる技だろう。エアコンの効いた部屋では痛くなる膝が、ここでは全く痛まない。


 ……皮肉なものだな。


 ラクエウスの信じる聖者キルクルスの教えは、魔法を「()しき(わざ)」と断ずる。

 クラピーフニク議員が魔法で外部と連絡を取り合い、アサコール党首ら両輪の軸党、外部の【歌う鷦鷯(ミソサザイ)】や【舞い降りる白鳥】学派の術者たちの連携がなければ、ラクエウスは今頃、どうなっていたかわからない。


 与党の多数派を中心とする魔哮砲支持者らは、あの夜からかなり経ってようやく「議員宿舎が何者かの襲撃を受けた。多数の国会議員が殺害、または拉致されて行方不明の状態にある」と発表した。人命尊重の為、水面下で捜索を続けたが、拉致犯からの要求がないことから公表に踏み切ったと言う。


 拉致された議員一覧が新聞に掲載された。国民の善意の通報を狙ったのだろう。


 勿論(もちろん)、そこにはラクエウス議員やクラピーフニク議員の名もある。魔哮砲に反対した両輪の軸党の面々も、三分の二程が逃げ延びたようだ。アサコール党首や、料理教室で講師を務めたモルコーヴ議員らの名も連なる。

 一緒に料理を作ったスマーフ議員ら、見知った人々の名を死者一覧でみつけ、ラクエウス議員は胸が痛んだ。


 ……アサコール党首たちは、何とか逃げ(おお)せたのだ。それがわかっただけでも、よしとせねばな。


 港へ向かった彼らは、捕まらずにどこかへ辿(たど)り着いたのだろう。ラクエウスは何とか自分を鼓舞した。

 相当数の国会議員が失われたが、戦時下を理由に選挙は行われなかった。



 夕方、スニェーグが帰宅した。【歌う鷦鷯(ミソサザイ)】学派のソプラノ歌手オラトリックスも一緒だ。二人の無事な姿に安堵する。

 夕飯はオラトリックスが腕を(ふる)ってくれた。さっぱりしたトマトスープにタマネギが溶け、香草が食欲をそそる。白身魚の肉団子が口の中でぷりぷり弾け、その滋味に思わず目を細めた。

 年寄り三人は濃厚なスープとパンを食べ進めながら、若者たちの活動を語る。


 「コンサートに足を運んで下さるのは、それなりに余裕がある人なんですよね」

 「えぇ。時間と懐、心と体……そして、(こころざし)のある人の割合が高いので、我々の活動に協力して下さる方が多いのですよ」

 ラクエウスはオラトリックスとスニェーグの言葉に頷いた。


 脱出以来、ラクエウスは竪琴の先生ハルパトーラに変装してコンサートに出演する他、外出しない。この家を(まれ)(おとな)う客としか顔を合わせない日々が続く。外部の情報は新聞とラジオ、スニェーグや協力者がもたらす話だけだ。


 折角、命懸けで救出されたのに何もできない無力が恨めしい。


 「でも、多くの国民は、そんな余力がありません。日々の暮らしを守るだけで精一杯なんです」

 「何とかしたいと思っても、目の前のことに追われて、声を上げることさえできない方々が多いんですのよ」

 「そんなに悪いのかね?」

 「えぇ、ラクリマリス王国の湖上封鎖で物資が滞りがちですし、空襲で無一物(むいちもつ)になった人が多いですからね」


 ラクエウスの問いにスニェーグが溜め息混じりに答えた。だからこそ、コンサートでは余裕のある人々に寄付を募り、物作りで経済を回すよう、家庭菜園や手仕事を促すのだ。


 志と余裕のある人々の活動だけでは焼け石に水で、空襲の痛手を埋め合わせるには程遠かった。


 リストヴァー自治区の復興が飛躍的に進んだのは、アルトン・ガザ大陸のキルクルス教国から支援の申し出があり、ネモラリス政府が受け容れたからだ。

 アーテル共和国が宣戦布告で挙げた「キルクルス教徒の自治区救済」が成されれば、終戦……少なくとも、停戦交渉の糸口を掴む可能性が拓ける。また、自治区の工場が再建、フル稼働すれば、その分、国内経済が動く。


 ネモラリス政府、与党は形振(なりふ)りに構えぬ程、追い詰められたらしい。



 食器を片付け、スニェーグとオラトリックスが食卓に資料を置く。ピアノ奏者スニェーグが明るい声で話題を変えた。

 「募集した歌詞は、思った以上に外国から寄せられています」

 「インターネットとやらでかね?」

 ラクエウスの問いに二人が頷く。


 「湖南語圏……アミトスチグマの難民キャンプや、ラクリマリスの支援者の方々からが多いのですが、共通語に翻訳された動画のコメント欄には、この戦争とは無縁の国々からも寄せられています」

 スニェーグの長くしなやかな指が、封筒から紙束を抜き、ラクエウスの前に広げた。寄せられた歌詞の案だ。


 「コンサートの動画に寄せられたご意見には、主催者の口上を入れてはどうか、と言うのが多いんですよ」

 「申し遅れましたが、今日は先生にご意見をお伺いしたくて参りましたの」

 オラトリックスは広げた中から一枚抜いて、一番上に置いた。


 インターネットで寄せられた案や意見を集計したものらしい。同案多数の内、最も多かった部分が一番上に記される。

 以前のコンサートで主催者が発言した「共に手を取り合って、憎悪と悲しみの鎖を断ちましょう」を歌詞に入れて欲しい、との要望だ。

 動画のコメントとして寄せられた意見には、数日前の時点で、八万件を越える賛同のチェックが入ったとの説明が添えられる。


 ラクエウスは、その言葉を舌の上で転がし、頭の中で竪琴を爪弾いた。何度もそれを繰り返し、頭の中で弾き語りを試みる。この未完の曲は、同じ旋律が繰り返し使われる。言葉と旋律の繋がりを手探りで求めた。

 スニェーグがそっと立ち、香草茶を淹れて戻った。食卓に爽やかな香気がふわりと漂う。


 頭の中で曲と言葉が結びついた。


 「……前半と後半に分ければ、どこかに組み入れられそうだな」

 「分けるんですか?」

 オラトリックスが怪訝な顔をする。スニェーグは、ラクエウスの顔と食卓の資料を交互に見た。

 「ふむ。繰り返し出てくる旋律があるだろう」

 ラクエウスは二カ所の旋律をハミングし、二人の反応を待った。ソプラノ歌手オラトリックスが旋律に言葉を乗せる。


 「共に手を取り合って……憎悪と悲しみの鎖を『断ちましょう』のままでは、語呂が合いませんね」

 「憎悪と悲しみを『()って』……とした方が、音数が合いますね」

 「それに、次の言葉に繋げやすくなるな」

 スニェーグの改変を肯定し、ふたつの箇所を実際に歌ってみた。旋律が離れている為、歌詞としては分割されるが、どちらも別の言葉を続けやすそうだ。

 三人はそれぞれ、旋律に言葉を乗せた。


 「やっぱり、先生にお伺いした甲斐がありましたわ。明日、楽団と合唱団のみなさんにお伝えしますね」

 オラトリックスが喜んで帰るのを玄関で見送る。

 庭の白薔薇が、むせかえるような香気を夜空に放った。

☆魔哮砲の使用に反対した国会議員は、賛成派の手によって宿舎に軟禁……「0253.中庭の独奏会」参照

☆雨の夜に脱出……「0277.深夜の脱出行」参照

☆クラピーフニク議員が魔法で外部と連絡……「0260.雨の日の手紙」参照

☆料理教室で講師を務めたモルコーヴ議員……「0272.宿舎での活動」「0273.調理に紛れて」参照

☆竪琴の先生ハルパトーラに変装……変装「0295.潜伏する議員」、ハルパトーラ「0306.止まらぬ情報」参照

☆以前のコンサートで主催者が発言……「0305.慈善の演奏会」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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