0377.知っている歌
覚えるも何も、自分たちが歌詞を作って歌った曲だ。ファーキルがドーシチ市の屋敷で録音し、インターネットに出したものが、どう言う訳か、ラゾールニクの手にある。
みんなの反応を見て、連絡係の青年はニヤリと笑った。
「あ、知ってるんだ?」
「え……えぇ、まぁ」
クルィーロが曖昧に頷く。エランティスが目を丸くして聞いた。
「どうしてお兄さんが持ってるの?」
「ん? 何でそんなコト聞くんだい?」
「だってこれ、みんなで歌って、ファーキルさんが録音してくれたのに」
「へぇー、みんなって、君たちで?」
「うん。今、ここに居ないけど、お兄ちゃんたちも一緒に歌ったの」
……あれっ? これって言っちゃっていいのかな?
ラゾールニクに問われるまま、エランティスは少し得意げに答える。別に疚しいコトはないが、何故かアミエーラは不安になった。
ファーキルも青褪めたが、口を挟まず二人の遣り取りを見守る。
「じゃあ、練習しなくっても、ちゃんと歌えるんだ?」
「うん。アマナちゃんとファーキルさんと私で歌詞作ったもん」
「へぇー、スゴイなー。作詞もしたんだー」
ラゾールニクに褒められ、エランティスだけでなく、アマナも表情を緩めた。
ファーキルが困った目で呪医セプテントリオーと工員クルィーロを見る。
……えっ? 何? やっぱり、知られちゃマズかったの?
呪医とファーキルだけでなく、アウェッラーナも、ラゾールニクと小学生の遣り取りに困惑する。
アミエーラには、何がどうマズいかわからないが、不安が増した。
知られてしまったものは、もうどうにもならない。何か良くないコトが起こっても、女の子たちに口止めしなかった大人たちの責任だ。
「お兄さんも、これ覚えた? 歌える?」
アマナが聞くと、ラゾールニクは苦笑した。
「いや。まだ覚えきれてないんだ。だから、これにダウンロードして、持ち歩いてんだけどね」
「ふーん。お兄さんはどうしてこのお歌をあっちこっちで広めて欲しいの?」
「この歌詞、みんなで仲良くしよう、戦争やめようって詩だろ? 俺や、俺の知り合いの人たちもそう思ってるからだよ」
「ふーん? こんな歌で、ホントにみんなが戦争やめてくれると思ってるの?」
作詞の中心だったアマナが、醒めた目でラゾールニクを見る。連絡係の青年は苦笑して、呪医セプテントリオーに視線を向けた。湖の民の呪医が、驚きと呆れが混じる声で聞く。
「君たちが作詞したのに、そんなコトを言うのですか?」
「だって……大人はこんなお歌聞いたくらいじゃやめてくれないでしょ? あのおじさんたちとか」
アマナに指摘され、誰もが言葉に詰まった。
移動販売店プラエテルミッサのみんなが歌う国民健康体操の替え歌が終わる。静かになった食堂に遠くから蝉の声が届いた。夏の間だけの短い合唱は、賑やかだがどこか物寂しい。
ややあって、武闘派ゲリラと顔を合せなかったラゾールニクが質問する。
「あのおじさんたちって?」
「アーテルに仕返ししたい人たち。今、レノ兄ちゃんたちと一緒に北ザカート市へ行ってるの」
「お兄ちゃんは、お薬の材料採りに行っただけだから、夕方帰って来るよ」
アマナの答えにエランティスが言い添えた。
アミエーラはカップを持ち、香草茶の風味を味わった。すっかりぬるくなって香気が薄らいだが、少し動揺が治まる。
ラゾールニクが言う「武力以外の方法で戦争を終わらせる」が、この歌なら、小学生のアマナでなくとも首を傾げたくなる。
「お薬の材料? 採って来る?」
ラゾールニクは視線を巡らせ、アウェッラーナで止めた。
首から提げた梟の徽章でそれとわかったのだろう。
気の毒そうな顔で湖の民の少女に言う。
「君、薬師だよね? 何で武闘派の為に薬作ってんの? 脅されてんの? それとも、君も復讐したいの?」
「ネモラリス島へ行く為の旅費です」
「旅費? 【跳躍】は?」
「ネモラリス島には土地勘がないので」
「あぁ、そう言う……じゃあ、別にゲリラの連中が脅して無理矢理作らせてるワケじゃないんだね?」
「違います」
「ゲリラに加担もしてない?」
それには誰も答えられなかった。
呪医セプテントリオーがわざとらしく溜め息を吐いて、首を横に振る。
「彼らの傷を癒し、説得に失敗し続けている私も、ゲリラに加担していることになるのでしょうね」
「結果的にはね。この子たちもそうなのかい?」
ラゾールニクは苦笑して、凍りついた空気を破った。
「責めてるワケじゃないんだよ。この状況なら仕方ないと思うし。さっきの話に戻るけど、あの歌を広めて、平和に近付くきっかけにしてるんだよ。詳しいコトは呪医に言ったから、後で聞いてくれよな」
みんなの眼が呪医セプテントリオーに集まる。湖の民の呪医はこくりと頷いた。
「まさか、あなた方が作詞して、歌っていたとは知りませんでしたが」
「誓って言うけど、君たちの歌を悪用なんてしない。戦争を終わらせたい人たちが、勇気を出して行動できるように、この歌や他の曲で励ましたいだけなんだよ」
「他の曲って?」
アマナが聞く。
ラゾールニクは、端末を操作しながら説明した。
「旧王国時代に作られた『神々の祝日の為の聖歌メドレー』って曲。フラクシヌス教とキルクルス教、全部の代表的な聖歌を繋げたメドレーだよ」
「えっ?」
呪医を除くみんなから驚きの声が上がる。ラゾールニクの端末から曲が流れ、長命人種の呪医が説明した。
「昔は、フラクシヌス教徒とキルクルス教徒は、特に争うことなく、仲良く暮らしていたのですよ」
湖の民の呪医は、アルトン・ガザ大陸の争いの歴史と、海を渡って来た新しい宗教と思想を、小学生にもわかりやすく噛み砕いて語った。
四百年余り生きた呪医の長い昔語りは、アミエーラが授業で習った歴史と、ほぼ同じだった。違うのは、半世紀の内乱以降の新しい時代についてだけだ。
「……如何ですか? 私の記憶と若いみなさんが学校で教わった歴史に、何か違いはありますか?」
話し終えた呪医セプテントリオーが、みんなを見回した。神々の祝日の為の聖歌メドレーは、長い曲だ。三十分近く掛かっても、まだ終わらない。
半世紀の内乱中に生まれた薬師アウェッラーナでさえ、呪医セプテントリオーから見れば、若者だ。アウェッラーナは、特に違いはないと首を小さく振った。
他のみんなもそうだが、メドヴェージだけが、戸惑った顔でみんなを見回す。アミエーラに気付き、居心地悪そうな目顔で訴えかけた。
……半世紀の内乱の少し前から、キルクルス教徒への弾圧が始まって、それで信仰と独立の為に立ち上がったって習ったけど……違うの?
呪医セプテントリオーの記憶が正しければ、各民族が、それぞれ独立を求めて対等に争ったことになる。
アミエーラは、「力なき民であるが故にキルクルス教徒は最も弱く、一方的な迫害に晒されたが、ラニスタ共和国の支援で試練を乗り越え、アーテル地方は独立を勝ち取った」と教わった。
それが、嘘だと言うのか。
「違うように教わったことを、責めたり貶したりしたいのではありません」
呪医セプテントリオーが、メドヴェージとアミエーラに視線を向けて言った。キルクルス教徒の運転手は少し表情を和らげたが、完全には不安を拭い去れないらしい。香草茶の残りを一気に飲み干した。
「キルクルス教徒には長命人種が居ません。世代が変わった今、過去の出来事がどう認識されているのか、知りたいのです」
☆ドーシチ市の屋敷で録音……「0270.歌を記録する」「0275.みつかった歌」参照
☆詳しいコト……「0289.情報の共有化」~「0291.歌を広める者」参照




