0368.装備の仕分け
「モーフ」
「はいッ!」
ソルニャーク隊長に呼ばれ、少年兵モーフは背筋を伸ばした。
「モーフは手榴弾の類と弾丸、防具の整理と分類。呪符職人さんも、モーフの指示に従ってくれ」
「僕が使うんじゃないけど、いいのかな?」
「渡す時に説明すればいい」
「成程。後方支援、ね」
小柄な呪符職人がモーフの隣に来た。大人としては小柄だが、モーフより頭ひとつ分高い。ピナの兄貴とロークも、少年兵モーフに教わることになった。
……俺が、年上の人たちに教えるだって?
困惑したが、この三人は物わかりがよさそうだ。倉庫で下働きした時を思い出して指示を出す。
「えーっと、まず、一種類ずつ行こう。防弾べストも何種類かあるっぽいから、取敢えず……服系の奴だけ全部、箱から出して、廊下に積んでくれ……下さい」
「はい」
三人はさっと分かれて次々と段ボールから防弾べストや手袋、ヘルメットを取り出した。モーフも作業に加わる。
「手榴弾のピンを引っ掛けて外さんようにな」
ソルニャーク隊長に注意され、みんなは一瞬、手を止めて頷く。
葬儀屋が戻るのを待つ間、武器職人は四人の作業を興味深げに見守るだけで、手伝いはしなかった。
防具を廊下に出し終えた頃、アゴーニは陸の民を一人だけ連れて戻った。徽章がない。話が通じそうな普通の人だ。両肩に何丁も自動小銃を掛け、葬儀屋の後をよたよたついて来る。
ソルニャーク隊長が銃を受け取ると、男は礼を言って名乗った。
「俺、クリューヴって言います。一応、魔法は使えるんですけど、以前の作戦で大怪我しちゃって、戦闘には向いてないなって思って、こっち手伝います」
「そうか。俺はソルニャークだ」
相手に名乗られ、隊長が呼称を名乗った。少年兵モーフは、自分も名乗った方がいいと思ったが、隊長に目顔で制され何も言わなかった。ピナの兄貴とロークも名乗らない。
ソルニャーク隊長はいつも通り、クリューヴにも、作業の理由と目的を告げた。
「手持ちの武器の数と種類がわからなければ、作戦を立案できず、訓練計画も立てられん。まずは武器庫の整理からだ」
「あ、じゃあ、みんなを呼んできましょうか?」
「いや、いい。狭いからな。あまり大人数では却って作業し難い」
隊長が、行きかけたクリューヴをさっきと同じ説明で呼び止める。
クリューヴは、ごちゃついた室内を見回して頷いた。
ソルニャーク隊長が、事務机に積まれた銃を全部床に下ろすよう、武器職人とクリューヴに指示する。近くの抽斗を開け、ボールペンとメモ帳の束を取り出し、自分も作業に加わった。
葬儀屋アゴーニは作業を少し眺めたが、手伝わずに部屋を出て行く。
「今日は一日、片付けだな。他の連中は素材集めに行ってもらうぞ」
「そうしてくれ」
ソルニャーク隊長は葬儀屋に任せ、作業を続けた。
モーフたちは、廊下に出した防具の分類に取り掛かった。
ヘルメットが二種類、防刃材入りの指なし手袋、防刃ベスト、防弾ベストは三種類ある。
ピナの兄貴たちは、何も言わなくてもヘルメットと手袋は分けてくれたが、ベスト四種はごちゃ混ぜだ。
「服は、四種類あるみてぇだ。刃物を防ぐ奴と、弾防ぐ奴。弾用のは、板を出したり入れたりできる奴と、こうやって、予備の弾を持てるようになってる奴」
「それも、分けるんだね」
呪符職人に当たり前のことを聞かれ、少年兵モーフは無言で頷いた。間違えて違う物を着て行けば、助かる筈の生命を無駄に捨ててしまう。
職人はベストを一枚ずつ持ち上げ、広げて見せながら質問を重ねる。
「これは防刃、防弾どっち?」
「板を足せる防弾。中の大きいポケットに板を入れるんだけど、板がねぇからダメだな」
「ふーん。要らないんなら、素材としてもらってもいいよね」
「えっ……?」
少年兵モーフは返事に困り、部屋を覗いた。ソルニャーク隊長は、作業しながらでもちゃんと話を聞いて、頷いてくれた。モーフはホッとして了承を伝える。
「いいってさ」
「そっか。そりゃどうも」
呪符職人が、使い物にならない防弾ベストをかき集める。レノ店長とロークは、何も言われない内から職人を手伝った。
少年兵モーフは、いちいち指図しなくても、みんなが動いてくれることに安堵と不安を覚えた。
……俺、別に要らないんじゃね?
「防弾ベストって結構、重いんだね。こんなの着て動けるのかな?」
ロークが予備弾用のベルトが付いた防弾ベストを持ち上げ、不安を口にする。金属板入りだから、重くて当たり前だ。ここには、タングステンの網が入った軽量型はないらしい。
星の道義勇軍がゼルノー市に攻勢を掛けた時は数が足りず、ソルニャーク隊長の部隊には、一枚も回って来なかった。
ネモラリス軍の主力は魔装兵で、力ある民の一般兵も主に魔法で戦う。銃は予備の武器扱いで、力なき民の兵士は後方支援中心だから、少年兵モーフも他の隊員たちも、あの時は全く気にしなかった。
だが、今回は違う。銃火器の扱いに長けたアーテル軍が相手だ。
星の道義勇軍は、映像でアーテルとラニスタに軍事教練を受けた。戦術をよく知るだけに、恐ろしさが現実のものとして少年兵モーフの心を刺す。
……ピナの兄ちゃん、本気で戦場に出る気かよ。
少年兵モーフはベストを分類しながら、ピナの兄貴をチラリと見た。ベストの肩をつまんで持ち上げ、種類を確認して、同じ物の上に重ねる。
ロークとの筋トレで、高校生もそれなりに身体を鍛えるとわかったが、彼らには戦闘訓練の経験がない。魔力もなく、今までずっと、逃げるしかなかった。
最近は【魔力の水晶】があれば使える魔法を練習するが、ちんたら呪文を唱える間に撃たれたら終わりだ。
実際、星の道義勇軍は、そうやってゼルノー市に進撃し、東部の三地区をほぼ制圧する所まで行けた。少年兵モーフも自動小銃で、魔法使いの市民を数えきれないくらい屠った。
モーフは、リストヴァー自治区を踏みつけにして、のうのうと暮らす連中に一泡吹かせられるなら、生命なんか惜しくないと思って戦った。身を守る気がさらさらなかったから、防具が回って来ないのも、全く気にならなかった。
……どうやりゃ、ピナの兄ちゃんを守れるんだ?
自分の身も守れないのに他の誰かを守ろうなんて、烏滸がましいのはわかっている。それでも、何としてでもピナの兄貴を守りたかった。
「じゃあ、次、弾とかを分けよう」
後でソルニャーク隊長に相談することにして、少年兵モーフは部屋に入った。
こちらの部屋には、アサルトライフルと遠距離狙撃用のライフル、リボルバー式の拳銃が集めてある。
隊長たちは、機関銃の部屋で仕分けの続きだ。
「箱から全部出して、同じ奴をまとめて……あ、手榴弾のピン抜かねぇように気を付けて」
「うん、わかった」
呪符職人は気軽に応じ、レノ店長と高校生のロークも頷いて作業に掛かる。
「さっき、隊長さんが殺傷力のない手榴弾が混ざってるって言ってたけど、そんなのあるんだ?」
「ん? うん。これ」
レノ店長に聞かれ、少年兵モーフは箱から一個取り出した。
「音響閃光弾。すげぇ光と音で、ちょっとの間だけ戦闘不能にする奴。ジジババや病人、ガキとかはショック死するかもしんねぇけど」
「どう言う時に使うの?」
呪符職人も食いついた。
「敵を生け捕りにしてぇ時とか、狭いとこで不意打ちして、確実に全滅させたい時とか、色々」
「ふーん」
「こっちは催涙弾。ガスで涙止まんなくして、しばらく目潰しする奴。ガスマスクねぇから、これも使えねぇな」
「あ、それ、偶に新聞に載ってるよね。警察が暴徒を鎮圧する用のでしょ?」
ロークが何気なく言った。
少年兵モーフは字が読めない。曖昧な顔で否定も肯定もしなかった。
そんな調子で、手榴弾と銃弾の分類と整理を終え、少年兵モーフはソルニャーク隊長に報告した。
「そうか。ご苦労。数量を確認する間、休憩してくれ」
「はいッ!」
隊長に労いの言葉を掛けられ、少年兵モーフは、少し誇らしいような気持で背筋を伸ばした。
ロークが呪符職人に聞く。
「さっきのあれ、どうするんですか?」
「あれ? ……あぁ、服? 中のポケットに呪文を刺繍したら、ちょっとした鎧になるよ」
「今着てる服じゃ、ダメなんですか?」
「ダメってコトはないけど、着てる間ずっと魔力を消耗するから、脱ぎやすい方がいいだろ」
「そう言うもんなんですか」
ロークとピナの兄貴が同時に言うと、武器職人も頷いた。
……どの途、ピナの兄ちゃんは力なき民だから、魔法の鎧使えねぇし。
どうすれば、ピナの兄貴を守れるか。
少年兵モーフはそればかり考えて、すっきり片付いた武器庫を眺めた。
☆ロークとの筋トレ……「0329.高校式筋トレ」参照
☆最近は【魔力の水晶】があれば使える魔法を練習
【霊性の鳩】学派の【魔除け】【簡易結界】【灯】【退魔】、【飛翔する蜂角鷹】学派の【不可視の盾】……「0292.術を教える者」「0293.テロの実行者」参照
【青き片翼】学派の呪歌【癒しの風】……「0348.詩の募集開始」参照
☆東部の三地区をほぼ制圧……「0020.警察の制圧戦」「0034.高校生の嘆き」「0049.今後と今夜は」参照




