0365.眠れない夜に
「魔哮砲って一個だけ?」
アマナの一言で場が凍った。クルィーロは、妹が何を言い出すか気を揉むが、発言を妨げず、大人たちの様子を窺う。
……そうだよ。何で今まで、一体だけだと思ってたんだ?
レノは、小学生の指摘で初めて気付いた自分の鈍さが、恥ずかしくなった。
本当に一体だけだとしても、アーテルが「魔哮砲を全て破壊した」と確信するまで、ネモラリスへの攻撃をやめないだろう。
「ファーキルさんのあれのニュースで、国連の人が魔哮砲を調べて『魔哮砲が魔法生物じゃないのを確かめました』って言ってたんでしょ? 隊長さんの言う通りだったら、もう戦争終わってるのに、どうしてまだ続いてるの?」
アマナが、ファーキルのタブレット端末を指差した。食卓に置かれた端末は何も映さず、今はただの黒い板だ。
ソルニャーク隊長は苦笑した。
「ここの新聞で、アーテル政府があれを贋物だと思っていることがわかった。それに、今あるモノを倒しても、【深淵の雲雀】学派の術を行使し得る者を滅ぼさない限り、幾らでも作れると思っているのだろう」
三界の魔物の封印後、世界中で魔法生物の制作と使用に規制が敷かれた。魔道書は焼き捨てられ、【深淵の雲雀】学派の術者への弾圧が行われた国や地域もある。
ラキュス湖南地方には、最後まで【深淵の雲雀】学派の術者が存在した。公式に登録された最後の術者が亡くなったのは、ほんの五百年程前のことだ。
まだ、長命人種の知り合いが生き残っているかも知れない。
焚書を免れた【深淵の雲雀】学派の魔道書も、みつかるかもしれない。正式な魔道書でなくとも、術者から聞いた話のメモや日記くらいはあるだろう。
時の政府や霊性の翼団に把握されず、秘かに術を伝えた者も居るかもしれない。
湖南地方の遺跡からは度々未使用の魔法生物が発掘される。休眠状態の魔法生物は、魔法文明国では封印を解かずに調査した後、魔法で殺してしまう。殺せない場合、更に厳重に封印して埋め戻す。
アーテルなどでは、誰の手も届かない深い場所に埋めるらしい。
魔哮砲は、防空艦と一緒に沈んだ一体だけなのか、予備があるのか。
レノたちネモラリス人でさえ、本当のことを知らない。
アーテル政府に信じてくれと言うのは、無理な相談だ。
寝室に引き揚げるのが、すっかり遅くなってしまった。
「何もないと思いますが、用心に越したことはありません」
呪医セプテントリオーの指示で、荷物とソファを移動して入れ替える。
今朝までは、部屋の広さで手前を女性、奥を男性に割り当てた。
老婦人シルヴァが使う手前の部屋には窓があり、扉は廊下に面する。奥の部屋には、窓も外部に通じる扉もない。手前の部屋を通らなければ出入りできず、建物全体に【跳躍】除けの結界があった。
ティスとアマナが、眠い目をこすりながらソファに横たわり、ピナが二人に毛布を掛ける。
「……おやすみなさい」
最後に針子のアミエーラが奥の部屋へ入り、扉を閉める。薬師アウェッラーナが【鍵】の呪文を唱える声が、扉越しに聞こえた。
念の為、クルィーロと葬儀屋アゴーニ、呪医セプテントリオーが、手前の窓と扉にも三重に【鍵】を掛ける。
「ちっとせせこましいが、辛抱してくれ」
「いえ、そんな」
「とんでもない。助かります」
呪医と葬儀屋には、シルヴァが使ったベッドで休んでもらう。
他の部屋から集めたソファを二脚ずつ向かい合わせにした簡易ベッドで、二人ずつ寝る。九人なので、ソルニャーク隊長だけ廊下側の扉にソファを寄せ、一人で寝ると決まった。
「なんだか、押し退けちまったみたいで、すまんな」
そう言いつつも、葬儀屋アゴーニは疲れていたのか、布団に包まって早々に寝息を立て始めた。
レノとクルィーロ、メドヴェージと少年兵モーフ、ファーキルとロークも、それぞれ寝床を整える。どう言う術の働きか、部屋は締め切られても涼しい。毛布がなければ、寝冷えするだろう。
ソルニャーク隊長が毛布に包まり、扉を塞ぐ障害物として横になる。
部屋を埋めたソファとソファの間隔は狭く、扉を突破されても、女の子たちの部屋に辿り着くのは難しいだろう。
それぞれの部屋には、水を満たした水瓶も持ち込んだ。最悪、クルィーロや薬師アウェッラーナでも、【操水】で敵を溺れさせて身を守れる。
同じネモラリス人なのに、武闘派ゲリラたちを信用できないのが悲しかった。焼け跡で過ごした夜とは別の緊張で眠れない。
……俺たち……いや、俺にできるコトって何だろう?
レノは先程の話を思い出した。
武闘派ゲリラに与する武器職人と呪符職人、ゲリラを止めたい呪医セプテントリオーと葬儀屋アゴーニ、キルクルス教徒のソルニャーク隊長、ラクリマリス人の中学生ファーキル、小学生のティスとアマナまで、この戦争について広い視野から考えた。
レノは、ピナとティス、クルィーロとアマナを守ることしか考えられなかった。ネモラリス島へ渡って、クルィーロの父を捜して、自分たちはどこかのパン屋に住み込みの働き口を探して……当面の生活をなんとかすることばかり想像した。
何も言わずに聞いた他のみんなはどうだろう。
――誰かが何とかしてくれるのを、待ってちゃダメってコトですよね?
ロークの声が、頭の中で何度も繰り返される。
考えを堂々巡りさせ、どのくらい経ったのか、みんなの寝息が部屋に満ちる頃、やっとひとつの結論が出た。
☆国連の人が魔哮砲を調べ/アーテル政府があれを贋物だと思っている……「0269.失われた拠点」参照
☆防空艦と一緒に沈んだ一体……「0274.失われた兵器」参照




