0364.国際政治の話
夕食を終えた武闘派ゲリラが治療拠点の廊下を通る。彼らは今夜、病室に分かれて泊まるのだ。
レノたちに与えられた部屋は、薬師アウェッラーナと呪医セプテントリオーが魔法の【鍵】を二重に掛けてくれたから多分、勝手に入られないだろう。
足音と話し声が通り過ぎ、静けさが戻った。
「どうすれば、戦争を終わらせられるんだ?」
レノは声がかすれた。
自分たちは一般人だ。国家レベルのいざこざを終わらせる力なんて、持ち合せがない。知りたいのは、戦争を終わらせられるのが誰で、どうすれば連絡できて、何と言って頼めばいいかだ。
知ったところで会える保証はなく、取り合ってくれる保証もないが、機会があるなら、声を上げるくらいはしたい。
「紛争の根本的な原因を取り除けばいいのだ」
それまで黙って遣り取りを見守ったソルニャーク隊長が、きっぱり言った。
……そんなコト言われたって、どうせ俺たちには何の力もないのに。
「原因を取り除く?」
「そうだ」
聞き返した呪符職人に頷いてみせ、キルクルス教徒のソルニャーク隊長は静かな声で言った。
「国際社会が納得する立会者の許で魔哮砲を破棄するか、魔哮砲が三界の魔物の再来となり得ないことを証明し、キルクルス教団を納得させる他あるまい」
「それ、誰が、どうやってするんですか?」
「さあな」
ソルニャーク隊長は、クルィーロの質問に素っ気なく答えた。そんなコトが簡単にわかれば苦労しない。
話の内容がどこまでわかったのか、真剣に耳を傾けたティスとアマナが、びっくりして隊長を見る。
キルクルス教徒のテロリストは、落胆する魔法使いの青年に気の毒そうな声を掛けた。
「国連の常任理事国は、一カ国を除いてキルクルス教国だ。国連の介入で和平交渉の場が設けられることはない。軍事介入があるなら、それは、アーテルの行いを追認し、我々を叩く時だ」
「しかし、アーテルは国連を脱退しましたから、自ら、国連に行動を求めないでしょう」
呪医セプテントリオーが言い添える。
レノは、呪医の説明に引っ掛かった。
常任理事国五カ国中、四カ国がアーテルに味方すると思うなら、脱退しない方が有利な気がする。
ファーキルの推測通りなら、唆したのはキルクルス教団やバンクシア共和国政府だ。常任理事国のバルバツム連邦など、大国も関与するなら、猶更だろう。
流石に民族浄化を目指す殲滅戦には、表舞台で承認を与えられない。だが、その為の武器は既に与えた。
アーテルをけしかけたのがバレた時、国連の加盟に関係なく、国際社会からの謗りは免れられない。
……アーテルが国連抜けた意味ってあんのか?
レノはこれまで、国同士の関係……国際政治など、考えたこともなかった。首相や国王、外交官や政治家など、国の偉い人が考えてなんとかするコトで、庶民の自分には関係ないと思った。
家業を継ぐ為に日々考えるのは、どうすればパンを上手く焼けるか、売り上げを伸ばせるか。目の前の仕事に追われ、店の切り盛りに関することばかりだ。
「今の国連難民高等弁務官事務所の長は、日之本帝国人だ」
武器職人が、思い出したように口を開いた。
「日之本帝国?」
「土着の多神教信者が多数派を占める極東の島国。宗教上はどちらの陣営にも与せんから、アミトスチグマの難民キャンプにも支援が届くが、あの国はバルバツムと同盟関係にある」
湖の民の葬儀屋の問いに、武器職人は簡潔に説明した。
「じゃあ、敵か?」
それには、ソルニャーク隊長が答えた。
「日之本帝国にとって、湖南地方は地理的にも政治的にも遠い。国としては、そこまでの介入はせんだろう」
「それだけに、所長一人で頑張っても、ここの仲裁じゃ、他所の紛争みてぇに一時的でも停戦するこたぁねぇだろうな」
「ご縁が薄いから、アーテル政府は耳を貸さないだろうね。あ、その為に国連を抜けたのかも?」
職人二人も、隊長の説明に頷いた。
「要するに、難民にメシは食わしてくれるが、まあまあって取り成しはアテにできんってことか」
「そう言うこった」
葬儀屋と武器職人が皮肉な笑みを浮かべた。
予備知識のないレノは、彼らが当たり前のように国連の組織について語り、国の動きを語るのを呆然と聞く。
国連難民高等弁務官事務所と言う国連の組織自体、この戦争が始まるまで知らなかった。所長がどんな人かも、勿論知らない。
日之本帝国の位置は学校で習ったし、わかりやすい場所だから覚えているが、それだけだ。ラキュス湖から遠いから、フラクシヌス教徒が居るとは思わないが、どんな神様を信仰するか想像もつかない。
ティスが、冷めたティーカップを手に取り、すっかり香りの抜けた香草茶を口に含む。ピナが妹に声を掛けようと口を開いたが、言葉がみつからなかったのか、自分も冷めた香草茶を飲んだ。
「誰かが何とかしてくれるのを、待ってちゃダメってコトですよね?」
高校生のロークが、ソルニャーク隊長と武器職人を見て言った。質問ではなく確認……宣言だ。おっさん二人が頷く。
「私たちにもできるコトって、あるの?」
ティスが空になったカップを置き、批判の棘を生やした声で大人たちに疑問を投げる。
「どうすれば、おウチ帰れるの?」
去年、高校を卒業したレノにも、難しくてわからない話だ。小学生のティスが、どこまで理解して口にした疑問かわからないが、その棘は大人たちの心を刺した。
故郷へ帰る――ただそれだけのことが、まるで夢物語のように遠い。
アマナも震える声で聞いた。
「あのおじさんたちが、隊長さんたちと練習して、基地を上手に壊せても、ムリなんでしょ?」
「ムリってワケじゃないし、完全にムダってコトもないよ」
呪符職人が、小学生の女の子を安心させようと笑顔を作る。
「どうして?」
「基地を潰せば、アーテルの戦う力が弱くなるから、ネモラリスを守りやすくなる。大抵の戦争は、どっちかが戦えなくなってから、もうやめようって話し合いをするからね」
「じゃあ、アーテルの人たちは、こっちの兵隊さんや、あのおじさんたちみたいな人や、職人さんたちがみんな居なくなるまで、戦争やめようって相談……しないよね?」
ネモラリス側の主力は、魔装兵や魔法使いを中心とするゲリラ、後方支援は、呪符や魔法の道具を作り出す職人たちだ。
アマナの鋭い指摘に、呪符職人はぐっと詰まった。ソルニャーク隊長と呪医セプテントリオーも、小学生の女の子に興味深そうな目を向ける。
レノは、妹の同級生がかなり正確に彼我の戦力を理解したことに驚いた。レノが小学生の頃は、両親の手伝いの他は、クルィーロと遊び回ってばかりいた。
何の力もないレノには、ティスとアマナが子供らしく、美味しいお菓子や遊びに夢中になれる平和な日々が、一日も早く訪れることを祈ることしかできなかった。
☆国連の常任理事国……「0249.動かない国連」参照
☆アーテルは国連を脱退……「0078.ラジオの報道」「0249.動かない国連」参照
☆武器は既に与えた……「0325.情報を集める」「0331.返事を待つ間」参照




