表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第二章 印歴二一九一年二月二日
37/3486

0037.母の心配の種

 「さっき、そこで、新聞屋さんに聞いたんだけど」

 「あぁ、私も聞いたよ。また戦争なんだってねぇ」

 土を取って帰る途中、顔見知りのおばさんと出食わし、アミエーラは立ち話を始めた。


 おばさんも誰かと話したかったのか、顔を曇らせながらも話に乗る。

 「ウチのモーフも、もうこんな暮しイヤだって、家を飛び出しちまって、どこで何してんだかわかんないのに。これはもう、生きてる内には会えないだろうねぇ」

 「そんなこと……あ、あの、心配して、帰ってきてくれますよ。きっと」

 「ありがとね。そうならいいんだけどねぇ。悪い連中とつるんでたら、ママが心配だから帰る、なんて言えないんじゃないかねぇ?」


 「悪い連中?」

 アミエーラの父も、話に加わる。

 「作りかけで、ほったらかしの工場に(たむろ)ってる連中だよ。私ゃ怖くって、呼び戻しにも行けやしない」

 おばさんは首を横に振って(うつむ)いた。


 同様の廃工場は幾つもある。

 おばさんの家は、年老いた祖母と足が不自由な娘と、家出した息子の四人家族だった。

 夫は、かなり前に工場の事故で亡くなったらしい。

 息子は去年、家出してしまった。働き手が減り、一家はますます困窮した。

 おばさんは仕事が休みの日には、シーニー緑地で食べられる草や虫を獲る。娘も内職するが、仕事のない日も多いらしかった。


 「逃げられやしないからね。湖に身投げでもしようかと思うくらいだよ」

 アミエーラには、何も言えなかった。

 父も、掛ける言葉を失い、黙り込む。

 おばさんは弱々しく笑い、顔を上げた。

 「まぁ、こればっかりは、なるようにしかならないからね。生きられるだけ、生きるよ」


 挿絵(By みてみん)


 モーフ少年は、星の道義勇軍を名乗るテロリストとして捕えられ、護送車に押し込まれた。

 移送先が決まらず、警察署の駐車場で丸一日、待機したままだ。水は与えられたが、食糧はない。

 さっき、避難民に詰め寄られた警察官が、自分たちも飲まず食わずだと怒鳴り返すのが聞こえた。

 本当にないのだろう。


 ……ザマァみろ。


 モーフは、空腹なら慣れている。自分たちの戦果にほくそ笑んだ。

 自治区外の住民にも、飢えの苦しみを思い知らせてやれた。

 着の身着のままで焼け出されて無一文。この先もっと苦しんで、苦しみ抜いて野垂れ死ねばいい。

 生きたまま焼け死ぬより、なるべく長く生きて、リストヴァー自治区民のほんの百分の一でも、苦しみを知ってから死ねばいい。


 薄暗い護送車の中で、星の道義勇兵が膝を抱えて(うずくま)る。

 病院襲撃班は、事務員がトドメを差す直前に警官が踏み込み、捕縛された。

 武器を取り上げられ、警察襲撃班の生き残りと共に護送車に押し込まれた。


 護送車には、【一方通行】の術を掛けられた。

 扉に権限を持つ魔法使いに外から呼ばれない限り、中の者は扉から出られない。

 トイレは一人ずつ、見張りの係官に申告すると呼称を呼ばれ、出してもらえる。

 魔法使いは、真名(まな)だけでなく、魂と直結しない呼称ですら術に組込んで、他人の行動に干渉した。

 初めて知る事実に、モーフは言い知れぬ恐ろしさで腹の底が冷えた。


 警察襲撃班は、三人しか生き残らなかった。

 服に爆弾を仕込んだ者は、捕縛後、警官が油断した隙に自爆したと言う。


 病院班は、隊長の方針で自爆の用意をしなかった。

 二階に侵入した班は全滅したが、一階の担当は八人が生き残った。

 これが、いいことなのか、悪いことなのか。モーフにはわからなかった。


 ……生きてンなら、また、戦ってやる。


 「末端のテロリストは、首魁(しゅかい)を追う手掛かりでもあるんだ。気持ちはわかるが、ひとつ、頼まれてくれないか?」

 護送車の外で、男の声が懇願(こんがん)している。

 相手は迷っているのか、何も言わない。


 先程の声が更に言った。

 「ここの留置場は壊れてしまって、他へ移さなければならない。死なれると困るんだ」

 男は警察署の職員らしい。


 負傷した星の道義勇兵は、包帯代わりに裂いたシーツを巻かれ、科学的な応急処置だけされた。

 「首魁が捕まらない限り、末端の戦闘員は次々現れるだろう。頼む」

 「……わかりました。この車の周囲に、怪我人を集めて下さい。他の人を癒すついでなら、文句は出ないでしょう」

 男の話し相手は、少女らしい。大人びた口調で年配の男の声に応じた。

 何度も礼を言う男の声と、足音が遠ざかる。


 少女の姿は見えないが、声の雰囲気は少年兵のモーフと同年代に思えた。


 ……子供でも、魔女なんだな。


 護送車のすぐ傍に魔女が居る。

 それも、少年兵と同年代の少女だ。武器がなくとも、呪文を唱える前に首でも絞めれば、簡単に殺せる筈だ。

 手頃な獲物がすぐそこに居るのに、何もできない。

 モーフはもどかしさに苛立った。


 隣に座ったソルニャーク隊長は、ずっと瞑想している。

 他の義勇兵は、膝の間に顔を(うず)めて眠る者、虚空で聖なる円を描き、聖者キルクルスに祈る者、ブツブツと恨み言を呟く者……話し掛けられる雰囲気の者は、一人も居なかった。

☆ウチのモーフも(中略)どこで何してんだか/星の道義勇軍を名乗るテロリスト……「0019.壁越しの対話」参照

☆さっき、避難民に詰め寄られた警察官……「0032.束の間の休息」参照


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ