0037.母の心配の種
「さっき、そこで、新聞屋さんに聞いたんだけど」
「あぁ、私も聞いたよ。また戦争なんだってねぇ」
土を取って帰る途中、顔見知りのおばさんと出食わし、アミエーラは立ち話を始めた。
おばさんも誰かと話したかったのか、顔を曇らせながらも話に乗る。
「ウチのモーフも、もうこんな暮しイヤだって、家を飛び出しちまって、どこで何してんだかわかんないのに。これはもう、生きてる内には会えないだろうねぇ」
「そんなこと……あ、あの、心配して、帰ってきてくれますよ。きっと」
「ありがとね。そうならいいんだけどねぇ。悪い連中とつるんでたら、ママが心配だから帰る、なんて言えないんじゃないかねぇ?」
「悪い連中?」
アミエーラの父も、話に加わる。
「作りかけで、ほったらかしの工場に屯ってる連中だよ。私ゃ怖くって、呼び戻しにも行けやしない」
おばさんは首を横に振って俯いた。
同様の廃工場は幾つもある。
おばさんの家は、年老いた祖母と足が不自由な娘と、家出した息子の四人家族だった。
夫は、かなり前に工場の事故で亡くなったらしい。
息子は去年、家出してしまった。働き手が減り、一家はますます困窮した。
おばさんは仕事が休みの日には、シーニー緑地で食べられる草や虫を獲る。娘も内職するが、仕事のない日も多いらしかった。
「逃げられやしないからね。湖に身投げでもしようかと思うくらいだよ」
アミエーラには、何も言えなかった。
父も、掛ける言葉を失い、黙り込む。
おばさんは弱々しく笑い、顔を上げた。
「まぁ、こればっかりは、なるようにしかならないからね。生きられるだけ、生きるよ」
モーフ少年は、星の道義勇軍を名乗るテロリストとして捕えられ、護送車に押し込まれた。
移送先が決まらず、警察署の駐車場で丸一日、待機したままだ。水は与えられたが、食糧はない。
さっき、避難民に詰め寄られた警察官が、自分たちも飲まず食わずだと怒鳴り返すのが聞こえた。
本当にないのだろう。
……ザマァみろ。
モーフは、空腹なら慣れている。自分たちの戦果にほくそ笑んだ。
自治区外の住民にも、飢えの苦しみを思い知らせてやれた。
着の身着のままで焼け出されて無一文。この先もっと苦しんで、苦しみ抜いて野垂れ死ねばいい。
生きたまま焼け死ぬより、なるべく長く生きて、リストヴァー自治区民のほんの百分の一でも、苦しみを知ってから死ねばいい。
薄暗い護送車の中で、星の道義勇兵が膝を抱えて蹲る。
病院襲撃班は、事務員がトドメを差す直前に警官が踏み込み、捕縛された。
武器を取り上げられ、警察襲撃班の生き残りと共に護送車に押し込まれた。
護送車には、【一方通行】の術を掛けられた。
扉に権限を持つ魔法使いに外から呼ばれない限り、中の者は扉から出られない。
トイレは一人ずつ、見張りの係官に申告すると呼称を呼ばれ、出してもらえる。
魔法使いは、真名だけでなく、魂と直結しない呼称ですら術に組込んで、他人の行動に干渉した。
初めて知る事実に、モーフは言い知れぬ恐ろしさで腹の底が冷えた。
警察襲撃班は、三人しか生き残らなかった。
服に爆弾を仕込んだ者は、捕縛後、警官が油断した隙に自爆したと言う。
病院班は、隊長の方針で自爆の用意をしなかった。
二階に侵入した班は全滅したが、一階の担当は八人が生き残った。
これが、いいことなのか、悪いことなのか。モーフにはわからなかった。
……生きてンなら、また、戦ってやる。
「末端のテロリストは、首魁を追う手掛かりでもあるんだ。気持ちはわかるが、ひとつ、頼まれてくれないか?」
護送車の外で、男の声が懇願している。
相手は迷っているのか、何も言わない。
先程の声が更に言った。
「ここの留置場は壊れてしまって、他へ移さなければならない。死なれると困るんだ」
男は警察署の職員らしい。
負傷した星の道義勇兵は、包帯代わりに裂いたシーツを巻かれ、科学的な応急処置だけされた。
「首魁が捕まらない限り、末端の戦闘員は次々現れるだろう。頼む」
「……わかりました。この車の周囲に、怪我人を集めて下さい。他の人を癒すついでなら、文句は出ないでしょう」
男の話し相手は、少女らしい。大人びた口調で年配の男の声に応じた。
何度も礼を言う男の声と、足音が遠ざかる。
少女の姿は見えないが、声の雰囲気は少年兵のモーフと同年代に思えた。
……子供でも、魔女なんだな。
護送車のすぐ傍に魔女が居る。
それも、少年兵と同年代の少女だ。武器がなくとも、呪文を唱える前に首でも絞めれば、簡単に殺せる筈だ。
手頃な獲物がすぐそこに居るのに、何もできない。
モーフはもどかしさに苛立った。
隣に座ったソルニャーク隊長は、ずっと瞑想している。
他の義勇兵は、膝の間に顔を埋めて眠る者、虚空で聖なる円を描き、聖者キルクルスに祈る者、ブツブツと恨み言を呟く者……話し掛けられる雰囲気の者は、一人も居なかった。
☆ウチのモーフも(中略)どこで何してんだか/星の道義勇軍を名乗るテロリスト……「0019.壁越しの対話」参照
☆さっき、避難民に詰め寄られた警察官……「0032.束の間の休息」参照




