0363.敵国の背後に
武闘派ゲリラの職人二人も夕飯の席に着いた。
共に食卓を囲むのは、元々居た呪医セプテントリオー、葬儀屋アゴーニ、居候の移動販売店プラエテルミッサの十二人。誰も喋らず、黙々と食事を口に運ぶ。
「武器屋と呪符屋の兄ちゃんたちよぉ、この作戦が終わったら、お前さんたちゃどうすんだい?」
食後の香草茶で、みんなの気持ちが幾分か解れた頃、アゴーニが聞いた。
「どうもしないよ」
「俺たちは、俺たちの仕事を続けるだけだ」
戦時下、どちらの職人も引く手数多だ。食うに困ることなどないのに武闘派ゲリラと共にいる。レノには、二人が何もかも失った絶望に苛まれたようには見えなかった。
「お二人も、復讐の為にあの人たちと一緒に居るんですか?」
思わぬ所から声が上がり、みんなが一斉にファーキルを見た。不運なラクリマリス人の少年は、臆さず背筋を伸ばして視線を受け止め、職人たちを見詰める。
呪符職人が薄く笑った。
「そんなコト聞いてどうすんの? 僕がそうだって言ったら、そんな虚しいコトはやめろとかなんとか言って止める気?」
「いいえ……って言うか、二人とも何か別の目的があるっぽいのに何でかなって思って」
職人が目を瞠り、顔を見合わせた。ファーキルは、香草茶のカップを両手で包んで二人の答えを待つ。
レノは、目的の違いなど思いもよらなかった。図星を指されたらしい二人が視線を交わし、微かに頷く。
「俺たちは、単に祖国を守りたいだけだ。あんな連中でも、アーテル軍を撹乱してくれるからな。しばらく空襲が止んでたろ」
「ネーニア島に戻って、態勢を立て直してる間にまた空襲があったってコトは、彼らの攻撃は確実に効いてるんだよ」
そう言われてみればと納得しかけたが、レノは首を横に振った。
本当に祖国を守りたいだけなら、武闘派ゲリラの復讐ではなく、正規軍や警察を手伝えばいいのだ。空襲で作られた夥しい死体を源に雑妖や魔物が大量発生し、それを餌に強くなる。受肉し、魔獣になったモノも数知れず、マスリーナ市ではビルより巨大に成長した。
アーテル軍の地上部隊は未だに投入されない。ネモラリス共和国の一般人にとって、今は人間以外のモノが最大の敵だ。
……呪符があれば、防空艦の魔装兵だって、もっと空襲を防ぎやすくなるのに。
「正規軍は、空襲を防ぐのに手いっぱいだ。基地を叩かにゃ、どうにもならんってのは君らにもわかるだろ?」
「基地だけ潰したって、バンクシア共和国……キルクルス教団が手を貸せば、戦力は幾らでも補充できますよ」
ファーキルは、武器職人の説明に納得しなかった。
そこまで考えたコトがなかったレノは、驚いてラクリマリス人の少年を見た。中学生くらいの彼は、ゲリラに手を貸す大人相手に全く怯まず、話を続けた。
「アーテルは開戦直後に国連を脱退しました。そのままでは実現できないことがあるからです」
「君は、アーテルの目的を何だと思う?」
「民族浄化。俺だけじゃなくて、呪医もそう思ってますよ」
呪医が、職人たちに頷いてみせた。
「アーテルがたった三十年でここまで復興できたのは、バンクシア共和国とかキルクルス教国と、教団の後ろ盾があったからです」
「で、今回の戦争も、教団の後ろ盾があるって?」
呪符職人が促すと、ファーキルは頷いた。溜め息が香草茶の香気を散らす。
カップから再び立ち昇る湯気を見詰めて答えた。
「リストヴァー自治区の復興には、もうかなり教団の支援が届いています。アーテルは……多分ですけど、魔哮砲の情報をずっと前から手に入れてて、教団本部に相談して、バンクシアやバルバツム連邦に戦争の準備をしてもらってたんじゃないかなって」
「どうしてそう思うんだ?」
葬儀屋アゴーニが、説明に頷く呪医を見て、ファーキルに視線を戻した。
タブレット端末で大量の情報に触れられるとは言え、大人顔負けの分析力だ。レノは、ファーキルの頭脳に感心すると同時に自分が情けなくなった。
妹たちも含め、みんながファーキルの話にじっと耳を傾ける。
「内乱でボロボロの小国に高価な無人機が何百機もあるなんて、不自然ですよ。自国の復興も外国からの援助頼みだったんですよ」
「あー……?」
「復興したからってそんな莫大な予算あるワケないし、普通におカネ払って買ったんなら、アーテル人だって文句言うでしょう。もう戦争はイヤだとか、そんなカネあるなら福祉に回せとか」
「成程な。するってぇとアレか? バンクシアやバルバツムが、タダで武器くれてやるから、魔哮砲……兵器化した魔法生物を殺して、ネモラリス人を皆殺しにしちまえって、けしかけたってコトか?」
葬儀屋アゴーニが確認する。
ファーキルは、唇を固く結んで首を縦に振った。
薬師アウェッラーナが台所へ行く。術で起ち上げた水を宙に漂わせて戻り、香草の束を水塊に挿した。沸かしてあった水塊が色付き、食堂に香気が広がる。みんなの表情が少し和らいだのを見届け、アウェッラーナはそれぞれのカップに香草茶を注いだ。
湖の民の薬師が、出涸らしを台所に置いて戻るのを待って、クルィーロが不安を口にする。
「じゃあ、アーテル軍や政府をどうにかしたってムダってコト?」
「そうです」
場が水を打ったように静まり返った。
☆マスリーナ市ではビルより巨大に成長……「0184.地図にない街」参照
☆アーテルは開戦直後に国連を脱退……「0078.ラジオの報道」「0249.動かない国連」参照
☆民族浄化/呪医もそう思ってます……「0347.武力に依らず」参照
☆アーテルがたった三十年でここまで復興……「0164.世間の空気感」参照




