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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第十六章 連携

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0362.パンを分けて

 夕飯時、武闘派ゲリラは庭で【炉】を囲み、持参した塩漬け肉を炙る。

 老婦人シルヴァが戻り、ゲリラたちに愛想のいい笑顔を振り撒いた。

 「あら、もう食べてるの。これ、少ないけど、どうぞ」

 巾着袋を逆さにして振ると、野菜スープの缶詰が大量に転がり出た。ゲリラたちが、庭のあちこちへ転がってゆく缶詰を追い掛ける。


 レノは庭の隅で、段ボールに広げて干された野草を回収する。シルヴァはレノに気付くと、箱に小さな巾着袋をふたつ投げ入れた。

 「パン屋さん、小麦粉。お台所で開けて下さいな。それじゃ、おやすみなさい」

 一方的に言って早口に呪文を唱え、どこかへ【跳躍】した。

 大柄な身体を揺すって【飛翔する(タカ)】学派の職人が笑う。

 「忙しいババアだな」

 「それが、あの人の戦い方なんだよ」

 小柄な【編む葦切(ヨシキリ)】学派の職人が、やんわり(たしな)めた。ゲリラたちは職人たちに構わず、野菜スープの缶を開ける。


 「君、パン職人?」

 「はい」

 「僕、呪符職人。他にも色々作れるけどね」

 段ボールを抱えるレノの傍らに来て、【編む葦切】学派の職人が人懐こい笑顔を向ける。

 玄関を開けてくれた【飛翔する鷹】学派の職人に会釈し、レノは台所へ急いだ。二人は当たり前のようについてくる。

 入替わりに、香草の束を抱えた呪医セプテントリオーが庭に出た。荒れた男たちに香草茶を振る舞って、気を鎮めてくれるのだろう。


 ……シルヴァさんが連れてきた人たちだもんなぁ。


 レノはこっそり溜め息を()いた。職人たちにも庭に留まって欲しいが、居候の自分たちには断る権限などない。



 食堂ではピナとティスが配膳中だ。レノに続いた二人にギョッとして動きが止まる。手伝うメドヴェージと少年兵モーフに緊張が走った。

 「パン、一個ずつでいいから、くれない?」

 「俺たちの分だけでいいぞ」

 職人二人は勝手なことを言いながら、食卓の端の席に腰を降ろした。食卓は二十人掛けで、二人を加えてもまだ余裕がある。

 ピナとティスが怯えた目でレノを見た。

 「さっきシルヴァさんが小麦粉くれたから、大丈夫だよ」

 レノは、声だけはなんとか平静に繕い、足の震えを悟られないよう妹たちに近付いて振り向いた。

 「こっちは野草のスープで、缶詰の方が美味しいと思いますけど」


 大柄な【飛翔する(タカ)】学派の職人がニヤリと笑う。

 「あいつらと一緒じゃ何食ってもマズくなる。席が足りねぇなら、パンだけ持って他の部屋で食うから気にせんでくれ」

 「利害が一致したから一緒に行動してるだけで、別に仲良しじゃないし」

 呪符職人が食卓に両肘を突き、手の甲に顎を乗せた。

 メドヴェージとモーフが、【飛翔する鷹】学派の職人に警戒の目を向ける。


 呪符職人はともかく、こちらは魔法戦士でもある。戦いになれば、メドヴェージでも勝ち目はないだろう。

 レノは店長として考え、二人を刺激しないよう、穏便な提案をした。

 「席は余ってます。二人分なら大丈夫です」

 「ありがとよ」

 「毒じゃなきゃ、なんでも美味しく食べられるよ」

 明日の朝まで守り切れば、彼らは北ザカート市の廃墟の拠点に戻るのだ。

 メドヴェージとピナに目配せする。二人はレノの意図を察して作業を交代した。ティスとモーフも(なら)う。

 レノは、妹たちを連れて台所に入った。三人同時に溜め息を()く。段ボールを半ば落とすように置いて二人を抱きしめた。



 食堂から、呪符職人の声が聞こえる。

 「君、長命人種? ……えっ、違う? じゃ、子供なのに実戦経験あるんだ?」

 少年兵モーフは首を振って答えるらしい。呪符職人の声だけが続く。


 レノは電話を立ち聞きする気分で耳を傾けた。


 「じゃあ明日、ザカートの拠点にも来んの? ……ホントに? あのコ……ピナだっけ? ……あのコを助ける為のハッタリじゃなくて、ホントに武器の扱い知ってんの? ……ホントなんだ。何で君みたいな子が知ってるんだ?」


 長い沈黙に空気が張り詰める。レノは唾を飲み込もうとしたが、口がカラカラに乾き、喉を動かしただけに終わった。

 ティスがレノの胸に頬を押し当て、力いっぱいしがみつく。当のピナは、何とか落ち着こうと細くゆっくり深呼吸を繰り返すが、吐息の震えは止まらなかった。


 この沈黙こそが答えだ。


 呪符職人は、わざとらしく大きな息を吐き出し、忠告を口にした。

 「わかったよ。明日、ホントに使い方を教えてくれるんなら、脳筋な連中にバレないように気を付けなよ」

 「あいつらは、キルクルス教徒なら女子供でも容赦しねぇ。……いや、弱い者をいたぶり殺すのを楽しむ奴も居る。お前さんたちの事情にゃ興味ねぇが、せいぜい気を付けるこった」

 もう一人の職人も、レノたちに聞かせるように、大声で言った。

 レノの腕の中でティスが顔を上げる。不思議そうに兄を見る妹の頬をやさしく撫でた。


 「子供らは、ホントに【癒しの風】とか使えるぞ。この坊主は力なき民だから、ダメだけどな」

 メドヴェージの笑いを含んだ声が、言葉を選んでみんなを(かば)う。一人、庇護を外された少年兵モーフは、沈黙でそれを肯定した。

 呪符職人の声が驚きに裏返る。

 「フラクシヌス教徒と一緒に居んの? 何で?」

 星の道義勇軍の二人はどちらも答えない。


 もう何度も、自問自答したレノにも、未だに答えがみつからなかった。


 数呼吸後、呪符職人の諦めの声が食堂に響いた。

 「言いたくないなら、無理に言わなくていいよ。深入りする気はないから」

 レノは、妹たちの肩と背中を軽く叩いて、夕飯の準備を促した。

☆ホントに【癒しの風】とか使える……「0348.詩の募集開始」~「0350.平和への活動」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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