0362.パンを分けて
夕飯時、武闘派ゲリラは庭で【炉】を囲み、持参した塩漬け肉を炙る。
老婦人シルヴァが戻り、ゲリラたちに愛想のいい笑顔を振り撒いた。
「あら、もう食べてるの。これ、少ないけど、どうぞ」
巾着袋を逆さにして振ると、野菜スープの缶詰が大量に転がり出た。ゲリラたちが、庭のあちこちへ転がってゆく缶詰を追い掛ける。
レノは庭の隅で、段ボールに広げて干された野草を回収する。シルヴァはレノに気付くと、箱に小さな巾着袋をふたつ投げ入れた。
「パン屋さん、小麦粉。お台所で開けて下さいな。それじゃ、おやすみなさい」
一方的に言って早口に呪文を唱え、どこかへ【跳躍】した。
大柄な身体を揺すって【飛翔する鷹】学派の職人が笑う。
「忙しいババアだな」
「それが、あの人の戦い方なんだよ」
小柄な【編む葦切】学派の職人が、やんわり窘めた。ゲリラたちは職人たちに構わず、野菜スープの缶を開ける。
「君、パン職人?」
「はい」
「僕、呪符職人。他にも色々作れるけどね」
段ボールを抱えるレノの傍らに来て、【編む葦切】学派の職人が人懐こい笑顔を向ける。
玄関を開けてくれた【飛翔する鷹】学派の職人に会釈し、レノは台所へ急いだ。二人は当たり前のようについてくる。
入替わりに、香草の束を抱えた呪医セプテントリオーが庭に出た。荒れた男たちに香草茶を振る舞って、気を鎮めてくれるのだろう。
……シルヴァさんが連れてきた人たちだもんなぁ。
レノはこっそり溜め息を吐いた。職人たちにも庭に留まって欲しいが、居候の自分たちには断る権限などない。
食堂ではピナとティスが配膳中だ。レノに続いた二人にギョッとして動きが止まる。手伝うメドヴェージと少年兵モーフに緊張が走った。
「パン、一個ずつでいいから、くれない?」
「俺たちの分だけでいいぞ」
職人二人は勝手なことを言いながら、食卓の端の席に腰を降ろした。食卓は二十人掛けで、二人を加えてもまだ余裕がある。
ピナとティスが怯えた目でレノを見た。
「さっきシルヴァさんが小麦粉くれたから、大丈夫だよ」
レノは、声だけはなんとか平静に繕い、足の震えを悟られないよう妹たちに近付いて振り向いた。
「こっちは野草のスープで、缶詰の方が美味しいと思いますけど」
大柄な【飛翔する鷹】学派の職人がニヤリと笑う。
「あいつらと一緒じゃ何食ってもマズくなる。席が足りねぇなら、パンだけ持って他の部屋で食うから気にせんでくれ」
「利害が一致したから一緒に行動してるだけで、別に仲良しじゃないし」
呪符職人が食卓に両肘を突き、手の甲に顎を乗せた。
メドヴェージとモーフが、【飛翔する鷹】学派の職人に警戒の目を向ける。
呪符職人はともかく、こちらは魔法戦士でもある。戦いになれば、メドヴェージでも勝ち目はないだろう。
レノは店長として考え、二人を刺激しないよう、穏便な提案をした。
「席は余ってます。二人分なら大丈夫です」
「ありがとよ」
「毒じゃなきゃ、なんでも美味しく食べられるよ」
明日の朝まで守り切れば、彼らは北ザカート市の廃墟の拠点に戻るのだ。
メドヴェージとピナに目配せする。二人はレノの意図を察して作業を交代した。ティスとモーフも倣う。
レノは、妹たちを連れて台所に入った。三人同時に溜め息を吐く。段ボールを半ば落とすように置いて二人を抱きしめた。
食堂から、呪符職人の声が聞こえる。
「君、長命人種? ……えっ、違う? じゃ、子供なのに実戦経験あるんだ?」
少年兵モーフは首を振って答えるらしい。呪符職人の声だけが続く。
レノは電話を立ち聞きする気分で耳を傾けた。
「じゃあ明日、ザカートの拠点にも来んの? ……ホントに? あのコ……ピナだっけ? ……あのコを助ける為のハッタリじゃなくて、ホントに武器の扱い知ってんの? ……ホントなんだ。何で君みたいな子が知ってるんだ?」
長い沈黙に空気が張り詰める。レノは唾を飲み込もうとしたが、口がカラカラに乾き、喉を動かしただけに終わった。
ティスがレノの胸に頬を押し当て、力いっぱいしがみつく。当のピナは、何とか落ち着こうと細くゆっくり深呼吸を繰り返すが、吐息の震えは止まらなかった。
この沈黙こそが答えだ。
呪符職人は、わざとらしく大きな息を吐き出し、忠告を口にした。
「わかったよ。明日、ホントに使い方を教えてくれるんなら、脳筋な連中にバレないように気を付けなよ」
「あいつらは、キルクルス教徒なら女子供でも容赦しねぇ。……いや、弱い者をいたぶり殺すのを楽しむ奴も居る。お前さんたちの事情にゃ興味ねぇが、せいぜい気を付けるこった」
もう一人の職人も、レノたちに聞かせるように、大声で言った。
レノの腕の中でティスが顔を上げる。不思議そうに兄を見る妹の頬をやさしく撫でた。
「子供らは、ホントに【癒しの風】とか使えるぞ。この坊主は力なき民だから、ダメだけどな」
メドヴェージの笑いを含んだ声が、言葉を選んでみんなを庇う。一人、庇護を外された少年兵モーフは、沈黙でそれを肯定した。
呪符職人の声が驚きに裏返る。
「フラクシヌス教徒と一緒に居んの? 何で?」
星の道義勇軍の二人はどちらも答えない。
もう何度も、自問自答したレノにも、未だに答えがみつからなかった。
数呼吸後、呪符職人の諦めの声が食堂に響いた。
「言いたくないなら、無理に言わなくていいよ。深入りする気はないから」
レノは、妹たちの肩と背中を軽く叩いて、夕飯の準備を促した。
☆ホントに【癒しの風】とか使える……「0348.詩の募集開始」~「0350.平和への活動」参照




