0361.ゲリラと職人
「銃火器を扱う戦術を学べば、敵部隊の動きを予測しやすくなる。闇雲に突入したのでは、呪文を唱える前に全滅するのではないか?」
ソルニャーク隊長はそれ以上、二人の解放を求めない。力ある民の無知を嘲るでもなく、哀れむでもなく、淡々と彼らの問題点を指摘し、解決策を提示した。
両者を引き合わせた葬儀屋アゴーニは、双方の出方を静観する。
……もし、ピナたちが何かされそうになったら、助けてくれるよな?
運河で暴漢に襲われた時は、助けに来てくれた。今回は相手が魔法使いだとわかる。しかも、この人数だ。最悪の場合、ティスだけでも連れて逃げなければと、レノは妹を抱く手に力が入った。
囚われたピナは青褪めた顔だが、取り乱さずソルニャーク隊長を見詰める。
「確かにその通りです。教えて下さい。銃を使う戦い……アーテル軍の戦術と、対策を」
湖の民のゲリラが、ソルニャーク隊長に緑髪の頭を下げた。顔を上げた目には、醒めた理性と諦念が宿る。胸に輝く徽章は銀の鷲。魔法戦士【急降下する鷲】学派の証だ。
レノは改めてゲリラを見回した。
プラヴィーク市で初めて目にした武器職人兼魔法戦士の【飛翔する鷹】が一人。実家があったスカラー商店街に何人も居た職人の【編む葦切】も一人。さっきの湖の民も含め、【急降下する鷲】が三人。他は、クルィーロと同じで【霊性の鳩】学派しか使えないのか、それとも、どこかで落としたのか、徽章がなかった。
「力なき民は何人だ?」
「八人だ」
黒髪の魔法戦士が、ソルニャーク隊長に短く答えた。
十七人中、八人が魔力を持たない。
学派がわかるのは五人。残る四人の学派は不明だが、魔法を使い、自立して戦えるのは少なくとも四人。たったそれだけで「基地を潰しに行く」と豪語するからには、それなりの勝算があるのだろう。
「訓練ねぇ……まぁ、俺らは直接戦わんから、もうあっちに戻っていいか?」
「僕たち、この場所を覚えても仕方ないし、早く作業に戻りたいんだけど?」
職人二人が手を振り、扉に近付く。自動小銃を担いだ男が立ち塞がった。
「まさかお前ら、怖気付いて逃げるんじゃねぇだろうな?」
「直接、戦場に行くだけが戦いじゃないよ」
小柄な【編む葦切】学派の青年が、堂々と言い返して男を見上げる。男の方が怯んでじりじり退がり、扉に背を押し当てた。
「君たちこそ、僕の道具を使いこなせなくて、アーテルの自警団なんかにあっさり鎮圧されちゃって」
「うるせぇッ! あんなまどろっこしい小細工でコソコソすんのは性に合わねぇんだ!」
アミエーラを捕えた男が早口に怒鳴る。【編む葦切】学派の職人は、怒声を気にする様子もなく、一歩踏み出した。【飛翔する鷹】学派の職人が、ごつい手で男の肩を掴んで押し退ける。
「俺たちには、俺たちの戦い方がある。力押ししか能のない奴ぁすっこんでろ」
「何だとッ!」
押された男は拳を振り上げたが、【鷹】の職人の一睨みで萎れ、力なく拳を下ろした。憎々しげに職人たちを睨み返すだけで何も言わない。
……こいつら、仲悪いのか?
徽章を持つ……何かの専門家たちは比較的言葉が通じそうに見えた。彼らに頼めば、ピナとアミエーラを解放してくれそうだが、下手なことを言って両者が争いになれば、巻き込まれてどうなるかわからない。
レノはどう声を掛けたものか、考えあぐねた。葬儀屋アゴーニを見るが、湖の民のおっさんは腕組みして成行きを見守る。
「おい、お前、ホントに戦えるんだろうな」
荒んだ男が、ソルニャーク隊長に大地の色の髭に覆われた顎をしゃくった。隊長は、湖水のように穏やかな目で応じる。
「嘘だと思うなら、一丁貸してみればいい」
「実演ついでに俺らを撃とうってハラか?」
「そんな子供騙しに乗るかッ!」
荒れた者たちがいきり立つ。廊下に出た職人二人が振り返り、面白そうに遣り取りを眺めた。
……隊長さん、頑張って下さい!
レノは、心の中で応援するしかできない自分が情けなかった。
隊長たちのように戦う力があれば、クルィーロのように魔力があれば、自力でピナを助けられた筈だ。怯えてしがみつくティスを抱きしめ、せめて安心させようと背中を撫で続けた。
「訓練を受ける気があるなら、明朝、北ザカート市の拠点へ行こう。一日目は銃の扱い方の説明、二日目は静止した的の射撃訓練、その後は習熟度を見て考える」
「命を惜しまぬことと、むざむざ犬死するのは違う……その娘らを放してやれ」
陸の民の魔法戦士が命じる。男たちは舌打ちし、不承不承、二人を解放した。
「ピナ!」
「お兄ちゃん、ティス!」
「お姉ちゃん!」
兄姉妹は同時に叫んで駆け寄った。
針子のアミエーラも、震える足で倒れそうになりながら、星の道義勇軍の傍へ走る。メドヴェージの背に隠れてゲリラを窺った。
葬儀屋アゴーニが安堵の息を吐き、腕組みを解く。
「じゃ、そう言うことで、薬師さん、傷薬よろしくな」
陸の民の魔法戦士が軽い調子で言う。薬師アウェッラーナは硬い表情で頷いた。
☆運河で暴漢に襲われた時……「0082.よくない報せ」~「0086.名前も知らぬ」参照




