0360.ゲリラと難民
「この子らは、俺と呪医、シルヴァさんの客人だ。よく心得てくれよ」
古参のゲリラは葬儀屋アゴーニの言葉に頷いたが、新参者は薄く笑ってネモラリス難民を眺めた。
ゲリラの一人が、湖の民アウェッラーナの徽章に目を留める。枝に留まった梟は薬師【思考する梟】学派の証だ。
「姐ちゃん、薬師なのか。ひょっとして、あの傷薬は」
「はい。私が作りました」
薬師アウェッラーナは、警戒心も露わにネモラリス人の有志ゲリラを見回した。
最初、庭に現れたのは数人だった。
レノが台所の窓から様子を見ていると、その内の何人かがどこかへ【跳躍】し、次々と人を連れてきた。最後に葬儀屋アゴーニが戻り、彼らを別荘に入れたのだ。
レノたち移動販売店プラエテルミッサの一行は、アゴーニに呼ばれ、この部屋に集められた。左右に分かれて相対する。
葬儀屋は、双方に紹介するつもりだったようだが、到底そんな暢気なことを言える空気ではなかった。
「その人、仕事は薬師ですけど、癒しの術も色々使えますよ」
レノは勇気を振り絞って、アウェッラーナが癒し手であると告げた。
武闘派ゲリラは、アゴーニを除いて十七人。三人が湖の民、残りは陸の民。全員男性で、外見上の年齢はまちまちだ。何人かは、肩から自動小銃を吊るす。普通の人に見える者も居るが、半数以上が、運河で遭遇した暴漢と同じ空気を纏う。
アウェッラーナに声を掛けた男がレノを一瞥し、湖の民の薬師に視線を戻す。
「姐ちゃん、毒も作れるのか?」
「いえ……【空に舞う鱗】の術は知りません」
青褪めて即答した薬師に鼻を鳴らし、陸の民の武闘派ゲリラが怒鳴る。
「一緒に基地を潰しに行きたい奴は居ねぇか?」
武闘派ゲリラたちが、プラエテルミッサの一行を睨め回した。凍り付き、誰も応えない。葬儀屋アゴーニがゲリラに困惑した目を向ける。
レノはソルニャーク隊長を見た。星の道義勇軍は、有志の武闘派ゲリラと行動を共にする気はないらしい。隊長だけでなく、メドヴェージと少年兵モーフも動かなかった。
武闘派ゲリラの反応を待つ。
ティスがレノのエプロンをぎゅっと握った。レノが妹を抱きしめると、クルィーロもアマナを抱き寄せた。
暴漢風の男たちが三人、歩み出る。プラエテルミッサの一人一人に顔を近付け、吐き捨てた。
「仇討とうって奴ぁ居ねぇのか?」
「お前らも焼け出されたんだろ?」
「力なき民用の武器も揃えてある」
一人が自動小銃を肩から外し、片手で構えてみせる。レノの目にも、その持ち方では撃てないとわかるが、何も言えなかった。
三人は下から舐め上げるように睨みつけ、苛立ちを隠そうともせずに怒鳴る。
「ホントに行かねぇのかッ!」
「腰抜け共めッ!」
叫ぶと同時に、別の男たちがピナとアミエーラを捕えた。首に腕を回し、もう一方の手で口を塞ぐ。二人は腕を振り解こうともがくが、太い腕はびくともしなかった。
「ピナッ!」
レノと少年兵モーフが同時に叫ぶ。男の一人が銃床でレノを殴った。
「腰抜けは黙ってろッ!」
「お兄ちゃんッ!」
ティスが悲鳴を上げ、葬儀屋アゴーニが暴漢を怒鳴りつけた。
「客人に何しやがるッ!」
「葬儀屋の旦那、何でこんな腰抜け野郎共と女子供が客分扱いなんだ?」
「行く! 俺が行くから、ねーちゃんたちを放せッ!」
アゴーニの返事を遮り、少年兵モーフが叫んだ。長身の男が片眉を上げ、小柄な少年を見る。
「坊主、遊びに行くんじゃねぇんだぞ? わかってるか?」
「おっさんたちこそ、そいつの扱い方、わかってねぇじゃねぇか!」
少年兵モーフは全く怯まず言い返す。ソルニャーク隊長とメドヴェージが小さく溜め息を吐いた。男たちが顔を見合わせ、薄笑いを浮かべる。
レノにはどうすることもできず、ティスを抱きしめ、成行きを見守るしかない。殴られた頬が熱を持ち、鼓動に合わせて痛んだ。ティスは声もなくレノのエプロンにしがみつき、視線をピナに釘付けにする。
「その子は力なき民だが、銃火器を用いた実戦経験がある」
男たちの目が、ソルニャーク隊長に集まった。武闘派ゲリラの視線を受け止め、落ち着いた声が事実だけを告げる。
「このご時勢だからな。子供らは全員、呪医とそこの薬師から手解きを受け、癒しの術が使えるようになった」
ピナと針子のアミエーラを捕えた男たちが、戸惑った顔で仲間を見た。武闘派ゲリラは誰一人として応えず、ソルニャーク隊長を注視する。
「その子らを解放し、我々に危害を加えないなら、銃火器の扱いを教え、それを使う戦闘訓練もしてやろう」
「何ッ?」
「偉そうに、何様のつもりだッ!」
荒んだ男たちが気色ばむ。湖の民を含む普通の人に見えるゲリラは、暴漢風の仲間をチラリと見遣り、ソルニャーク隊長に冷静な視線を向けた。
☆癒し手……「0108.癒し手の資格」「0264.理由を語る者」参照
☆運河で遭遇した暴漢……「0083.敵となるもの」~「0086.名前も知らぬ」参照
☆呪医とそこの薬師から手解きを受け、癒しの術が使える……「0348.詩の募集開始」「0349.呪歌癒しの風」参照




